folderPrinceのルーツを辿ってゆくと、SantanaやSly Stone、そして最終的には今世紀最大のファンク・マスターJames Brownにたどり着く。ポピュラー音楽史上最大の影響力を持つリズムを産み出したJamesは、その後多くのフォロワーを生み出したのだけど、それは「ファンク」というジャンルそのものだけに留まらず、異ジャンルのジャズへも多くの影響をもたらした。
 円環構造を持つファンクのミニマズムと、ジャズの感覚的なインプロビゼーションとを融合した、『ジャズ・ファンク』という、そのまんま、両方のイイとこ取り新ジャンルの誕生である。テレビとビデオをくっつけたら『テレビデオ』になったようなものだ(また例えが思いつかなかった…)。
 
 ひと括りに『ジャズ・ファンク』といっても、その2つのジャンルの混合比によって、結構なバラつきがある。
 Herbie HancockやJohnny Hammondら鍵盤楽器系のアーティストは、どちらかといえばジャズ成分が多く、逆にDonald ByrdやFreddie Hubbardらの管楽器系になると、ファンク・テイストが強くなる傾向がある。直接息を吹き込む楽器を操ることは、それだけ肉声に近い分だけ、肉体的な要素が強くなるのだろう。
 この双方のバランスを調整し、さらにロックやソウルのエッセンスを加えると、今度はフュージョン/クロスオーバーという化学反応を起こし、また新たなジャンルの誕生となる。
 不確定性アドリブを含んだジャズ、中毒性のある反復リズムを延々展開するファンク、電気増幅により高いHPを放出するロック、エモーショナルなナチュラル・パワーは最上級のソウル、それらの混合比の振り分け具合によって、さらにジャンルは細分化される。
 これから聴き始める目安として、初心者向けに大まかなジャンル分けは必要だけど、細分化し過ぎるのも考えものである。むしろ各ジャンルのマニアの増殖をあおり、ジャンル仕分けの無数の奴隷を産み出すだけだ。

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 そういった状況はお構いなし、混合比なんて細かいことを考えず、ジャズもファンクもソウルもロックも何もかも、とにかく全部ぶち込んでグッチャグッチャに混ぜ合わせた挙句、ジャンル分け不可能な音楽を作ったのが、Miles Davisである。HerbieやChick CoreaらMiles Bandの卒業生らが中心となったフュージョン・ブームとは、結局のところ、Milesが既にやっていたことの焼き直し・大衆化に過ぎない。

 このフュージョンというジャンル、当初は目新しさも手伝って、セールス的にはかなりの成功を収めた。Miles直系のWeather ReportやReturn to Foreverなどは、ここ日本においても安定した人気を誇り、来日公演も頻繁に行なわれていた。
 Milesの側近だった彼らの作品はまだよい。直系だけあって、一定水準のクオリティは充分クリアしている。問題はその他の連中、ブームの活況と共に、劣化型のフォロワーが多数デビューするようになると、その様相は徐々に変化してゆく。
 展開の薄い予定調和なアドリブ、やたら手数が多いだけのリズム・セクション、フレーズの早弾きだけが評価基準となったギター・プレイ。
 もともとスタンダード・ジャズにもその傾向はあったのだけど、フュージョンはそれに輪をかけて、次第に曲より演奏テクニックが重視されるようになってゆく。彼らのライブはレコードの忠実な再現、機械的な演奏のテクニック品評会と化していった。演奏において最も大切な、エモーションを置き去りにして。
 次第に自家中毒を進行させていったフュージョンというジャンルは、リズムどころか作品内容すらもミニマル化してゆく。どれを聴いても変わり映えしない金太郎アメ状態になったブームは終息する。

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 1972年発売、もう何枚目のリーダー作なのか。かなりのマニアでさえわからないくらい、Milesは多くのレコーディング・セッションを行なっている。ジャズの世界ではよくある話だ。
 巷でよく言われるように、ジャズというジャンルの中では、かなりの異端であり、問題作である。ていうか、自らジャンル分けを拒絶する、ほんとMiles Davisしかできない音楽であり、それこそが彼の目指すとことだったのだろう。
 これまでモダン・ジャズを聴いてきた正統派ユーザーなら、「こんなのはジャズではない!」と拒絶反応を示しただろう。かといって、これまでジャズを聴いたことがない人間に、「これがジャズだ!」と最初にお勧めできるアルバムでもない。一般的なモダン・ジャズのイメージとは大きくかけ離れている、混沌の美そのものである。
 
 当時、ワイト島ロック・フェスティバルなど、比較的ポピュラー寄りのコンサートにも頻繁に顔を出していたMilesにとって、従来の冗長なモード・ジャズは退屈で、前述のSlyやJBなどのファンク・ミュージックの方に、むしろ現在進行形的なリアルを感じていたのだろう。
 当時はあまりに先を行き過ぎたせいで、ジャズ・シーンの内側、そして外界でもほとんど理解を得られなかったのだけど、後年、真っ先に積極的なリスペクトを行なっていったのは、世界的なレア・グルーヴ・ムーヴメントによる過去の再評価、ヴィンテージ・ソウルやファンクを消化したDJ達だった。今ではジャズ界でも相応の評価はされるようになってきてはいるけど、まぁMilesにとって既存のジャズ・ファンはほぼ眼中になかっただろうと思われる。むしろ彼らのようにHIPな連中からの支持こそが、Milesの本意でもあった。

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 前述のフュージョンの要素だけでなく、さらにMilesは試行錯誤を繰り返し、このセッションにおいては現代音楽家Stockhausenやアフロ・ビートなどのエッセンスもぶち込んだ。スタジオでテープを長回しにしたまま、膨大なセッションを繰り返すうち、次々生み出される混沌の怪物は制御不能となり、挙句の果て、Milesはひとつの作品としてまとめることに嫌気が指したのか、中途半端で作業を投げ出してしまう。まぁこれも結局いつものことなのだけど、結局はプロデューサーTeo Maceroに丸投げしてしまうことで決着を見る。
 一人スタジオに残されたTeoは、大量のセッション・テープを聴き直し、Milesの意図・ビジョンに沿って切り貼りしながら編集し、かなりいびつな形ではあるが、強引にひとつの作品としてパッケージした。
 
 そしてユーザーの前に提示されたのが、このあらゆるリズムのごった煮である。メンバーの誰もが、一曲をちゃんと構成しようとだなんて思っていない。
 というか、バンド・マスターでありながら、まとめることを拒否し、好き放題勝手にやらせた結果が、この怪物だ。
 それもMilesの思惑通りであり、その意をくみ取ったTeoの仕業でもある。


On The Corner
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1. On The Corner/New York Girl/Thinkin' Of One Thing And Doin' Another/Vote For Miles
 ハイハットの16変則ビートと、ギターのカッティングで始まる。他にパーカッションが裏で鳴っているが、なんというか、突っかかってるような拙速なリズムが、単純なノリというのを減衰させる。
 この頃のMilesは電気的にエフェクターを利かせたトランペットを吹いており、後年のようなミュートはあまり使用していない。ただ、エレクトリック期以前のスタンダードな吹き方ではなく、リズムに背中を押されながら急かされて吹いているような印象。
 とにかく落ち着きがない。リラックス&ムーディーなスムース・ジャズとは正反対の位置にいる、あまりに殺伐とした音楽。
 ちなみにタイトル通り組曲となっているが、どこからどこまでが切れ目なのか、よくわからない。
 
2. Black Satin
 ジャズなのに、シングル・カットされた曲。といっても5分を超えるので、当時のシングルとしては、やはり異色。
 かなり音色をいじった、Milesのトランペットのリフが印象に残る。
 比較的、アルバムの中ではポップであり、当時のダンス・フロアでもかけられたことがあるらしい(こんなので踊れたのか?)後半のタブラが元祖ワールド・ミュージック。

 
 
3. One And One
 アコースティック期よりずっと、Milesは何も変わっていないことに気づかされる曲。
 冒頭のソロもエフェクトで歪められているし、ポリリズムを主体としたビートも不協和音となり、リズムの洪水が全体を支配しているけれど、その中で燦然と、しかも微動だにせず吹きまくるMilesがいる。
 
4. Helen Butte/Mr. Freedom X (Unedited Master)
 23分18秒の混沌の饗宴。
 2.をテーマとしてセッションが始まり、さらにどす黒いビートが深い底なし沼を成し。リズムの暗黒にリスナーを引きずり込む。暴力的なアフロ・ビートが宙を舞い、麻薬的な反復が脳内を駆け巡る。
 アルバム全体の特徴として、とにかく音が悪い。あらゆる音を詰め込み過ぎたせいで解像度が悪く、それぞれの楽器パートの音だけ取り出すことが、非常に困難となっている。
 ただ、それこそがMilesの狙いである。
 従来のモダン・ジャズと違い、アドリブ・ソロの羅列ではなく、壮大な一曲の構成要素はどれも不可分である。すべてのパートは等価であり、それはリーダーMilesでさえも例外でなく、どのソロも音の洪水に埋もれながら、瀕死の音で鳴っている。
 
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 ちなみにビルボード最高156位と、決して売れたアルバムではない。ていうか、この時期、ジャズは既にアウト・オブ・デイトな音楽として認知されており、ヒップな若者はジャズなんて聴くはずもなかった。 
 
 すごくわかりづらい音楽である。ただ、わかりづらくはあるが、決して難解ではない。
 多くのライト・ユーザーが好むのは、もっと八方美人的、あらゆるユーザーに対応できる幕の内弁当的な音楽だ。予定調和で分かりやすく構築された、まるでサプリメントのような音楽からは、安らぎやらリラックスやら癒しやら何やらは得られるけど、首根っこ捕まえて奥歯ガタガタ言わせたろか的な、強烈な吸引力はそこにはない。
 逆に、まったくジャズに興味のなかった人間、または俺のように、ヒップホップやソウルを通過してきた耳の持ち主なら、比較的スムーズに受け入れられるんじゃないかと思う。
 
 Milesの混沌の探求はさらに続き、この後も実験的な作品を立て続けにリリースするのだけど、日々湧き出る創作意欲とのギャップに、長年酷使された肉体が悲鳴を上げたのだろう。ドラッグの乱用も相まって、体は次第に限界に近づいてゆく。遂には日本公演のライブ・アルバム『Agharta』『Pangaea』を残し、この後療養のため、長期に渡る休業に入る。



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