『いいかよく聞け、五郎左よ!』 -もう一つの信長公記-

『信長公記』と『源平盛衰記』の関連は?信長の忠臣“丹羽五郎左衛門長秀”と京童代表“細川藤孝”の働きは?

武田信親(たけだのぶちか)

2018-01-20 00:00:00 | 信長公記の蔵:人物篇
武田信親(たけだのぶちか)

〔現代仮名遣い〕たけだのぶちか


隆宝・お聖道。武田信玄の次男。正道丸。盲

目であったが、信濃海野氏を継ぎ、海野次郎

信親という。甲府古府の地に住み半僧半俗で

あったので「お聖道様」という。出家して「隆

宝(竜芳)」と号する。その子孫は武田氏の

正統と考えられている。

1582年3月甲府に入った織田信忠に、探し出さ

    れ誅される。


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