【現代語訳】

 車を引き出すときの少し明るくなったころに、宮が内裏から退出なさる。若君が気にかかっておいでだったので、人目につかないようにして、車などもいつもと違った物でお帰りになるところにばったり出会って、止めて立ち止まっていると、渡廊にお車を寄せてお降りになる。
「誰の車か。暗いうちに急いで出ようとするのは」と目をお止めあそばす。

「このようにして、忍んで通う女のもとから出る者よ」と、ご自身の経験からお考えになるのも、嫌なことだ。
「常陸殿が退出あそばします」と申し上げる。若い御前駆たちは、
「殿というのは、大げさな」と、笑い合っているのを聞くのも、

「ほんとうに、大変な身分の違いだ」と悲しく思う。ただ、この御方のことを思うために、自分も人並みになりたいと思うのだった。それ以上に、ご本人を身分の低い男と結婚させるのは、ひどく惜しいと思うようになった。

宮は、お入りになって、
「常陸殿という人を、こちらに通わせているのですか。意味ありげな朝ぼらけに、急いで出た車の供揃いが、特別に見えました」などと、やはりお疑いになっておっしゃる。

「聞き苦しく回りの者がどう思うか」とお思いになって、
「大輔などが若かったころ友だちだった人で、その人は、格別しゃれた人には見えないようでしたが、わけがありそうにおっしゃいますね。人が聞いたら変に思うようなことばかりを、いつもお取り上げになりますが、『なき名は立てで(無実の罪を着せないでください)』」と、横をお向きになるのも、かわいらしく美しい。
 夜の明けるのも知らずにお休みになっていると、人びとが大勢参上なさったので、寝殿にお渡りになった。后の宮は仰々しいご病気でなく平癒なさったので、気分よさそうに右の大殿の公達などと、碁を打ったり韻塞ぎなどをしたりしてお遊びになる。

 

《北の方が帰ろうとするところに、匂宮がいつもより早く、若君の顔が見たくて急いて帰って来たのでした。「正式に、親王退出の行列なら、仰々しくて、遠くからわかるから、常陸の車ははやく避けて」(『評釈』)会わないですんだのですが、急なことで逃げようがありませんから、匂宮の目にとまってしまいました。

 朝早く出て行く車ですから、これは何者かということになります。「常陸殿が退出あそばします」と答えたのは北の方の従者で、匂宮の従者たちに笑われてしまいました。これもまた、北の方の地位の低さを印象付けます(第三章第五段)。

 匂宮は、中の宮が誰か男を通わせているのか、と疑いました。「やはり(原文・なほ)」とありますから、以前(宿木の巻第五章第二段2節)同様にということで、薫ではないかと疑ったのでしょう。中の宮は、浮舟のことはもちろん言わないっで、ただ大輔の友達ということだけ話してごまかそうとしますが、その様子がまた「かわいらしく美しい」と言います。これは語り手の言葉ですが、同時に匂宮の気持ちでもあるわけで、こういうやりとりを見ると、本気で疑っているのかどうか、それが疑わしく思われます。

 そのまま朝寝を決め込み、日が高くなって起き出します。

すでにご機嫌伺いやら用向きやらで、大勢のものがやって来て待っていました。昨日は宮の母・中宮が具合が悪いということで、宮中に泊まりこんだのだった(第二章第六段)のですが、「平癒なさったので」、皆がくつろいだ気分です。六の君と結婚したので、「右の大殿の公達」が親しくやって来ていました。夕霧邸は窮屈で、舅は煙たい感じですが、その息子たちとは、若い者同士気が合うのでしょう。「こうして右大臣と匂宮とを中心とする政治勢力が形成されるのだ」と『評釈』が言います。もっとも、舅の弟にあたる薫とは、中の宮を挟んで、このところ微妙な関係になっています。》

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