スパークル ─愛と恋のエチュード─「13」 | 風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」
カタッ、コトン──カタッ、コトン─カタコトン

車輪がレールの継ぎ目を通過する音が聞こえる。意識を集中しなければ聴き逃してしまいそうなこの音、私には濁音には聞こえない。彼に訴えたことがある。ガタンゴトンって嘘よねって。

彼は笑いながら教えてくれた。外で聞けば間違いなくガタンゴトンだよ、電車が通過するまで鳴ってるよと。
レールも以前より長くなったから、車内ではほとんど聞こえないくらいだと。

カタッ、コトン──カタッ、コトン
耳をすませば心地いい。ときおりすれ違う電車の風圧がボンッとドアを揺らす。

ついでに彼が教えてくれた。夏と冬とではさ、音の高さが違うんだよ。金属が膨張する夏は継ぎ目の隙間が短くなって音が小さくなるんだ。車内ではまぁ、わからないはずだけど。

世界の中に、世界がたくさんある。大きな世界、小さな世界。窮屈な世界、おおらかな世界。

こんなふうに、世界の内と外では聞こえる音も違うのだろうか。見える景色も変わるのだろうか。私たちは、世界のどこにいるのだろう。正しいところにいるのだろうか。

電車の揺れが眠気を誘う。なんだかひどく疲れてしまった。
「象の話、智也は知ってたんだよね」

「うん、もちろん。群盲象を評す。象を撫でるとも言うけど、ジャイナ教とか仏教とかイスラム教──」ふわ。彼があくびをひとつした。柔らかな日差しは午睡(ごすい)の誘惑。

「あと、ヒンドゥー教なんかでも使われている教訓だね」涙が出たのか目をこする。
「あの人の説明はだいぶ抜けていたけど、まあ、細かいことはどうでもいいんだ」

おとなしく男の話を聞いていたことに彼も疲れたのだろう。ふう、とため息を吐いた。

「要は一部とか一面だけを見て、 すべてを理解したと錯覚しちゃったりすることへの戒めだね。木を見て森を見ずに似てるかな。情報の断片を集めても、象にはならないよってこと。詩織はハネジネズミって知ってる?」
「ネズミ?」

「ネズミじゃなくて、ハネジネズミ科の哺乳類でさ、ちっちゃくて長い鼻がぴょこぴょこ動くんだ」こうやって、こうやってさ。鼻に寄せた人差し指を動かす。

「あの人もさ、もともとは町の素人。だから、人類を造った宇宙人以外に神様はいないなんて、あんなバカげた話を信じちゃうんだ。迷える子羊、ついに象を見たつもりがハネジネズミだったぁっ!」ゆらゆらと話していた彼が、やけくそ気味に目を覚ました。



パオーン、顎のあたりに寄せた右腕をくねくねと振った。「ハネジネズミだぁ」ついに壊れてしまった。
「やめなさいって、恥ずかしいから」

パオーン、今度は両の手のひらを耳のあたりでひらひらさせている。「ハネジネズミだぞぉ」絶対ストレスがたまっている。もっと気を引かなければ。

「あの山に、象がいるの?」
「パオ、ん? 詩織、あそこはアフリカでもインドでも上野動物園でもない」正気に戻った。
「神様がいるの?」
「だからあ、まさかでしょ」横顔でニッと笑った。「それって冗談キツイよ」やっぱりこの人のほうが強情だ。

「詩織」あらたまったような低い声を出して顔を寄せた。
「神はどこかにいるものではない。遍在(へんざい)するものさ。ちなみにだけど、偏(かたよ)るの偏在じゃないからね」右手で宙に文字を書く。

「遍(あまね)くの遍在だからご用心。偏(かたよ)るにんべん。どこにでもシンニョウね。ここ大事。試験に出るからね」
力尽きたように、座席の背にダラっともたれた。

「出ないと思う」ふう。
彼は時々、私を置き去りにして先に進む癖を持つ。

都心に近づき、駅でドアが開くたびに電車も混み始めてきた。
「どうする?」私は彼を見た。
「夕ご飯?」
「違うでしょ。にゅうかい、の、ことッ」
「うん。するよたぶん。まだ死にたくないし」

組んだ足先をくるくると回している。何かを考えているのか、ただ足がだるいのか。
冬の午後の低い日差しは黄色みを帯び始めて、少しまぶしかった。もう少しすれば日は瞬く間に傾いて、街を藍色に染めてゆく。

そうだ、スパーク除けのお守りをもらってから、ずいぶん気が楽になったことは確かだ。本意では決してないけれど。

「それに、君を巻き添えにするわけにはいかない。その前にさ、ちょっと考えたいことがある。それ次第かも」彼は目を閉じた。一心同体だと思っている私の前で、巻添えとは言ってくれたものだ。どうしてこうもクールなのだろう。クールないたずら坊主。


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