肺がんの被保険者の入浴中の溺死につき外来の事故としつつ疾病免責を認め保険金請求を棄却した判決 | なか2656のブログ

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一.はじめに
少し前の判例時報2297号91頁に、肺がんに罹患した高齢者が入浴中に溺死し傷害保険金の支払い可否が争われた裁判例(東京地裁平成27年12月14日判決)が掲載されていました。このような事案は近年最高裁判決が出されたホットなテーマです。



二.東京地裁平成27年12月14日判決(棄却・控訴)
1.事案の概要
(1)保険契約の概要
B社は平成24年12月5日、損害保険会社Yとの間に、被保険者を同社社長のA(死亡当時84歳)およびその子Xとし、死亡保険金を1000万円、保険金受取人を法定相続人、保険期間を1年とするグループ傷害保険契約(以下「本件保険契約」という)を締結した。

本件保険契約の普通保険約款に「急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害」に対して保険金を支払う旨の規定があり(2条1項)、また「被保険者の脳疾患、疾病または心神喪失」のときは保険金を支払わない旨の規定(以下「疾病免責条項」という)が設けられていた(3条1項5号)。

(2)事案
Aは、平成25年5月9日に医師から末期の肺がんであり余命3か月との確定診断を受けた。Aは、同年5月17日、自宅浴室の浴槽内で死亡した。

Aの法定相続人であるXは、保険会社Yに対して、Aの死亡は溺死であり外来性を満たすとして保険契約に基づき死亡保険金を請求した。これに対してYは、Aの死亡は肺がんによる呼吸停止または意識障害であり外来性を満たしておらず、あるいは疾病免責条項に該当するとして支払いを拒んだ。そのためXが提起したのが本件訴訟である。

本件訴訟の争点は、①本件Aの死亡は外来性の要件を満たしているか②本件Aの死亡は疾病免責条項に該当するか、の2点であった。

2.判旨
(1)本件Aの死亡は外来性の要件を満たしているか
判決は、まず外来性の要件の判断基準についてつぎのように述べています。

本件約款にいう「外来の事故」(外来性の要件)とは、被保険者の身体の外部からの作用による事故をいうものと解される。そして、本件約款がこれとは別に疾病免責条項を置いていることからすると、被保険者の身体の外部からの作用による事故があったことを前提に、当該外部からの作用を生じさせた原因が被保険者の疾病であることが疑われるにすぎない場合には、保険金請求権者は、被保険者の身体の外部からの作用による事故と被保険者の死亡との間に相当因果関係があることを主張・立証すれば足り、被保険者の死亡が疾病を原因として生じたものではないことまで主張・立証するすべき責任を負わないと解される(最高裁平成19年7月6日第二小法廷判決・民集61巻5号1955頁参照)。
 これに対し、そもそも被保険者が溺水吸引により窒息死したのか、それとも病死したのかが争われる場合には、外来性の要件につき主張・立証責任を負う保険金請求権者が溺水吸引による窒息死であること(外来の事故に該当すること)を主張・立証すべき責任を負うものと解される。』

そして判決は、Yの社医やAの主治医の証言や、入浴死に関する法医学の論文などに基づいてつぎのように述べています。

『いずれにしろ、解剖医によって考え方が異なっており、上記②及び③の場合に病死とするのか溺死とするのかは法医学者の中でも意見が分かれている。そのため、入浴中急死についてはまだまだ議論のあるところである。』

『上記イのとおり、乙村医師は、溺水による窒息死であることを認めており、丁沢医師も溺水の吸引量が少ないことは内因死を推認させる一つの事情にとどまるとして(いる)。』

そうすると、(略)本件において肺がんによる呼吸停止が溺水に先行した可能性は乏しいといえる。したがって、上記アのYの反証は、上記(2)の判断するに足りない。

すなわち、本件Aの死亡は外来性を満たしていないとするY側の主張を退けています。

(2)本件Aの死亡は疾病免責条項に該当するか
『(Aの主治医の)丙川医師は、Yから委託を受けた株式会社Cの調査員(略)の徴取に対し「2013年5月9日受診の対象者は、非常に衰弱した状態であり、食事もまともに摂れない状態だったと認識している」(略)「入浴中、何かアクシデントが発生した場合、其れに対応する体力があったとは思えない」(略)「入浴中、意識を消失した可能性は否定できない」と回答した。』

このように判決は他の医師の証言や法医学の論文などを検討し、つぎのように述べています。

『以上のとおり、経験則に照らして全証拠を総合検討すると、Aが溺死し湯を吸引して窒息して窒息死した原因は、肺がんにより衰弱していたためか、又は肺がんにより意識障害を起こしたためであるという高度の蓋然性が証明されたといえる。
 したがって、本件事故は外来性の要件をみたすものの、Aの肺がんという「疾病」「によって生じた傷害」であると認められるから、本件事故には疾病免責条項が適用され、Yは保険金を支払う義務を負わない。

このように本判決は疾病免責条項の適用を認め、原告Xの主張を退けています。

三.検討・解説
1.判例・多数説の考え方
本件のように、傷害保険の普通保険約款に「急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害」に対して保険金を支払う旨の規定があり、また「被保険者の脳疾患、疾病または心神喪失」のときは保険金を支払わない旨の規定がある保険契約において、不慮の事故とともに被保険者の疾病も事故の原因と考えられる悩ましい案件について、近年の判例・多数説はつぎのように解しています。

すなわち、パーキンソン病に罹患していた高齢(83歳)の被共済者が、もちをのどにつまらせて窒息したという事案において、最高裁は、「外来の事故とは、その文言上、被共済者の身体の外部からの作用による事故」とし、「請求者は、外部からの作用によって事故と被共済者の傷害との間に相当因果関係があることを主張、立証すれば足り、被共済者の傷害が被共済者の傷害が被共済者の疾病を原因として生じたものではないことまで主張、立証する責任を負うものではない」と判示し、保険金請求者側の請求を認容しました(最高裁平成19年7月6日判決)。

つまり、保険金受取人側は外部からの作用によって事故と被保険者の傷害との間に相当因果関係があることを主張、立証すれば足り、一方、保険会社側は被保険者の傷害が被保険者の疾病に基づくものであることを立証しない限り、疾病免責条項は認められず、保険金を支払う義務を負うことになります(「抗弁説」・潘阿憲『保険法概説』297頁、山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第3版補訂版』352頁)。

■判例・多数説について詳しくはこちら
・傷害保険における入浴中の溺死と疾病免責条項/外来性・抗弁説

2.本判決
本判決も、「当裁判所の判断」の冒頭で、「本件約款にいう「外来の事故」(外来性の要件)とは、被保険者の身体の外部からの作用による事故をいうものと解される。そして、本件約款がこれとは別に疾病免責条項を置いていることからすると、被保険者の身体の外部からの作用による事故があったことを前提に、当該外部からの作用を生じさせた原因が被保険者の疾病であることが疑われるにすぎない場合には、保険金請求権者は、被保険者の身体の外部からの作用による事故と被保険者の死亡との間に相当因果関係があることを主張・立証すれば足り、被保険者の死亡が疾病を原因として生じたものではないことまで主張・立証するすべき責任を負わないと解される(最高裁平成19年7月6日第二小法廷判決・民集61巻5号1955頁参照)。」と述べており、最高裁平成19年判決の立場に立つことを明らかにしています。

そして本判決は、医師らの証言や証拠として提出された法医学の論文などを検討し、Aの死亡は外来性の要件は満たすとしつつも、Aの溺死は、肺がんにより衰弱していたためか、又は肺がんにより意識障害を起こしたためであるという高度の蓋然性が証明されたとして、疾病免責条項に該当するとしXの請求を棄却しています。

なお、高齢者の入浴中の溺死について傷害保険の保険金支払いが争われた近年の類似の裁判例としては、大阪高裁平成27年5月1日判決(確定・請求認容)、最高裁平成25年7月11日判決(請求棄却)などが存在します。

■関連するブログ記事
・傷害保険における入浴中の溺死と疾病免責条項/外来性・抗弁説

・吐物誤嚥が傷害保険の「外来の事故」にあたるか(最高裁平成25年4月16日判決)

■参考文献
・「判例時報」2297号91頁
・潘阿憲『保険法概説』297頁
・山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第3版補訂版』352頁
・山下友信・水沢徹『論点体系保険法2』295頁、303頁

保険法 第3版補訂版 (有斐閣アルマ)



保険法概説



論点体系 保険法2





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