共済金受取人として指定された共済契約者兼被保険者が推定相続人の妻に故殺された場合の裁判例 | なか2656のブログ

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一.はじめに
 保険法の前の平成20年改正前商法の下で締結された生命保険型のJAの終身共済契約において、共済契約者兼被共済者兼共済金受取人であるAをその妻であるB(推定相続人)が故意に殺害した事案において、保険金の支払免責条項の適否が争われた注目すべき高裁判決が、平成26年に出されました(高松高裁平成26年9月12日判決・確定)。

二.事実の概要
訴外Aは、平成17年5月1日、Y農業協同組合(被告・被控訴人)との間で、Aを共済契約者および被共済者(被保険者)、Aの妻Bを死亡共済金受取人、死亡共済金を3000万円とする終身共済契約(本件契約)を締結した。

本件契約の約款にはつぎの免責条項があった。

11条〔共済金を支払わない場合〕(以下、「本件免責条項」)
(1)次のいずれかにより被共済者が死亡した場合には、組合は、死亡共済金を支払いません。ただし、②の場合に、死亡共済金の一部の受取人による故意によるときは、その者が受け取るべき金額を差し引いて、他の死亡共済金受取人に支払います。
① (略)
② 死亡共済金受取人の故意
(後略)


Aは、平成19年6月29日、本件契約について契約内容の変更を行い、共済金受取人をBからAに、死亡共済金を1500万円にそれぞれ変更した。

平成23年6月7日、AはBに殺害されて死亡した。Bは殺人罪で有罪となり、服役中である。

平成25年、AとBの子であるX1およびX2(原告・控訴人)は、Yに対して死亡共済金の請求を行い、Yは同年11月に、X1およびX2に対して死亡共済金を各375万円支払った。

これに対して、Xらは、本件契約について、その死亡共済金の2分の1ずつの割合で相続したと主張して、Yに対して未払い分であるそれぞれ375万円の請求を行ったのが本件訴訟である。

第一審(高知地裁平成26年2月7日)はXらの主張を認めなかったため、Xらが控訴。

三.控訴審判旨(高松高裁平成26年9月12日判決、原判決変更、請求一部認容・一部棄却・確定。)
『1 当裁判所は、本件については、本件免責条項が適用されることはなく、X1らの本件請求はそれぞれ後記の限度で理由があるから、その範囲で本件各請求を認容すべきであると判断する。その理由は、以下のとおりである。

2 争点( 1 ) (本件免責条項の適用があるか)について
(1)前記の前提事実によれば、本件共済契約は、 死亡共済金額を1500万円とし、被共済者及び共済金受取人をいずれもAとする終身共済契約であったものと認められる。
そして、Aの死亡により本件共済契約に基づく 死亡共済金支払事由が生じているところ、Yは、前記死亡共済金額の2分の1の合計750万円の死亡共済金をX1らに支払ったものの、残部については、Aの死亡がBの故意に基づくものであるから本件免責条項ただし書により免責されると主張して、その支払を拒んでいるものと認められる。

(2)そこで検討するに、本件共済契約は、Aを被共済者兼共済金受取人としたものであったから、同契約に基づきAの死亡という共済金支払事由により生じる死亡共済金請求権は、いったん共済金受取人であったAの遺産を構成すると認めることができるのであり、その後、相続によって、その相続人に前記請求権が承継されるものと解するのが相当である。すなわち、Aの相続人は、相続法理に従って、Aのもとに発生した死亡共済金請求権を承継し、これを行使するものと認めることができる。

本件においては、前提となる事実でみたとおり、 Aの配偶者であるBについては相続欠格事由が認められるから(民法891条1号)、本件共済契約に基づく死亡共済金請求権は、相続法理に従って、 Aの相続人であるX1らがそれぞれ2分の1ずつの割合で承継したものと認めることができる。

(3)これに対して、Yは、本件免責条項は、保険法51条の規定と同じく、共済金受取人が故意の犯罪行為によって共済金を受領するという公益に反する事態が生じることを認めないという趣旨に基づくものであるから、同条項の死亡共済金受取人等は、共済金受取人として指定された者のみならず、共済金支払事由の発生段階において、同人から相続又は譲渡により死亡共済金を受け取り又は死亡共済金請求権を行使する可能性のある地位にある者を広く含むと解されるのが相当であるとして、本件においても、BがAの死亡に際してそのような地位にあったことから、本件免責条項が適用され、そのただし書によってBが受け取るべき死亡共済金額についてはYが免責されると主張する。
 
しかし、本件は、死亡共済金の受取人がAと指定された本件共済契約に基づく死亡共済金の請求又は受領が問題となる場合であり、この場合には、先にみたとおり、相続法理に従って死亡共済金の請求及び受領に関する権利者を決めることができるのであって、共済契約又は約款において「相続人(又は法定相続人)」が共済金受取人として指定されており、そのうちどの範囲の者に死亡共済金の請求又は受領権限を付与するかについて保険法51条の規定や本件免責条項等の約款を含む共済契約を適用又は解釈して判断すべき場合とは異なるといえる。また、Yの主張する本件免責条項の趣旨は、相続法理においても、民法の定める欠格事由の適用などによって実現されるのであるから、前期のように死亡共済金の請求及び受領に関する権利者を定めるとしても不都合が生じることはないといえる。

そして、(Yの主張は)、平成19年6月29日に本件共済契約の共済受取人をBからAに、(略)変更した契約者であるAの合理的意思に照らしても是認できるものではなく、相当ではない。
(略)

(4)以上によれば、(略)YはX1らそれぞれに対し、本件共済契約に基づく死亡共済金として750万円の支払い義務を負うこととなるから、(略)その未払い分である375万円ずつの支払義務を負う。』


このように判示し、本高裁判決はY共済組合の主張を退け、X1らの主張を認容しました。

(争点(2)(本件約款12条の請求手続を経る必要があるか)の判決部分については省略。)

四.解説
1.故殺免責条項

保険契約者・被保険者および保険金受取人を同一とする生命保険をいわゆる「自己のためにする保険契約」と呼びます。本件は、自己のためにする保険契約について、被保険者兼受取人の推定相続人による被保険者故殺が問題となった、公開された裁判例における最初の裁判例です。

保険金受取人の故意による被保険者の死亡(故殺)は、法定免責事由とされています(平成20年改正前商法680条1項2号、保険法51条3号)。また、同様の趣旨の条文が、生命保険各社の保険約款に規定されています。

改正前商法
第六百八十条 左ノ場合ニ於テハ保険者ハ保険金額ヲ支払フ責ニ任セス
 (略)
 二 保険金額ヲ受取ルヘキ者カ故意ニテ被保険者ヲ死ニ致シタルトキ但其者カ保険金額ノ一部ヲ受取ルヘキ場合ニ於テハ保険者ハ其残額ヲ支払フ責ヲ免ルルコトヲ得ス
 (後略)


2.故殺免責条項の趣旨
保険金受取人の故意による被保険者の死亡が免責事由とされる趣旨としては、最高裁平成14年10月3日判決は、「公益および信義則」をあげています。学説は、判例同様に「公益および信義則」とするもの(大森忠夫『保険法(補訂版)』293頁など))がある一方で、「公益」のみをその理由にあげているものも存在します(西島梅治『保険法 第3版』364頁)。

いずれにせよ、少なくとも公益性の観点、つまり、保険金受取人による被保険者の故殺は犯罪行為であり、公益性に反するので免責事由の一つとされています。

3.「保険金ヲ受取ルヘキ者」に含まれる者の範囲
この免責条項について、平成20年前商法680条1項2号は、「保険金ヲ受取ルヘキ者」と規定していました。この「保険金ヲ受取ルヘキ者」について、通説は、保険契約において保険金受取人として指定された者のみならず、保険金請求権の譲渡又は質入れにより、事実上、保険金を受け取るべき地位にある者も含まれるとしていました(西島・前掲364頁、山下友信『保険法』471頁。)

そして、この「事実上、保険金を受け取るべき地位にある者」には「相続や譲渡により事実上保険金を受け取るべき地位にあるものすべて」であり、「相続とは、たとえば被保険者が保険金受取人に指定されているときのその者の相続人による被保険者の故殺である」と本件と同じ状況が免責となると解説されています(大森・前掲293頁、坂口光男『保険法』329頁)。

4.故殺免責がされたとき支払われるべき保険金の額
平成20年改正前商法680条1項2号は、同号但書で、「保険金受取人が複数ある場合において、そのうちのある者が被保険者を故意に死亡させたときは、保険会社は死亡保険金のうち当該受取人の受け取るべき部分については免責とするが、他の受取人に対しては、その残額を支払わなければならない」との趣旨を規定しています。本件の約款11条にも同様の規定が置かれています。

この商法および約款の規定の趣旨は、保険金受取人一人の故意によるときは、他の保険金受取人には免責の効果をおよばせるまでもないとして、法定免責の射程を制限するものです(山下友信・永沢徹『論点体系保険法2』153頁、大阪高裁平成元年1月26日判決)。

5.本件高裁判決
ところが、本件高裁判決は、「本件は、死亡共済金の受取人がAと指定された本件共済契約に基づく死亡共済金の請求又は受領が問題となる場合」であって、「保険法51条の規定や本件免責条項等の約款を含む共済契約の適用」の「場面とは異なる」とし、保険法51条のような免責は民法の相続法理においても実現されるのであるから、Yの主張は理由がないという乱暴な議論を展開し、これまでの学説に真っ向から反する結論を導きだしており、これは正当とはいえません。

そもそも本件免責条項などは任意規定であり、法律解釈・適用の順番として、保険約款>商法(保険法)>民法 となるはずですが、この点も本高裁判決の裁判官がまるで無視している点も大いに疑問です。

6.保険法51条との関係
なお、平成20年6月に保険法が成立し、平成22年4月から施行されました。改正前商法680条1項2号を引き継ぐ保険法51条1項3号は、文言を微調整し、「保険金受取人が被保険者を故意に死亡させたとき」としています。また、定義規定である保険法2条5号は、保険金受取人を「保険給付を受ける者として生命保険契約又は傷害疾病定額保険契約で定める者」としていることから、上でみた保険金請求権の譲受人や質権者、事実上、保険金を受け取る者が含まれるかどうか問題となります。

この点、立案担当者の解説書においては、「保険金受取人による被保険者の故殺は免責事由として基本的に維持した」とされているので(萩本修『一問一答保険法』192頁)、改正前商法680条1項2号に関する判例・学説の解釈が原則としてそのまま踏襲されると思われます。

学説においても、事実上保険金を受け取るべき者などについても、保険法51条3号の趣旨を生かした解釈がなされるべきであるという見解が通説的であると思われます(山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第3版補訂版』304頁、山下・永沢・前掲159頁など)。

■その他参考文献
・野口夕子「共済金受取人として共済契約者兼被保険者が指定されているが、配偶者として共済金受取人の推定相続人の地位にある者が被保険者を故意に死亡させた事案」『保険事例研究会レポート』298号13頁
・酒井優壽・判批・『法律のひろば』2017年11月号59頁

保険法 第3版補訂版 (有斐閣アルマ)



論点体系 保険法2



一問一答 保険法 (一問一答シリーズ)