【旧 十月廿七日 赤口】大雪・熊蟄穴(くまあなにこもる)
 喧嘩両成敗といいながら、一方だけを処分するという不手際は将来に禍根を残します。その好例が『忠臣蔵』ですね。ただしこの物語は実際に記録に残る「赤穂事件」とは似て非なるもの。現在の法に照らすまでもなく、一方的に若者が彼の指導者である無抵抗の老人に切りつけた傷害事件で、少なくとも両成敗を採らなかったの当然のことでした。喩えるのには少し躊躇しますが、もしも貴ノ岩にいかなる非礼があったとしても、結果的に暴力を振るった日馬富士が悪いのは当然とする現在の日本人が、なぜ浅野を悲劇の殿様にして、吉良を斬られて当然の悪人と考えるのでしょうか。やはりあの『仮名手本忠臣蔵』が、よほどよくできた物語に仕上がっていたせいなのでしょう。

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逆切(さかき)れて 脇差し振るう 若者に 
松の廊下を 這う老い哀れ

われもまた 吉良の齢を 過ぎたれば 
浅野の青き 未熟を悪(にく)めり
  ~林龍三 『塔』2018年6月号

 とは言うものの、ろくな吟味もなく即日切腹で家名断絶という処断というのは、たしかにいかがなものかとは思います。ちゃんとした取り調べがあって、もしも吉良に行き過ぎたパワハラ的指導があったことが判明すれば、多少の情状酌量があったかも知れませんから。とはいえ吉良屋敷への討ち入りは、今の倫理観では逆恨み以外の何物でもない復讐劇です。当時の武士道に照らせば喝采に値することなので「義士」と呼ぶ事には異論がありませんが、殺された上に何百年にもわたって悪人扱いされ続けている吉良さんは、やはりお気の毒としか言いようがありません。

あら楽し 思いははるる 身は捨つる 
浮世の月に かかる雲なし
  ~大石内蔵助良雄(辞世)

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