熊本地震・自然災害と緊急事態条項/木村草太准教授と自民党・礒崎陽輔氏の対談 | なか2656のブログ

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1.熊本地震と緊急事態条項
4月14日午後9時26分に、熊本で震度7の非常に大きな地震が発生し、その後、約2週間経過後の現在も、「熊本地震」と政府に名づけられた大きな地震が続いています。

この大規模な自然災害においては、現地の自治体、警察・消防・自衛隊の方々の献身的な働きが伝えられる一方で、またしても首相官邸などの中央政府上層部の無能・無責任ぶりが明らかとなっています。

そのようななか、翌15日には菅官房長官が記者会見において、熊本地震に関連して憲法改正における緊急事態条項の創設の重要性を改めて強調したとのことです。

・緊急事態条項「極めて重い課題」 熊本地震で官房長官|日本経済新聞

自民党は憲法改正草案を党のサイトで公開しています。そして、そのQ&Aもサイトで公開していますが、憲法改正草案において、緊急事態条項を創設する理由として、「東日本大震災における政府の対応の反省も踏まえて、緊急事態に対処するための仕組みを、憲法上明確に規定しました。」と説明しています(「自民党憲法改正草案Q&A」32頁)。

つまり、自民党にとっては、戦争ではなく、大規模な自然災害こそが、憲法に緊急事態条項を新設するための理由なのです。

そうであるなら、今回の熊本地震に対して、自民党・公明党の政府・与党はどう対応したのでしょうか。それは憲法に緊急事態条項を入れるべきだと国民が納得できるような仕事ぶりだったのでしょうか。

■関連するブログ記事
・自民党憲法改正草案の緊急事態条項について考える

・熊本大地震に関連し菅官房長官が緊急事態条項の重要性を強調/ゲス防災担当大臣

・衆参同時選の際に緊急事態が発生したときのために改憲し緊急事態条項を新設すべきか?

2.熊本地震における中央政府の対応
私が今回の地震対策で中央政府のやり方で気になったのは主につぎの2点です。

(1)避難者の方々を建物に入れるべきなのかどうか
これは以前のブログ記事でも取り上げましたが、大地震が起き、大規模な余震が起きている最中の翌15日に、安倍総理の指示を受け、河野太郎防災担当大臣が、「被災者を建物の中に収納するように」との指示を出したところ、建物は危険であると、蒲島郁夫・熊本県知事が不快感を表明したことが報道されました。

この点は、現場で五感で大地震の危険を感じ、国民・市民の生命・身体・財産を少しでも救おうと全力を尽くしている熊本県知事と、そこから約900km離れ、テレビやネット越しに情報を収集し、タブレット等のIT機器による「プッシュ型支援」だの「プル型支援」だのと「行政改革ごっこ」のお遊戯にお忙しい無責任で当事者意識のない中央政府・与党の高官達との間に大きなギャップが生まれていることが露呈しています。(なお、河野太郎大臣はソフトバンクから提供を受けたIBMの特殊なアプリの導入済のiPad1000台による「プル型支援」をツイッター上で表明しました。このような露骨な河野大臣およびソフトバンクのスタンドプレーは、官民の癒着との非難を免れないでしょう。)

中央政府側は、被災者の方々が屋外にいる様子をテレビ等に報道されると中央政府のメンツの点から面白くないので、無理にでも被災者に避難所に入れるようにとの指示を出しているのですが、大地震が起きて、しかも余震がつぎつぎと起きている状態で、建物のなかのほうが危険なのです。

つまり、地元の自治体が被災者の生命・身体の安全のことを考えるというごく当然のことをしているにもかかわらず、中央政府は、国民の生命・身体の安全でなく、「日本国のメンツ」とやらを重要視しているのです。

憲法による緊急事態条項の宣言による緊急事態の発動は、通常の状態の憲法の秩序を一旦停止し、立法、裁判の権限を内閣(行政)に集中させます。そして内閣は立法・予算執行とともに、地方自治体に対しても強い命令を出すことが可能となります。

とくに、緊急事態における中央政府が地方自治体に強い命令を出すことができるということは、それが上手く機能すれば、今回の熊本地震のような事態においても、中央政府が迅速・正確に大地震に介入し、事態を収拾することが可能であったはずです。

しかし、今回の河野太郎大臣の無能・無責任な対応に見られるように、わが国は、わるい意味での「お役所」国家であり、憲法改正をして緊急事態の権限を中央政府にあたえる以前の問題です。

ついでに補足すると、河野大臣らの慇懃無礼な「お役所仕事」ぶりはこれにとどまりません。

蒲島知事らが、災害対策に県の権限と予算の拡大のために激甚災害の指定(災害対策基本法28条の2)を繰り返し要請しているのに、河野大臣や安倍総理は、「激甚災害の指定のためには厳格な調査が必要で、その調査には時間がかかる」であるとか、「調査の報告書がまだ中央官庁に届いていない」という、とても21世紀の発言とは思えない、前近代的な王朝の小役人のような発言を繰り返していました。

ここまで大規模な自然災害に対して、「緊急」の事態として対応する気力が皆無であるならば、憲法にあえて濫用の恐れの大きい緊急事態条項なぞ設けるだけムダでしょう。

(2)70万の食料をコンビニ・スーパーの店頭に
また、4月17日に安倍政権は、熊本県に対して、90万食の食料を避難所で無料配布し、70万食の食料をスーパー・コンビニ等の小売店に置く旨を発表しました。

避難所への90万食の配布は、公的部門が行うものなのである意味当然であるとして、「70万食の食料をスーパー・コンビニ等の小売店に置く」こと、つまり、このような有事において、国家権力がコンビニなどの民間に対して協力を義務付けることが、どのような法令のどのような条文に基づいて可能となったのか、正直、私はみつけることができず、困惑しています。

災害対策基本法は、まず各地方自治体がそれぞれの地勢などの状況に応じて防災計画などを策定し、水や食品などを備蓄し、近隣自治体と協定を結ぶことを定めています。そして、この自治体による水・食料などの備蓄では限界があると認められるときは、事業者と協定を結ぶことができるとされており、ようやくここで民間企業が登場します。しかしこれはあくまでも協定(契約)の相手方ですので、強権的に何かを強制できる力関係ではありません。

そしてさらに、このような各自治体がそれぞれの準備を行っていって、その準備などで意見が一致しないような場面で、はじめて総理大臣が口をだせるという条文が現れます。

このように災害対策基本法はボトムアップ型の構成をとっているにもかかわらず、今回の70万食の食品をスーパー等に並べるにあたっては、安倍総理は並々ならぬ意欲をもって、各自治体を飛び越えて、トップダウンの超「プッシュ型支援」を行いました。

しかし、繰り返しになりますが、これは災害対策基本法などに根拠の条文がありません。

つまり、わが国が建前上は法治国家であるはずなのに、安倍総理はまたしても平然とこの法治国家という大前提を「私は最高責任者だ!」と踏みにじっています。

国に協力を強制されたスーパー・コンビニの心中はいかばかりのものなのでしょうか・・・。

憲法的秩序を停止させる緊急事態条項がある前の現在ですら、このような法令無視の首相のごり押しがまかり通ってしまうのは、恐ろしいものがあります。

3.自民改憲草案の緊急事態条項の問題点
この点、緊急事態条項のポイントのひとつは、憲法秩序を一旦停止させ、権力を内閣総理大臣に集中させることです。その時の総理大臣が、万一、安倍総理ルイ14世ヒトラーあるいは金正日のような人物であったら、恐ろしいことになります。

安倍政権はもともと憲法や法律を守ろうという意思に乏しいのに、緊急事態条項が宣言され、緊急事態ということになれば、国会などのチェックはすべて事後的チェックとなっているので、まさにやりたい放題となってしまいます。

自民党憲法改正草案99条4項は、緊急事態が宣言された場合、国会は解散されないと規定しています。

自民党側は、国会に空白を作らないためと説明していますが、国会に空白を作らないためならば、現行憲法54条2項の緊急集会を開けばよいだけの話です(2015年冬に安倍内閣はこれを召集せず握りつぶすという違憲行為を行いましたが)。

つまり、この99条4項の真の狙いは、「永久の緊急事態」下にわが国を置くことでしょう。(樋口陽一・小林節『「憲法改正」の真実』102頁)

ワイマール憲法下において、14年間でヒトラー250回以上、国家緊急権(緊急事態条項)を発動し、旧ドイツは常に緊急事態の状態にあったとされています。

このような政治権力者による濫用の危険を緊急事態条項ははらんでいます。

また、緊急事態の宣言がなされた効果のひとつとして、同99条3項は、

何人も(略)国その他公の機関の指示に従わなければならない

と規定しています。

この点、2016年4月29日付の朝日新聞に、「緊急事態条項の本質」という、首都大学の木村草太先生と自民党憲法改革推進本部副本部長・礒崎陽輔氏との対談の記事が掲載されていました。

・(憲法を考える)緊急事態条項の本質 礒崎陽輔さん×木村草太さん|朝日新聞


(首都大学准教授・木村草太先生。朝日新聞より)

そのなかで、木村草太先生
「(自民改憲草案99条3項)の「指示」は憲法18条の「苦役」にあたると思います。「労働強制」のようなものはこの憲法18条で絶対的に禁止されているので、それを解除するのがこの99条3項の意図ということですか。
と発言し、

自民党・礒崎氏
法制的にはそういうことかもしれません
と否定していません。

つまり、自民改憲草案99条3項後段にある、「第14条(略)その他の基本的人権に関する規定は最大限に尊重されなければならない」という文言は、いざ緊急事態が宣言されたら、何の役にもたたないただのリップサービスであることを、自民党の憲法改革推進本部副本部長その人が認めたのです。

この点、木村草太先生は、
99条3項の条項をこのまま作ったら人権制約に歯止めが利かなくなる、ということは指摘しておきたいと思います。
とクギを刺しておられます。

このように、自民党憲法改正草案は、その緊急事態条項ひとつをとっても、とんでもない悪法としかいいようがありません。

少なくとも緊急事態条項は、うえでみたようにそれがあるから物事が改善されるわけでなく、むしろ副作用のほうが多く、現行の災害対策基本法などを使ってゆく、あるいはそれに問題があるなら一部改正や、新法を作ってゆく方向性で十分であろうと思います。

東日本大震災などのような自然災害に対しては、日本はすでに、災害対策基本法、原子力災害対策特別措置法などが準備されています。

また、戦争、内乱、テロなどに対しては、いわゆる有事法制が用意されています。

そして、東日本大震災で政府などで起きた混乱は、行政の運用の問題、つまり、当時の総理大臣や閣僚、そのブレーンに知識や決断力がなかったことの問題であり、憲法や法律の問題ではないとされています。
(小林節・伊藤真『自民党憲法改正草案にダメ出し食らわす!』122頁、伊藤真『憲法問題』218頁)

さらに、東日本大震災において災害支援に従事された弁護士の方々の見解によると、大震災の際に必要だったのは、中央政府の権限強化ではなく、被災地の自治体に権限を委譲することであるとのことです。(樋口陽一・小林節『「憲法改正」の真実』110頁)

このような点も含めて、私は緊急事態条項を最初の改正点とする自民党憲法改正草案に反対です。

(なお、この木村先生と自民・礒崎氏の対談記事の後半は、自民・礒崎氏の発言がほとんどなくなっています。そもそも「立憲主義なんて大学で習わなかった。最近の学説ですか?」とか「ポツダム宣言は一言一句正しくない」とか発言してしまう勉強のできない失言王が、木村先生と対談という時点で無理だった気がします。おそらく磯崎氏はこの対談後半は、目を開けたまま失神みたいなTKO状態だったのではないでしょうか。

たぶん、今頃自民党や磯崎氏は逆上して、朝日新聞に対して、「政治的に中立でない!」などと意味不明なクレームを行っているのでしょう(笑))

「憲法改正」の真実 (集英社新書)



自民党憲法改正草案にダメ出し食らわす!



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