さわやか易

人生も歴史もドラマとして描いております。易の法則とともに考えると現代がかかえる難問題の解決法が見えてきます。(猶興)

南北朝鮮半島物語(5)ー瀬戸際外交ー

2018-06-10 | 20世紀からの世界史

 

天安門事件

ソウルオリンピックの成功で韓国は繁栄をアピール出来たが、「ラングーン事件」以後の北朝鮮は国際的信用力を低下させ孤立化を辿る。その上、1980年代後半からソ連を中心にした共産圏が大きく衰退し始めた。1989年には中国では民主化を求める市民によって天安門事件が起こった。友好国ルーマニアのチャウシェスク政権は崩壊し、元大統領夫妻は処刑された。北朝鮮は逆風に加えて猛烈な寒波に襲われた様なものだった。
 
追い詰められた金日成は建国時からの後ろ盾・ソ連を頼るしかない。ゴルバチョフの仲介により再度韓国との正常化、一国二制度による南北統一を交渉することになった。対話は開始され北は非核化にも応じ、非核化共同宣言が採択された。両国は揃って国際連合に同時加盟した。しかし、北朝鮮は朝鮮労働党への主体思想を譲ることは出来ず、軍の体制も変えることは出来ない。どうしても両国が一致することは不可能だった。
 
 
金丸信、金日成、田辺誠
金日成は朝鮮総連と気脈を通じて、日本から金を引き出す作戦を立てた。1990年、日本と国交を結ぼうと呼びかけ、副総理の金丸信を団長に、社会党の田辺誠や与野党総勢23人の訪問団を平壌に招いた。市民2万人でのマスゲームで歓迎し、妙高山まで移動、金日成の別荘に案内する。金主席は「遠いところをようこそ。」と一人一人と握手、大歓迎、一行は感激した。特に金丸信は「旧友に合った様だ。」と言われて上機嫌だった。
 
一行の最終日、共同宣言を作成しようとすると、既に出来上がった宣言書を見せられた。「日本が過去36年間朝鮮人民に与えた不幸と災難、戦後45年間朝鮮人民が受けた損失について謝罪し、償う。」とあった。まさかこんな理不尽な文書はない。固く拒絶すると、北朝鮮高官が「金丸先生が認めていますよ。」と言うので金丸に確認すると、「俺が責任を取るから認めてやってくれ。」と答えた。償い金として1兆円も払うことになった。帰国後彼らは「土下座外交」「売国訪朝団」と言われた。
 
 
金正日(1941~2011)
1994年、金日成は死亡した。金正日体制になり、98年までの4年間に大水害にも見舞われ350万人近くが餓死した。1994年から3年間をかけて父の墓を建設するが、その費用は約970億円と言われる。その費用があれば350万人の餓死者は救えたはずである。北の労働者は中東の建設現場やロシアの森林伐採現場に進んで出稼ぎに行った。「苦難の行軍」と呼ばれる。
 
4年間に金正日がしたことは秘密警察組織「深化組」をつくり、金日成時代からの古参幹部、側近、親戚3親等までの2万5千人の大粛清だった。妹の夫・張成沢を起用し、全国に数百か所の拠点、8千人の捜査員で石打の公開処刑、なぶり殺しが行われた。1万人が殺害され、1万5千人が強制収容所に送られ、残酷な拷問が繰り返された。「深化組事件」は中国の文化大革命と並び「北朝鮮版文革」と呼ばれた。
 

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黄長燁(1923~2010)
1997年2月、北朝鮮の「主体思想の代父」と呼ばれた金日成総合大学総長の黄長燁が韓国に脱北してきた。黄長燁は「私の望みは人民を飢餓から救い、祖国の統一を成し遂げること。」と語り北朝鮮中心の統一を諦め、韓国を中心とした統一を望んだ。ところが、韓国では一旦は歓迎されたが、やがて「招かれざる客」として冷遇された。北朝鮮では黄の親族、関係者3千人が強制収容所に送られる。黄は北からの暗殺命令を受けた工作員に命を狙われた。自宅風呂場で死亡したが死因は解らない。
 
金正日は経済的危機を乗り越えるために「労働党39号室」という機関をつくった。外貨を稼ぐために北朝鮮の産物である金、銀、水産物、朝鮮人参、松茸を独占管理したばかりでなく、金になるものは全て扱う。武器輸出、偽札偽造、麻薬、覚せい剤、売春、詐欺、海外暴力団と密接な繋がりもある。持ち逃げする工作員は世界中どこに逃げても粛清の目にあう。核開発資金はこうして集められる。国民の窮乏をも顧みずに、国家犯罪組織を作り上げたのである
 
 
~~さわやか易の見方~~
 
***   *** 上卦は地
***   *** 陰、暗
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***   *** 下卦は水
******** 困難、悩み
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「地水師」の卦。師は集団、軍隊をあらわす。集団も軍隊も指導者が必要である。集団も軍隊も指導者次第でどうにでもなる。指導者たる者は正しい考えを持たなければならない。
 
黄長燁は中国の市場開放を評価した。しかし金正日は「修正主義」として鄧小平を批判した。これを聞いて鄧小平は金正日を「世間知らずの小僧!」とあきれたという。世間知らずの小僧に率いられた北朝鮮の国民こそ迷惑であり不幸である。「ラングーン事件」を起こして、「あれは南の自作自演の事件だ。」と言える神経はどこから来るのだろうか。
 
すっかり騙されてしまった金丸信と朝鮮総連を使い全ての情報を調べ上げていた金日成。まるで役者が違った。金丸の交友関係から趣味、信条、日常生活の習慣まで調べられていた。金丸が天皇陛下を褒められると喜ぶことまで知っていた。金日成から「日本は天皇陛下がおられ、政治家には金丸先生がおられるので安心ですね。」などとおだてられメロメロになってしまった金丸信の姿が目に浮かぶ。「平和ボケ」の日本はそこから始まっていたのか。

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