ダンチョネ節で取り上げた高杉晋作で思い出したことがひとつ。
そう、タイトル通り辞世の句です。
『面白き事もなき世を面白く』
肺結核のため死の床に伏していた高杉晋作が上の句を詠み、その看病に当たっていた幕末の女流歌人で勤王家・野村望東尼(のむら ぼうとうに)が下の句を付けたとされています。
ですが、近年の研究では、死の数年前には読まれていたという資料もあるようですので、辞世の句ではない可能性があります。
臨終には野村望東尼のほかに、父母・妻・息子・山縣狂助(のちの有朋)らが立ち会っていたとされています。
『面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり』
『面白いと思えることのない世の中を面白くするのは、自分の心の持ち方次第だ』
吉田松陰が主宰した松下村塾で、久坂玄瑞(くさかげんずい)とともに双璧と呼ばれ、伊藤利助(のちの伊藤博文)が『動けば雷電の如く発すれば風雨の如し』と評した幕末の風雲児。
ここで上下関係をはっきりさせておけば、伊藤利助は身分が低いため、塾外で立ち聞きしていたようです。
奇兵隊の創設者。
享年29(満27歳)
その時歴史が動いた 「奇兵隊 決起せよ 高杉晋作 挙兵の時」
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