民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

語り手のわたしと聞き手のあなたが
一緒の時間、空間を過ごす。まさに一期一会。

「明治――西欧化と印刷術」 丸谷 才一

2017年03月29日 00時15分21秒 | 日本語について
 書きたい、書けない、「書く」の壁 (シリーズ 日本語があぶない) 丸谷 才一ほか 2005年

 三、明治――西欧化と印刷術 P-11

 これまで見てきたやうに、明治時代に日本語は大変革をおこなひ、それ以前にはなかつたほど作り変へられました。その要因をぼくは二つあげたい。

 第一はこれまでお話してきた西洋化です。そして第二は、活版印刷のはじまりであつた。この二つに共通するのは、能率と機能性です。それまでオットリと構へていた日本語が、突然、そんなノンビリしたことは許されなくなった。

 マクルーハンは活字と印刷術の出現を指して「失楽園」と言いました。つまり、それまでは聖書はごく一部の聖職者だけのものであつたのが、印刷術の出現でかなりの人が聖書を持つことになつた。それが、プロテスタンティズム誕生のきつかけにもなり、それによつて、これまで神父様にまかせていた魂の問題を、個人個人が自分で考へなくてはならなくなつた。さらに言えば、そのプロテスタンティズムのせいで資本主義が到来して、人々の生活は非常にせはしくなつた。さういふ文明の大転換だつたわけです。

 それと同じやうな大転換が、明治の日本にも起こります。これは当時の日本人、日本語にとつてもまさしく楽園喪失のやうなもので、たいへん厳しい現実へと日本を追い込んだのです。ノンビリ暮らすわけにはゆかなくなつた。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。