PCデポの法的問題の整理-消費者契約法等 | なか2656のブログ

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1.はじめに-事案の概要
株式会社ピーシーデポコーポレーション(以下「PCデポ」という)は、2016年夏に高齢者に対する不適切な継続契約を締結していたことがネットで炎上し、一部上場企業による消費者被害の問題として広く耳目を集めました。


(PCデポサイトより)

端緒となった事件は、従来より契約をしていた認知症に罹患した82歳の高齢者男性に対して、PCデポがiPad mini やサポートするデバイス数を10台とする技術サポートなどを含めて月額約15000円の契約(サービス一体型契約)を締結し、後日、その高齢者の方の息子の方(ケンヂ氏)がこの契約の解約を申出たところ、20万円もの解約料を請求されたというものでした。

・PCデポ 高額解除料問題 大炎上の経緯とその背景|ヨッピー - Yahoo!ニュース

2.法的問題の整理
(1)意思能力がないことを理由とする無効
契約者が意思能力がなかった場合、その契約は無効とされます。意思能力は「自己の行為の結果を弁識、判断することのできる能力」とされ、「おおむね7~10歳程の子供の精神能力」とされています。しかし、具体的には個人ごと、取引ごと、問題となる行為ごとに判断され、取引行為の難易度も判断要素とされています。(東京弁護士会『消費者相談マニュアル[第3版]』173頁)

本事件では被害者は82歳の認知症患者であり、またPCデポのサービス一体型契約は非常に難解であるため、被害者の方は意思無能力による無効を主張できた可能性があります。

(2)重要事項の不実告知による取消・不利益事実の不告知による取消-消費者契約法4条1項1号、2項
解約料は、消費者契約の取引条件の一つであり、消費者が契約を締結するかの判断に通常影響を及ぼすものなので、「重要事項」です(消費者契約法4条4項2号)。

そのため、顧客がPCデポより重要事項たる解約料の有無またはその金額について、不実告知(事実と異なることを告げること)や、不利益事実の不告知(重要事項が告げられないこと)がなされている場合、顧客はその契約を取消すことができます(同条1項1号、2項)。

(3)解約金の「平均的な損害」の金額を超える部分の無効-消費者契約法9条1号
消費者契約において、消費者が支払う損害賠償の額を予定する契約条項があった場合で、その金額が同種の消費者契約の解除に伴いPCデポに生じる「平均的な損害」の額を超える部分があれば、その超える部分は無効となります(消費者契約法9条1項)。

同法9条1項に関しては携帯電話契約の中途解約料について裁判例が出され、判決は結論として消費者側の主張を退けていますが、PCデポの契約の解約料は携帯電話の中途解約料に比べて非常に割高となっており、同法に抵触している可能性があります(大阪高裁平成25年3月29日判決・判例時報2219号64頁)。

また、PCデポは「サービス一体型契約」であるからとして、高額な解約料を正当化しようとしているようですが、顧客が契約の途中で解約した場合、未だ提供されていない将来の技術サービス料に関する損害額を顧客に請求することはできないと思われ、この点も同法に抵触しているのではないかと思われます(最高裁平成18年11月27日判決、消費者庁『逐条解説消費者契約法[第2版補訂版]』217頁)。

■関連するブログ記事
・PCデポ 高齢者高額解約料問題 解約金・損害賠償の予定・消費者契約法9条1号について

・PCデポがiPone7を販売開始/サービス一体型契約、消費者契約法9条と大学学納金訴訟

さらに、「サービス一体型契約」という契約形態については、税務・会計の分野の方々からも問題点が指摘されています。

(4)消費者契約法10条による無効
民法上、法律行為以外の事務の委任である準委任契約はいつでも解約することができます(民法656条、651条1項)。

ところで、PCデポのサービス一体型契約には3年縛りの解約月があり、解約月以外の月に解約した場合には解約料が発生します。しかしこの解約月は、スマホやタブレットなどのキャリアの解約月と必ずしも一致していないため、キャリアとの契約を終了した消費者がPCデポへの解約料の支払いを避けるには、このサポート契約を存続させる必要があります。

このように解約料の約款条項で消費者の解約権の行使を制限することは、民法の定めに比して消費者の利益を一方的に害するものとして、当該約款条項が無効となる可能性があります(消費者契約法10条)。
(染谷隆明「PCデポの事案から考える消費者志向経営」『ビジネス法務』2016年12月号4頁)

(5)適格消費者団体の差止請求・消費者裁判特例法
不当な勧誘や約款条項・契約条項は適格消費者団体の差止請求の対象となります(消費者契約法12条)。また、2016年10月以降の消費者契約に関する損害賠償請求は、消費者裁判特例法の共通義務確認訴訟の対象となります(同法3条1項)。

(6)過量な内容の契約の規制-改正消費者契約法4条4項
2016年5月に成立した改正消費者契約法は2017年6月に施行予定ですが、過量な内容の契約の取消の条項が追加されました。

消費者庁が法案段階で示した具体例には、“認知症の高齢で判断能力の低下した女性に対して事業者が着物や宝石などを不必要なまでに売りつけた”という事例があげられていました。

そのため、PCデポで炎上の端緒となった事件も、2017年6月以降は取消事由に該当する可能性が高いと思われます。

■関連するブログ記事
・【解説】消費者契約法の一部改正について/過量な内容の契約の取消・重要事項の範囲拡大

(7)民法(債権法)改正-約款
なお、ここ数年内に民法(債権法)の改正が行われる予定であり、その改正には約款に関するつぎのような趣旨の条文の新設が予定されています。

●約款を契約の内容とすることをあらかじめ示していれば、消費者が内容を理解していなくても有効とする
●消費者の利益を一方的に害する不当な条項は無効とする

PCデポの事例では、契約締結の際に約款や契約書を顧客に交付していないことが問題とされてきました。例えばかつての一連の変額保険訴訟に照らすと、契約時に顧客に約款や契約書を交付していないPCデポは説明義務を果たしていないとして敗訴する可能性があります(最高裁平成8年10月28日判決、内田貴『民法Ⅱ 第2版』27頁)。

また、民法改正後は、同様の取扱いをしていては、PCデポは顧客から約款条項は無効と主張されることになります。さらに、かりに約款条項が有効であるとしても、消費者の利益を一方的に害する不当な条項は無効となります。

3.おわりに
2016年夏の不祥事を受けて、PCデポは、社内教育・管理監督を徹底することなどを公表しました。しかし、そのような対応を行う一方で、うえでみた問題の多いサービス一体型契約や約款条項を見直す等の本質的な取組みは行っていません。

また、企業が大きな不祥事を起こした場合、良くも悪くも弁護士などによる第三者委員会を設置し問題点の洗い出しを行うことが通例ですが、PCデポは、元消費者庁長官など官僚OB等と経営陣から構成される「アドバイザリーボード」を設置して不祥事を切り抜けようとしているのは、一般人の目から見ると異様です。

・月次報告に関するお知らせ|PCデポ

PCデポは保身に走るのではなく、コンプライアンス意識に立脚した不祥事対応を行うことが、上場企業の社会的責任として求められると思われます。

■関連するブログ記事
・PCデポ 高齢者高額解約料問題 情報提供義務・説明責任・契約書・約款について

■参考文献
・消費者庁『逐条解説消費者契約法[第2版補訂版]』107頁、207頁、217頁
・東京弁護士会『消費者相談マニュアル[第3版]』173頁
・内田貴『民法Ⅱ 第2版』27頁
・染谷隆明「PCデポの事案から考える消費者志向経営」『ビジネス法務』2016年12月号4頁
・判例時報2219号64頁

逐条解説 消費者契約法〔第2版補訂版〕 (逐条解説シリーズ)



消費者相談マニュアル〔第3版〕





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