デートをしたいと言っていたハニとの約束は、行き当たりばったりのコースになると思っていた。
が、それはスンジョの予想に反して、シナリオが既に出来ていた。
言い出したハニが妄想好きだった事を忘れていたのかもしれないが、考えれば判りそうな事でもあった。

「ここに行きたい!」
ノートに貼られた雑誌の切り抜き。
「お前さ・・・・」
「何?」
「何じゃないよ。親父の会社でバイトまでして、大学の勉強だってやっているんだか判らないくらい忙しいのに、雑誌の切り抜きでデートのシナリオを作る時間があるのか?」
見出しまでつけて作られたデートのシナリオのノート。
「高校時代から地道に作ったから問題ないと思うよ。」
地道・・・問題ない?
「それに、ノートってこういう物を作るための物なのか?」
「いいじゃないの。お試し付き合いといっても、ちゃんとしたデートをしたらいけない訳じゃないでしょ?」

ハニとお試し付き合いをしているのは、ふたりだけの秘密だった。
秘密だったというのは正確ではない。
お袋はオレ達がお試しではなく、本当に恋人として付き合っていると思っていた。
「久しぶりのお休みに、ふたりでデートに行くのね。順調にあなた達の愛が深まって行って、私の夢が一歩ずつ近づいて行くわ。」
「おばさん、そんな・・・・」
妄想好きなハニとお袋は、それを少しでも否定するような言い方をしたら厄介になる。
ハニと付き合っていると思われても、別に嫌じゃない事は事実だから、ふたりの会話をただ見ているだけでも面白かった。

「親が認めているのだから、いっその事部屋も一緒にして、新婚生活を始めたらどう?」
さすがにこれには待ったを掛けないといけない。
「この先どうなるのか判らないだろう。オレに好きな女が出来るかもしれないのに。」
好きな女なんて、この先出来る訳がなかった。
嫌いじゃないとハニの事を思っていても、ハニ以外の女にも同じ感情を持つ事がないと判っていたから。
この時の言葉が、数ヶ月後に本当に起きるとはその時のオレにも予測できなかったし、ハニもお袋も親父もおじさんも、誰も思いもよらなかったのは事実だった。

お試し付き合いのスンジョとハニは、ハニが作ったシナリオ通りにデートをする事は出来なかったが、普通の若い二人が楽しむ一時の幸せ感は味わう事が出来た。
ハニが喜んでいる姿を、何も考えずに見ているだけが、心を軽くしていると思っていた。

「ねぇ、ねぇ・・ペアリングしない?」
「しない、お試し付き合いだから、後腐れなく終わらせたいから。」
「ちぇっ・・」
スンジョは二人の今のこの幸せが、もうそんなに長く続かないと心の中にほんの少しあったのか後からそれは思った。
「お前にはこっちの安い指輪で充分だ。」
指輪と同じ素材で出来たリボンの飾りが付いた、ただの意味を持たない指輪をスンジョは指差した。
「え~ペアリングがいいよ。でも、スンジョ君が買ってくれるのなら、それでもいいかな?」
スンジョは店員に、指輪の代金を支払うとそれをハニの掌に入れた。

「ほら、買ってやったよ。いつか、お前に似合う男にでもペアリングを買ってもらえ。」
中高生がはめるような安い指輪でも、ハニにはペアリングほどの価値はあった。
嬉しそうにその指輪を自分ではめているその時のハニの笑顔を、スンジョは今でも忘れる事が出来なかった。




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