大分外国人生活保護訴訟(福岡高裁平成23年11月15日判決)について | なか2656のブログ

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1.はじめに
6月29日の新聞記事を読んでいたところ、大分市の永住者である80歳台の外国人女性(中国籍)が市(から委託を受けている福祉事務所)に対して生活保護の申請をしたが、預貯金があることを理由として却下され、その却下をめぐって訴訟となったという事例(大分地裁平成22年10月18日判決(請求却下))があり、その高裁判決(福岡高裁平成23年11月15日判決・ウエストロージャパン2011WLJPCA11156001)は永住外国人女性側の勝訴としたものの、現在上告中であり、6月27日に弁論が開かれたので、最高裁で高裁の判断が覆される可能性が高いというニュースがあり、興味をもちました。

・永住外国人に生活保護受給権、2審判決見直し公算(読売新聞)
・永住外国人に生活保護、認めた高裁判決見直しか 最高裁、6月に弁論(朝日新聞)


*この事件につき平成26年7月18日に出された最高裁判決についてはつぎの記事をご参照ください。
・最高裁:大分外国人生活保護訴訟(最高裁平成26年7月18日判決)について

2.地裁判決(大分地裁平成22年10月18日判決)
地裁判決は、憲法25条、同14条の判例や社会権に関する国際人権規約Aについては熱く論じつつも、外国人に対する生活保護は、単に厚生省の昭和29年の通知(昭和29年5月8日社発第382号「生活に困窮する外国人に対する保護の措置について」)に基づくものであり、生活保護法に基づかない以上は、「行政の任意の行政措置」であって行政処分でなく、行政処分でない以上は取消訴訟は不適法であるとして永住外国人側の敗訴としていました。

3.高裁判決(福岡高裁平成23年11月15日判決)
高裁判決は、昭和56年の難民条約批准のために国民年金などにおける国籍条項が廃止される一方で、生活保護についてはその国会審議における「わが国においては外国人も日本人と同様の生活保護の実務取扱をしているので、条約批准のためにあえて生活保護法を改正する必要は無い」という趣旨の政府答弁を根拠として、昭和29年の厚生省の通知が“外国人についても生活保護法に「準じた」取扱をする”としていることと、また、平成2年の厚生省の指示(「厚生省社会局保護課企画法令係長による口頭指示」)が“外国人とは永住者、定住者、その配偶者等に限定する”としていることから、少なくとも永住者等には生活保護法が準用されるとして本件の永住者外国人女性に対する大分市の却下処分を取り消しました。

高裁判決について学者の方々の評価は、“厚生省の通知を根拠として永住者等に生活保護法が準用されるという判断を示したことは画期的”“しかしその根拠として国会の議決ではなく国会の審議を持ち出したことはあまり説得力がない”“永住外国人側の主張のなかの義務付け訴訟に関して高裁が非申請型と申請満足型の要件を間違えて判決文を書いているのは明らかにミス”といった感じで、結論はよいが内容はいまいちという感じのようでした。
(福田素生「社会保障法判例 永住的外国人も生活保護法の準用による法的保護の対象になるとし,同法4条3項に基づく急迫保護を開始すべきだったとして保護申請を却下した処分を取消した事例」、徳川信治「生活保護法に基づく永住外国人の生存権保障」『TKCローライブラリ新判例解説Watch国際公法No.24』など)

4.「行政裁量」論
私が一番疑問に思ったのは、この地裁判決についてですが、生活保護法が条文上明確に保護の対象を「国民」(同法1条・2条)としているので、地裁判決が外国人には生活保護法は適用されないため、外国人に対する保護は、「行政の任意の行政措置であって行政処分でない」としており、この地裁判決の考え方は理解できます。しかし仮に「任意の行政措置」であっても、主務官庁である厚生省から複数の通知が出されているにも関わらず、たとえば地裁の弁論で大分市が主張したような「そもそも外国人にはまったく生活保護をする必要はない」という全廃であるとか、以前は全国の自治体が外国人に対しても弾力的に生活保護を実施していたのに急にそれを抜本的に少なくするなどの恣意的な運用が許されるのだろかということです。

すなわち、厚生省の昭和29年の通知・通達などは行政法でいうところの「行政規則」ですが、判例・通説上、行政規則は法的拘束力がないとしても行政の行政裁量はフリーハンドで無制限に許されるのだろうかという点です。

行政裁量に対しては、もちろん「裁量権の逸脱・濫用」という歯止めがあり、逸脱・濫用があった場合は取消訴訟の対象となります。また、“行政裁量は原則として裁判所の審査はなじまないが、しかし行政裁量に法的拘束力がまったく存在しないというわけではない。憲法や不文の法による拘束も考えられるし、裁判所の役割も制定法の解釈に限られるわけではない”と説明されています(芝池義一『行政法総論講義 第4版補訂版』69ページ、また同58ページは、”自由権、平等原則、比例原則および適正手続の法理などの憲法の原則は行政に対して規制規範としての役割をもつ”としています)。

すると、生活保護の開始の判断における行政裁量の場面において、たとえば憲法14条(法の下の平等)や信義則(民法1条2項)、あるいは厚生省の昭和29年の通知が準用する生活保護法2条の無差別平等原則などの適用の余地があるのではないかと思われます。

そのように考えると、戦後の1950年代から約60年にわたり厚生省の昭和29年の通知によりとくに永住外国人に対して生活保護の実務取扱がなされてきており、そのような行政の行為の積み重ねに関して今回の永住外国人女性は信頼をもっていたのではないかと思われます。また、この約60年間に全国の自治体で相当数の永住外国人が生活保護を受給してきたという事実があってその受給を受けてきた永住外国人達と今回の永住外国人女性の不支給をくらべると、これは生活保護法2条あるいは憲法14条の平等原則の趣旨に抵触するように思われます。

5.事実認定の問題
そもそも、この事例は、地裁判決と高裁判決で本人の預貯金や同居の義弟からの虐待などの事実認定が大きく異なっています。地裁レベルでは、本人に預貯金が相当額あったこと、同居の義弟から預金通帳・印鑑を取り上げられるなどの虐待があったものの大分市の担当者は早期に専門家に介入してもらうように適切にアドバイスした等と認定しています。一方、高裁は、預貯金などは本人の夫や義弟・義父などの権利関係が混乱しており本人一人が容易に引き出すことができない状態であったこと、義弟からの虐待については本人は早くから弁護士や大分市の地域包括支援センターなどに相談して弁護士などが義弟に対応していたが解決に時間がかかったことなどを事実認定しています。

すると、今回の事例は、最初に大分市が生活保護の申請を受けた際に却下とした決定の理由である「あなたには預貯金が相当額ある」との大分市の事実認定とその判断が単に間違っていただけのように思われます。にもかかわらず、なぜ地裁の弁論において大分市がそれまでの実務取扱を覆して「そもそも永住外国人は生活保護法の対象外であり同法の準用もない」等と主張がヒートアップしたのか今一つ不明です。また、同様に地裁も高裁も、あまり憲法25条の判例の経緯であるとか難民条約批准時の国会審議における政府答弁などの分析に力をいれるのでなく、大分市の事実認定とその判断、すなわち今回の永住外国人が本当に生活保護が必要な状況だったのかの判断(高裁判決の事実認定を読むと本人は入院費すら払えない状態だったようで「急迫した事由」(生活保護法4条3項)に該当し保護が必要な気がします)に力をいれるべきだったのではと思いました。

言うまでもなく、外国人の人権保障については、判例・通説上、権利の性質上日本国民に限定されるものを除き、在留外国人にも保障されるにとどまるのであり(性質説)、立法府たる国会は社会保障に関して広範な裁量権を有しており、国家の財源が有限である以上は日本国民が優先されることは当然です(最高裁平成元年3月2日判決・塩見訴訟)。しかし、「法律による行政の原則」からは、国や地方自治体は法令のみならず各種の通知・通達・要綱などに準拠した適正な行政裁量に基づく行政の実施が必要であると思われます。この事例は本年7月18日に最高裁判決が出される予定だそうで、どのような判断が示されるか大いに注目されます。

6.参考文献
・加藤智章・前田雅子など『有斐閣アルマ社会保障法 第5版』43頁、367頁
・手塚和彰『外国人と法 第2版』293頁
・芝池義一『行政法総論講義 第4版補訂版』69頁、58頁
・杉原高嶺『国際法学講義 第2版』471頁

社会保障法 第5版 (有斐閣アルマ)




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