沖縄県が辺野古基地移設問題に係る第三者委員会の報告書を発表/職権取消し | なか2656のブログ

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1.はじめに
新聞記事によると、沖縄県の米軍の普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設計画について、沖縄県は7月29日、前知事の仲井真氏による埋立の承認について県の弁護士ら専門家で構成される第三者委員会法的な瑕疵があるとする報告書の全文を公開したそうです。


(翁長知事。朝日新聞サイトより。)

・検証結果報告書(平成27年7月16日(木))(PDF)|沖縄県サイト

・検証報告書概要版(PDF)|沖縄県サイト

・翁長知事、辺野古承認取り消し示唆 「法的に可能」|朝日新聞

・沖縄県の第三者委報告書<要旨>|朝日新聞

2.行政行為の取消しとは
今回沖縄県が検討している行政行為の「取消し」とは、行政法上の「職権取消し」であろうと思われます。

職権取消しとは、行政行為を行った処分庁やその上級行政庁が、瑕疵(=問題)がある行政行為について、その効力を遡及的に失わせて(=行政処分のあった時にさかのぼって失わせて)、正しい法律関係を回復するものです。

この職権取消しは、当該行政行為の成立にあたって原始的に瑕疵が存在したところ、これを取消して瑕疵のない法的状態を回復させるものであるから、法律による特別の根拠は不要とされています(櫻井敬子・橋本博之『行政法[第4版]』102頁)。

この点、裁判例も法律の明文規定に基づかない職権取消しを認めています(大阪地裁平成3年11月27日)(芝池義一『行政法総論講義[第4版補訂版]』170頁)。(また、職権取消しとパラレルな概念である「撤回」について、法律上の根拠は不要とした判例として、最高裁平成24年3月6日判決があります(櫻井敬子・橋本博之・同103頁)。

そのため、公有水面埋立法自体には、知事などによる埋立の承認を取消す規定はありませんが、埋立の承認に瑕疵がある場合は、知事はこの承認を職権取消しすることができます。

3.手続的な瑕疵
行政行為に瑕疵がある場面がいろいろとありますが、本件に関連するものとしては、まずは手続的な瑕疵の問題があります。

教科書に出てくる典型例のひとつは、行政手続法にある「聴聞」の手続きに関連するものです。

行政が国民に不利益な処分を課す場合には、「聴聞」または「弁明」という機会を設け、国民に反論の場を与えなければならないと規定されています(行政手続法13条)。

この聴聞の手続きに瑕疵があった場合、その瑕疵が軽微な場合は取消事由にはあたらないとする判例(群馬中央バス事件・最高裁昭和50年5月29日判決)がある一方で、聴聞手続きの瑕疵が重大である場合は、取消事由にあたるとする判決があります(個人タクシー事件・最高裁昭和46年10月28日判決・恒川隆生「個人タクシー免許申請の審査手続」『行政判例百選[第5版]』246頁)。

4.行政行為の前提となる判断のプロセスに瑕疵がある場合
また、行政庁が行政行為を行う場合、その行政行為には一定の行政裁量があるのが通常ですが、行政庁が行政行為を行うにあたり、その行政行為を行うにあたっての判断のプロセスに瑕疵があった場合、その行政行為も瑕疵を帯びることになります。

この問題のリーディングケースとして、日光太郎杉事件(東京高裁昭和48年7月13日)があり、呉市公立学校施設使用不許可事件(最高裁平成18年2月7日・本多滝夫『平成18年度重要判例解説』39頁)などの判例が出されています。

これらの判例は、「考慮すべきでない考慮要素を考慮し(=他事考慮)、他方、考慮すべき事項を十分考慮していない場合は社会通念上、著しく妥当性を欠く」ものを瑕疵があり違法としています。

これらの判例を経て、近年、小田急高架訴訟(最高裁平成18年11月2日大法廷判決・神橋一彦「都市計画事業認可と周辺住民の原告適格」『平成17年重要判例解説』58頁)などが出されています。

小田急高架訴訟において、最高裁は、「基礎となる事実に誤認があること等により重大な事実の基礎を欠くこととなる場合、または、事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らして著しく妥当を欠くものと思われる場合」に裁量権の逸脱・濫用となり、取消事由となるとしました。

5.辺野古への基地移転に係る第三者委員会の報告書の検討
第三者委員会の報告書はつぎの4点を指摘しています。

(1)辺野古の埋立の必要性
報告書は、「仲井真前知事時代の沖縄県は、県は埋め立ての必要性、行う時期、場所などについて審査し、いずれも合理性があるとしました。しかし、その理由は「普天間飛行場の危険性」や「普天間飛行場の移設の必要性」を挙げるのみであり、代替施設の場所として辺野古地区を選んだ理由が何ら検討されておらず、説明がされていない。」としています。

これは、うえでみた、行政行為の前提となる判断のプロセスにおいて「考慮すべき事項を十分考慮していない」どころか、まったく考慮していないので、重大な瑕疵があるといえるでしょう。

(2)国土利用における適正と合理性
公有水面埋立法4条1項は、同条同項1号から6号すべてに適合した場合に、知事は埋立を許可するとしています。そして、同条同項1号は、「国土利用上適正且合理的ナルコト」と規定しています。

この点、報告書は、「普天間飛行場の危険性の除去によって得られる利益は大きい。一方、普天間飛行場で生じていた甚大な騒音被害や墜落の危険性などの不利益は、すべて辺野古においても起こり得る。」とします。

そして、「埋め立て予定地の「キャンプ・シュワブ」が返還されれば、豊かな自然環境に恵まれた屈指のリゾート地になりうる。しかし、普天間代替施設が建設された場合、長期にわたって基地として利用されることになるため、地域の発展はほとんど望めない。豊かな自然環境を破壊するだけでなく、経済的不利益は甚だしい。」

そのうえで、「埋め立てで得られる利益と不利益を総合的に判断すると、適正かつ合理的とは言えない。」と結論づけています。

このように、「辺野古の埋立の必要性」の面においても、辺野古への基地移転の承認という行政行為は著しく「合理性」を欠くものであり、行政行為の前提となる判断のプロセスに瑕疵があり、また、手続的な瑕疵があるといえます。

(3)環境保全への配慮
公有水面埋立法4条1項2号は、「其ノ埋立ガ環境保全及災害防止ニ付十分配慮セラレタルモノナルコト」と規定し、環境保全への配慮を規定しています。

この点、報告書は、「辺野古沿岸海域は、多種の絶滅危惧種、準絶滅危惧種が生息し、環境省も「日本の重要湿地500」に選定している。」

「事業者(=沖縄防衛局)は辺野古海域の生態系について、各種生物の個体数や現存量を踏まえた定量的な評価をしていない。その結果、抽象的な調査、解析にとどまっている。国の環境影響評価書で示された環境保全措置では「自然環境の保全を図ることは不可能」とした知事意見にも対応できていない。環境保全に十分配慮したとは言えない。」と指摘しています。

この点も、行政行為の前提となる判断のプロセスにおいて「考慮すべき事項を十分考慮していない」といえるもので、行政の手続上、重大な瑕疵があるといえるでしょう。

(4)国や地方自治体の計画との整合性
公有水面埋立法4条1項3号は、「埋立地ノ用途ガ土地利用又ハ環境保全ニ関スル国又ハ地方公共団体(港務局ヲ含ム)ノ法律ニ基ク計画ニ違背セザルコト」と規定し、国や地方自治体の計画と整合性のとれたものであることを要求しています。

この点、報告書は、「名護市の意見書で、埋め立て計画は、国の生物多様性国家戦略、県の生物多様性おきなわ戦略、名護市景観計画など10の計画と整合性がとれていないと指摘されているが、審査ではこれらについて一切言及せずに、「計画に違背していない」と結論づけている。十分な審査をせずに判断したものと考える。」と指摘しています。

この点も、行政行為の前提となる判断のプロセスにおいて「考慮すべき事項を十分考慮していない」といえるもので、行政の手続上、重大な瑕疵があるといえるでしょう。

6.まとめ
以上でみたように、仲井真知事時代の沖縄県の辺野古への基地移転の承認は、4つの点で、承認の前提となる判断のプロセスにおいて「考慮すべき事項を十分考慮していない」といえる極めて杜撰もので、行政の手続上、重大な瑕疵があります。

つまり、この辺野古への基地移転の承認という行政行為には重大な瑕疵があります。したがって、翁長知事は、この承認を職権取消しできるものと考えます。

■参考文献
・櫻井敬子・橋本博之『行政法[第4版]』102頁
・芝池義一『行政法総論講義[第4版補訂版]』170頁
・本多滝夫『平成18年度重要判例解説』39頁
・恒川隆生「個人タクシー免許申請の審査手続」『行政判例百選[第5版]』246頁
・神橋一彦「都市計画事業認可と周辺住民の原告適格」『平成17年重要判例解説』58頁

■参照
辺野古の問題に関連して、つぎのブログ記事もご参照いただければ幸いです。
・辺野古基地問題:サンゴ破壊89群体、県の許可区域外が判明/機関訴訟・国地方係争処理委員会

・辺野古基地移設の海上デモ/適正手続きの原則と比例原則

行政法 第4版



行政法総論講義



行政判例百選1 第6版 (別冊ジュリスト 211)



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