三連休ですね。そろそろ夏休みという方も多いかと思います。関東は梅雨明け宣言していないのに、もうすっかり夏の陽気です。

そんなわけでちょっと料理はお休みして、夏の思い出などを。あれは2003年、まだ私が高校三年生の頃でした──



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「キム、ちょっとバイトしない?」

高校三年生の夏休み、部活も引退して、そろそろ受験勉強に本腰を入れないとなと思っていた時期に、友人からバイトに誘われた。

当時、親元を離れて下宿生活をしていたため、こういった単発のアルバイトは非常に助かった。高校生だったため、1日働いても5000円程度だったが、それでもちょっとした臨時収入は嬉しいものだった。

私は二つ返事でアルバイトを引き受けた。

「で、どんなバイト?」

尋ねてみると

「海底駅で、ドラえもんのショーをやるんだけど、その着ぐるみを着るバイト」

ということらしい。

私が住んでいた函館からは、青函トンネルへ向かう列車が出ており、トンネル内にある「吉岡海底駅」には「ドラえもん海底ワールド」という施設があり、夏休みになるとそこで子供向けのショーが開かれていた。

ドラえもんはもちろん好きだし、映画「ドラえもん のび太と海底鬼岩城」は、映画シリーズの中でもかなり好きな方だ。

それに何よりも、自分がドラえもんのキャラになれるということで、とてもワクワクした気持ちになった。

「キムは大きいから、ジャイアンをやってもらうことになる思う」

願ったり叶ったりだった。私はその時もう185センチはあったため、ドラえもんのキャラでいうと、一番大きいジャイアンになるのが妥当だと思った。

私はジャイアンになりきるため、そのバイト当日まで手元にあるドラえもん映画のビデオを改めて見直した。小さい頃からドラえもんの映画は全て録画していて、下宿生活をしていた時も「テレビデオ」が部屋にあったので、そのビデオは持ち歩いていた。

名作と名高い「日本誕生」からはじまり、「宇宙開拓史」、そして最後の仕上げに「海底鬼岩城」を見た。この段階でもはや、身も心もジャイアンになっていて、しかもそれが映画バージョンだったから、心なしか雄壮な男になっていたような気がした。


しかし、バイトの直前に、急に言われたのは

「すまん、のび太をやってくれないか」

という話だった。


いきさつとしては、ドラえもんとのび太の役は、1日5回のステージがあるため、一日中滞在しなければならないのだが、のび太役の人が急きょ丸一日いることができなくなったとのことだった。

私がやる予定のジャイアン、そしてスネ夫としずかちゃんは、お昼に一回だけ全員集合するステージしか出番がなかったのだが、特に用事もなく暇そうな私に白羽の矢が立ったのだった。

気分的にはすっかりジャイアンだったものの、のび太くんを演じることもまた光栄である。私はその晩、あやとりをすることで、少しでものび太に近づけるように意識を高めた。射撃訓練は夢の中で行うことにした。


そして迎えた当日、私は「ドラえもん列車」に乗り込み吉岡海底駅に向かった。函館に住んではいたものの、この海底駅に来るのは初めてで、まるで地下の洞窟にいるような雰囲気に身震いしたのを覚えている。

「今日はよろしくお願い致します」

ドラえもん役の人は女性だった。身長的にもそれでちょうどよかった。私はのび太くんの着ぐるみを受け取り、着替えることにした。

考えてみれば、後にも先にも着ぐるみをきたのはこの時だけだった。それが大好きなドラえもん作品で、しかものび太くんである。私の心は否が応でも浮き足立っていた。

着ぐるみに袖を通し、頭の大きなのび太マスクを装着する。マスクの小さい穴からわずかながら視界が確保できた。私は自分ののび太くん姿を見ようと思い、全身鏡に目をやった。


ピチピチだった。


当時は今のように太っていたわけでもなく、むしろ痩せている体型だった。しかし、のび太くんスーツは185センチ仕様にはなっておらず、腕の長さの部分でかなりピチピチで際どいのび太くんになってしまった。

スタッフの方も「のび太くんでかいなあ」と苦笑いしていたが、なんとか着替えることはできたので、そのままステージに出ることになった。


ステージでは、司会のお姉さんとドラえもん、そしてのび太役の私が、他愛もないやりとりをしながら、子供たちと触れ合うというものだった。

1回目は緊張したものの、2回目となると流石に慣れてきて、司会のお姉さんが「のび太くん宿題はやったかな〜?」というアドリブにも、口笛を吹くそぶりをしながらソッポを向いて誤魔化してみたりして、その時の私は間違いなくのび太であった。

そして迎えた3回目の公演、これが例の「全員集合」の回である。バックステージにはしずかちゃん、スネ夫、そしてジャイアンが待機していた。

この時、もはや完全にのび太くんになりきっていた私は「やあみんな!遅かったじゃないか!」などとおどけてみたりして、普段は人見知りのくせに、我ながらいい役者っぷりだなと思った。

そして全員集合したところで、みんな並んでステージの準備をした。しかしここらへんで、何だかおかしなことになっていることに、皆が気付き始めていた。


のび太の私が、ジャイアンよりでかいのだ。

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明らかにおかしいのである。やたらでかいのび太くんと、少し小さめなジャイアン。並んでみるといよいよおかしな感じになっていた。

しかしこの着ぐるみ、着るだけでも相当時間がかかるので、じゃあ交換しようかというわけにもいかない。子供たちが待っているんだ。我々は行かなければいけない。


そしてステージに立った瞬間、聞こえてきた声は


「のび太でけェーよ!」


という、無邪気な声だった。

触れ合いタイムの途中にも

「なんでジャイアンよりのび太くんの方が大きいの?」と詰問されて、それでも声を発することができないため、私は口笛を吹くそぶりをしながらソッポを向いて誤魔化したりするしかなかった。


子供たちにとっては、さぞかし不思議な光景だったかもしれない。それでも当時の私は、のび太くんになりきっていたし、自分こそがのび太くんだと思い込んでいた。のび太としての誇りを持つことができた──それはかけがえのない夏の思い出だ。

そんな吉岡海底駅も、その後の北海道新幹線開通に伴うトンネル工事の影響などにより廃止されることとなり、今はもう立ち入ることはできなくなっている。

もう叶うことはないが、いつかまた海底駅でショーをする機会がもらえるなら、私は迷わずこう言いたい。


次はジャイアンでお願いしますと。




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