平野久「タンパク質とからだ」 | 世界文学登攀行

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世界文学の最高峰を登攀したいという気概でこんなブログのタイトルにしましたが、最近、本当の壁ものぼるようになりました。

タンパク質とからだ
――基礎から病気の予防・治療まで


「はじめに」に書いてある「タンパク質について詳しい方には第三章から読んでいただければと思う」(Pⅲ)という一文を見たときに、そんな人、日本に何人くらいいるんかいなとツッコミを入れるくらい、当時は余裕があった。
しかし、いざ第一章を開いてみると、その文章の難しさに悶絶した。わからなすぎて逆にスイスイと読むことができた。わかろうという努力を放棄させられたのは、中公新書マラソンの中でははじめてだった。
文章が悪いというわけではない。むしろ学者らしいすっきりとした文章である。


試みに、思いついたページを開いてみる。
「アミノ酸の並び方でタンパク質の形が決まる」という小章だ。
「一次構造は、タンパク質の立体構造に大きな影響を及ぼす。アミノ酸の配列に応じてタンパク質の特定領域の構造が形成される。これを構造モチーフ(狭い領域に見られる一定の構造)という。この構造は、タンパク質の二次構造とよばれる。代表的な二次構造には、αヘリクスやβシートなどがある。αヘリクスは、タンパク質分子上のアミノ酸部分(残基)四つごとに主鎖が水素を介して弱く結合(水素結合)したらせん状の構造であり、βシートは、主鎖が直線上に並列し、それらが水素結合によって連結した構造である。αヘリクスやβシートの相互作用によって形成される空間配置を三次構造という。さらに分子が二個以上結合して一分子のように機能する(これを会合という)とき、各分子をサブユニットとよぶが、これらのサブユニットの結合構造を四次構造といっている」(P15)
これがなんと、タンパク質について詳しくない読者が読む第一章の説明なのである。
確かに、ある程度の知識があれば、わかりそうな文章ではある。著者は丁寧にカッコまでつけて説明をしてくれているが、全然わからない。


わからないかもしれないですが、とりあえず聞いててください、と言われた生徒のような気分で本書を読んでいく。
こんなに難しくて意味がわからなかったら、頭に定着する情報量は5ページくらいのレジュメにまとめてもらった方がいいんじゃないかという気がしてくる。
しかし、我慢して読んでいるとわかることがある。一個一個の説明は、タンパク質の最先端の知見であり、研究方法も、その成果も、踏み込んだ説明がなされているような気がする。読み終わったあとに章のタイトルを見返してみると、ああ、確かに、そのタイトルのことについて話をしているんだな、というのは分かる気がする。


著者は、世界の学者が人生を傾けて得てきた研究成果を、読者に知ってほしいのだ。
タンパク質は「体重の約二〇パーセントを占め」(Pⅰ)る非常に身近な存在である。しかし、タンパク質は、DNAの遺伝情報から転写され、それも違う転写産物が出てきたり、翻訳中、翻訳後にアミノ酸が修飾されたりと、極めて複雑な変化を遂げる。(もう自分でも何を言っているのかわからないし、言葉もあやふやなので「複雑な変化を遂げる」の部分だけ拾ってください)ある学者の推定によると、ヒトのタンパク質の種類は65万~620万だそうである。もはや想像を絶する世界なわけだが、逆に言えばそこまでわかってきた、ということなのだ。


現在の研究では、タンパク質を細分化して1つ1つ突き詰めていく、という方向とは逆に、そのデータを用いて、人間の体の中にどのように細胞が分布していくのかを探る研究をすすめている。
近年の科学は、細分化することで法則を見出すだけではなく、得られたすべてのデータを元にして新たに全体像を構築するという試みがなされているように思う。すごい時代になったものだ。


そして、その研究の成果がどこにつながるかといえば、サブタイトルにもある通り、病気の予防・治療の役に立つということなのだ。
健康な時のタンパク質の分布と、病気になった時のタンパク質の分布の違いがわかれば、タンパク質の変化を見るだけで、初期症状が出る前の病気の発見につながり、また、あらたな治療法も研究できるかもしれない。


あとがきで著者は「きわめて近い将来、健常時と罹病時におけるすべてのタンパク質の発現状態が明らかになり、それに基づいた予防、診断、治療がおこなわれるようになると予想している」(P207)と言っている。本文を読んでいて思うのが、これはかなり途方もないチャレンジなのである。多分、だけど。


著者に見えている未来が実際にはいつどのように訪れるのかはわからない。
しかし、人類の勝利とも言うべき巨大な目的の成就のために、日夜研鑽を積み、研究を続ける研究者たちがかっこいいじゃないか、と思えるような読書だった。
なんにせよ、現代の最先端というのは、どんな分野でもすごいんだなあと思った。




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