読売新聞のネット版をみていたら、地元住民として興味深い記事をみかけました。
・京王電鉄「副駅名」併記 新たに6駅|読売新聞
この記事によると、京王線は、駅名に最寄りの主要施設を示すための副駅名を付ける取り組みを今年度から本格化するそうです。
記事には、副駅名は、施設の名称を駅に表記する「広告の一種」とも記されています。京王電鉄は、約70の駅のほぼすべての駅名に副駅名を付ける方針で、その副駅名は原則ひとつとするとのことです。
たとえば、南大沢駅には、「首都大学東京」の副駅名が、京王多摩センター駅には「サンリオピューロランド」がつけられたそうです。
しかし、府中駅の「明星中学高等学校 明星小学校 明星幼稚園」、初台駅の「マニュライフ生命本社」や、稲城駅の「駒沢女子大学」などは、本年4月1日から導入されたようですが、地元住民の方々の思いとしてはどうなのでしょうか。
あるいは、そもそも京王電鉄は、このような近隣住民や企業・大学などにとっては関心の大きい事柄であると思われる副駅名の設定に関して、沿線の近隣住民の声を聴くパブリックコメント(意見公募手続き)やタウンミーティング(公聴会)などの機会等を設けたのでしょうか?もちろん京王電鉄は民間企業ですが、鉄道業という、極めて公共性の高い事業を行っています。
近隣の地元住民としては、府中といわれると、やはりまずは大國魂神社や府中競馬場、伊勢丹などを連想します。また、主要施設としては、府中は古くから多摩・武蔵野における交通の要衝であったので、そのなごりとして現在も、この地域全般を管轄する税務署や保健所、ハローワークなどの公的機関が存在します。広大な多磨霊園もありますし、府中郷土の森博物館はさまざまな施設が充実しており四季折々楽しめます。
さらに、地元住民としては、府中の学校・教育施設としては、まずは東京農工大学や東京外語大学を思い浮かべます。失礼な言い方ながら、明星中学高等学校なる学校の名前は、この記事を読んではじめて知りました。
そうった意味で、府中駅につけられた副駅名の「明星中学高等学校 明星小学校 明星幼稚園」の「コレジャナイ感」は半端なく、ひどすぎるものがあります。とくに府中駅を毎日使っている方々にとっては、「犯罪的」といっても過言はないのではないでしょうか。
また、初台駅に「マニュライフ生命本社」との副駅名がつけられたとのことですが、新宿区という都心の初台には、それこそ山のように大企業・中堅企業の本社部門があります。どういったプロセスで「マニュライフ生命」の副駅名が決まったのでしょうか。
公平性・中立性・客観性は保たれていたのでしょうか。そしてその決定に至る手続きのプロセスは、地元の市民や企業などに対してしっかりと情報が適時に開示されていたのでしょうか。
また、外資のマニュライフ生命に買収される前の前身となったのは1947年に設立された第百生命です。その第百生命と、それを2001年に買収したマニュライフ生命の本社は長年、調布市の国領駅にありました(初台に移転したのは本年4月1日のことです)。
そういった意味で、かりに「マニュライフ生命本社」とつけるとしても、国領駅につけるのではなく、初台駅につけられることに強い違和感を持つ沿線住民は多いのではないでしょうか。(私も最初この記事を読んで、誤植かと思いました。)
そして、新宿駅にはマニュライフ生命よりも大手の外資系生命保険会社である「アフラック」(アメリカンファミリー生命保険)や「損保ジャパン日本興亜」の本社があり、調布にはアフラックの事務集中センターがあります。
“なんでマニュライフの名称は採用されたのに、アフラックや損保ジャパンは採用されていないんだ!”という、それぞれの会社の従業員や保険契約者同士のネット上での不毛なバトルが始まりそうな予感もします。
さらに「駒沢女子大学」と副駅名がつけられた稲城駅の近辺には、「駒沢女子大学」以外に、稲城中央公園や東京よみうりカントリークラブなどの大規模な主要施設が存在します。
今回、「駒沢女子大学」との副駅名がつけられたわけですが、「我々、稲城市民の学力を“日東駒専”レベルと思われては困る!」と不愉快に思われている稲城市民の方々も多いのではないでしょうか。
(京王線にはすでに「駒場東大前」や「明大前」という、より上位レベルの大学の学校名を冠した駅名もあります。)
このように、京王電鉄が「わかりすいように」という親心でそれぞれの駅に副駅名をつけるのは、それが利用者に対するサービスの向上という親切心であっても、逆にあまりにもおせっかいであり、無粋と感じます。
武蔵野・多摩地区に住んでいる地元住民にとっては、たとえば「府中」や「府中駅」という地名や駅名は、それこそ、たとえば日本列島において札幌と東京と福岡がどこにあるかと同じくらいの一般常識です。そういったメジャーな駅の名称に、わざわざ副駅名をつける必要があるのでしょうか。
一方、初めて京王線に乗る利用者へのサービス向上のためであったとしても、たとえば駅校内や電車内、京王線のウェブサイトなどに掲示される路線図等に、今後、駅名と副駅名が併記されることとなるわけですが、結果、情報量が2倍となって、見る人は逆に混乱するのではないでしょうか。
2020年の東京オリンピック対応として、今後、路線図などにはこれまで以上に多言語での説明の表示が必要になると思われ、京王線の今回の副駅名の取り組みは、自分で自分の首を絞めているようにも思われます。
あるいは、副駅名に採用された企業・学校などの団体と京王電鉄との関係は健全なのだろうか?との疑念は当然、発生します。
記事によると広告としての意味合いもあるとされているので、当然、広告主たる団体から京王電鉄に対して広告料が支払われることとなるでしょう。ひとつの駅に副駅名はひとつと限定されているそうなので、その価値は高く、その広告料は非常に高額になると思われます。
まさか不明朗な金品のやりとりや接待や、妙な団体が介入してきて口利きや仲介をしたりといった、副駅名の買収合戦で札束が飛び交うような行為が行われていたのではなかろうか?と、一市民として疑問です。
2.行政法から考える-取消訴訟の原告適格
もっとも、京王線の近隣住民が、自分がいつも利用している駅に妙な副駅名をつけられてしまい、不快に思ったとしても、やはり、法的に京王電鉄に何か要求するということはなかなか難しいような気がします。
この点、行政法の勉強では、取消訴訟などは、誰が訴えることができるのか?という、「原告適格」の問題を勉強します。
行政事件訴訟法9条1項は、「当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」が「原告適格」を有し、訴訟を提起できるとします。
しかし、従来の判例は、この条文の「法律上の利益」を厳格に解釈し、結果として取消訴訟などを提起できる人(原告)を狭く解釈してきました。
ところが、平成元年の新潟空港事件判決(最高裁平成元年2月17日)が、それを広げる方向の判決を出し、それを受けて、この行政事件訴訟法9条の2項の部分に、この「法律上の利益」を解釈するための指針となる規定が置かれる法改正が平成16年に行われました。
この法改正が行われた直後の平成17年には、小田急線の高架化をめぐり画期的な判決が出され、注目されました。
この訴訟は、東京都世田谷区の小田急線の高架化をめぐり、周辺住民が都市計画法に基づく国の都市計画事業の認可の取消を争ったものです。最高裁は、事業用地内の地権者だけでなく、騒音、振動等による健康または生活環境に著しい被害を直接的に受けるおそれのある近隣住民にも原告適格を認めたことが、当時大きく注目されました(小田急高架化訴訟・最高裁平成17年12月7日)。
ただし、平成16年の行政事件訴訟法の改正で原告適格が拡大され、原告となることができる人は増えたわけですが、国・自治体の行政処分を取消とする裁判所の判断自体が増えたというわけではない状態です。そのため、“単に間口を増やしただけではないか”との批判もなされているところです。
なお同じ鉄道関係では、平成元年に、当時の地方鉄道法に基づく、国の鉄道業者への特急料金改定の認可の取消をその鉄道を利用する利用者が争った訴訟では、当該路線の周辺に居住してその特急列車を利用している者は原告適格を有しないという趣旨の判決が出されています(近鉄特急料金認可処分取消等請求事件・最高裁平成元年4月13日)。
万が一ですが、京王線沿線の近隣住民が、「自分が毎日利用している駅にこんな変な副駅名を付けたのは不愉快で許せない」として、京王電鉄あるいは国などを名宛人として訴訟を提起しようとしても、取消訴訟においては、「原告適格」は認められるでしょうが、侵害された住民の利益(「訴えの利益」)が「不愉快で許せない」程度にとどまると、勝訴判決は難しいものがあると思われます。
■参考
・櫻井敬子・橋本博之『行政法[第4版]』292頁
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