三江線の廃止まであと半年 廃止後の鉄道公園構想を考える part1 | 鉄道ジャーナリスト加藤好啓(blackcat)blog

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福祉と公共交通の視点から、鉄道のあり方を熱く語る?
blackcat こと加藤好啓です。
現在の公共交通の問題点などを過去の歴史などと比較しながら提言していきます。
随時更新予定です。

三江線の廃線後問題

三江線の廃止まであと半年を切りました、連日名残り乗車組もあると言う情報もありますが、実際に国鉄時代から赤字ローカル線として話題に上っては消えてきた路線でした。
昭和43年の赤字83線にも名前を連ねていた路線でした。

当時から主要な産業は、林業でありそれ以外は何もないと言っていいような状況であり、国鉄改革時にも並行道路が整備されていないと言う理由で只見線や名松線同様に廃止から免れた経緯はありました。

しかし、その後の町村合併などにより、邑南町や安芸高田市のように市域の外れと言うか境界線上走る線区となってしまう中で、合理化に合理化を重ねよくぞ30年間、JR西日本は維持してきたと思います。
地元の鉄道ファンにしてみれば、最低限の保守しかしていないとか、交換設備を撤去して怪しからんと言う方もいますが、そうなる前に皆さんが何かしたのでしょうか・・・となるんですよね。

昨年、地元の方から乞われて三江線の存続について勉強させていただいたことがありました。

まずは、googlemapやWikipedia等で、駅の乗降人員や駅の様子などをストリートビューで確認しながら、他の統計資料などを見ながら沿線人口と駅勢圏、バス停と駅の位置などを検討してみました。

また、対策協議会などの議事録も目を通しましたが、出た結論はバス化で良いじゃない・・・と言うのが最初の結論でした、それでも何とか残せないかと言う、地元の方からの要望とは矛盾するわけです。

そこで葛藤が始まったのです、どう見ても残せるような路線ではないと言うのは数字が雄弁に物語っているわけです。そこで、いくら机上の空論を並べても仕方がないと思って、実際に三次まで足を運んだのが9月30日、奇しくも JR西日本が国土交通省広島運輸局に対して2018年4月1日を廃止日とする廃止届を提出 した日でした。
初めて乗る三江線、噂には聞いていましたが30㎞/hの徐行制限が異様に多いわけです。
ただ、風光明媚な三江線と皆さんは言いますが、少なくと山陰地方にはよく見られる沿線風景だなぁと感じた次第で、さほど何度も足を運んでみようと言う思いにはなりませんでした。
恐らく、写真撮影するには丁度良い被写体なんでしょうね。

ただ、こうした撮り鉄派は、車で来て車で帰るので、JRにとっては何もうま味が無い訳です。

そんな三江線ですが、存続は諦めて地元としても、跡地利用に意識が動いてきたようで、活性化の一環として鉄道公園構想などが多々出てきているようです。

Twitterまとめ等を参照しますと尾関駅前に保存されている蒸気機関車(SL)の復元で復活運転とか、更には・・・一部存続して、JR西日本に運営してもらう

一部存続して、JR西日本に運営してもらうなんて案も

そんな案も出てきているようですが、正直JR西日本は三江線を運営しないと宣言している中で、今になってやっぱり一部残してください仁はならないでしょう。

実際、三次市や広島県にも質問のメールを送らせていただきましたが、回答はいただけませんでした。

それが今になって、芸備線に尾関駅までの区間だけでも残してくれと言われてもJRとしても困惑でしょうね。

というか、「それならもっと早く言って来いよ」と言う心境でしょう。

その辺りは、togetterにまとめられているので少し引用してみましょう。

 

https://togetter.com/li/1153186

 

下記の「三次もののけミュージアム」の発足を受けて尾関山まではJR西日本に運転してもらうとか、SLを停車させて?というのは復活運転を行うという意味であろうか。
そうなると、JR西日本の線路にSLが乗り入れるのだろうか、これを読む限りでは線路の維持も自分たちで行うとなっているが、どこまで乗入させるのであろうか。まさか、三次駅の構内にSLを乗入させると言うことなのか?
現状体験運転ができる場合は、本線と繋がっていないことが大前提の条件であり、この内容からでは読み取れないが、三次駅の手前までと言うことであれば、その辺の維持管理はどうするのか、その辺の意見をSL保存会の方にお聞きしようと思っています。

「(SLは)手を加えればすぐに動きます」「全国からボランティアで助けてやろうという方がたくさんいらっしゃるので心配していない」

他にも、こうした思いは昨年の8月までの時点で出て居れば可能性もあったし、それなりにアプローチもしたんですけどね。
結局、どうにもならなくなってから何とかしたいと言ってもどうにもならないんですよね。

 

http://tabetainjya.com/archives/cat_2/30002018/

広島ニュース食べタインジャーから引用

鉄道公園構想はどれぐらい成功するのか?

鉄道公園を観光の一助にしたいと言う意見はありますが、正直こうした試みは失敗する可能性が高いです。特に、行政主導でする場合は・・・その典型的な失敗例が、石見銀山の石見銀山世界遺産センターこの建物が本当に必要だったのか?疑問に思ってしまいます。
今後活用が図られれば良いのですが昨年平日に訪問した時は広大な駐車場に車が数台、多くはバスで
大森代官所跡バス停まで来てそこから、歩いていく人が多かったように見受けられました。
たまたまその日が暇だったのかもしれませんが、行政が絡むと結局意味のないものを建設してしまうそんな気がします。
そうした意味では、行政が積極的に絡む鉄道公園構想は100%成功しないと思うし、アクセス等を考えれば尾関山の場合はやりようによっては三次インターチェンジからの高速道路を利用した観光客を呼び込むことは可能だと思います。

 

追記

三次の尾関山後援に関しては、地元のSL保存会の人にもコンタクトを取ったのですけど、正直蒸気機関車を走らせるとか、キハ28を三江線の跡地に走らせるとか言っていましたが、一番実現性のあるのは、現在宇都井で行っているトロッコが一番現実的だと思うし、集客はしやすいと思います。
間違いなく言えることは、オタクが自分たちの趣味の延長で鉄道を運営させようなどと思ってはいけない。

まして人を乗せて走るのであれば尚更。

それと、江津側のサイクリングコースとトンネル内のワイン貯蔵庫の話は助成金だけもらって計画は頓挫したみたいで、言い方は悪いですが、本気でする気があったのかと疑いたくなります。

 

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