へそ曲がりの真っ直ぐ日記

反日の韓国と中国、国内の反日マスコミを斬る

「へそ曲がりの真っ直ぐ日記Ⅱ」もよろしく

2016年09月08日 | 報道・ニュース

このブログの続編「へそ曲がりの真っ直ぐ日記Ⅱ」もよろしくお願いします。

http://blog.goo.ne.jp/irukanoutada11/e/086b13d1c4336fdccecadde45a5e7323

「へそ曲がりの真っ直ぐ日記Ⅱ」もよろしくお願いします

2016年03月06日 | 報道・ニュース

このブログの続編「へそ曲がりの真っ直ぐ日記Ⅱ」もよろしくお願いします。

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ロシアが原爆投下を批判…満州で暴虐の限りを尽くし、60万人強制抑留した国に言われたくない

2015年08月06日 | 報道・ニュース


朝日はどこまでも悪質、陰険である。昨日の「産経抄」が指摘していた。
<かぎ十字の旗 8月5日>
http://www.sankei.com/column/news/150805/clm1508050004-n1.html

■ニューヨーク在住の僧侶、中垣顕實(けんじつ)さんが、米国に来たばかりのころの話だ。シアトルでお釈迦様の誕生をお祝いする「花まつり」の法要のために、菊の花で卍(まんじ)の形を作っていた。すると、日系2世のメンバーが「だめだ!」と血相変えてやってきた。

 ▼中垣さんによると、仏教で卍は、吉祥、福徳、幸運、善良の意味である。ナチスの紋章であるかぎ十字の●とは、左右が逆だ。それでも、欧米では憎悪のシンボルとして、受け入れられないことを知ったという(『卍とハーケンクロイツ』現代書館)。

 ▼ヨーロッパに計5回12年も滞在し、今もパリに住む朝日新聞の編集委員が、そんな事情を知らないはずがない。自身のツイッターに、ナチスのかぎ十字の旗や旭日旗を掲げる人たちの写真を載せ、英語で書き込んだという。「東京での日本人のナショナリストによるデモ。彼らは安倍(晋三)首相と彼の保守的な政権を支持している」。

 ▼批判を受けて、写真と書き込みは削除された。ツイッターを見た人の多くは、反ユダヤ主義を掲げてユダヤ人を虐殺したヒトラーのイメージを、安倍首相に重ねたはずだ。編集委員は、「嫌韓デモに参加する人たちには安倍首相の支持者が多いという趣旨だった」と釈明している。目的は達したわけだ。

 ▼朝日は、第1次安倍内閣から、首相を激しく攻撃してきた。政権批判は、メディアのもっとも重要な仕事である。ただそのために、ゆがんだ日本のイメージを世界に発信するのを、黙認するわけにはいかない。

 ▼朝日が自社の慰安婦報道に関する記事の一部の誤報を認めてから、1年になる。今も海外では、朝日が広げた誤解が根強く残っている。今回のツイッターの問題と、構造は同じである
。●=逆卍

昨年の吉田清治誤報の反省などどこ吹く風。反日左翼の完全復活である。

このおわびも、やむを得ず渋々なのであろう。ほっておくと安部政権批判がやりにくくなるからだ。
<報道姿勢に疑念抱かせおわびします 朝日新聞社特別編集委員、不適切なツイッター>
http://www.asahi.com/articles/DA3S11898995.html

 ■朝日新聞記者の冨永格特別編集委員が2日、ツイッターに不適切な投稿をし、削除しました。本社は、報道姿勢に疑念を抱かせる行為だったと重く受け止め、社名などを名乗ってツイッターを利用できる「公認記者」から外すとともに、コラム「日曜に想(おも)う」の執筆者からも外す措置をとります。

 今回の経緯について説明いたします。

 冨永記者はツイッターにナチスの旗などを掲げてデモをする人たちの写真を載せ、英語で「東京であった日本の国家主義者のデモ。彼らは安倍首相と保守的な政権を支持している」と投稿し、フランス語でもほぼ同様の内容の投稿をしました。

 冨永記者は投稿について、事実関係の裏付けをしておらず、写真も撮影者の許可をとらずに転載していました。

 この投稿に対し、多くのみなさまから批判を受け、冨永記者はおわびをし、英語、フランス語の投稿を削除しました。

 本社は、冨永記者に厳しく注意し、冨永記者は改めておわびの投稿をしました。

 本社の記者ツイッターは記者個人の責任で発信していますが、このような事態を招いたことについて、みなさまにおわびいたします。記者に対する研修の強化などを通じ、ソーシャルメディアの適切な利用を進めます。■

「事実関係の裏付けをしておらず、写真も撮影者の許可をとらず」。はなから記者失格である。朝日の空気を吸ってこの年になると、みな「記者失格」になるのか。中国共産党の言いなりに「中国の旅」記事を書いた本多勝一も同じだった。やはり常軌を逸した新聞社である。富永は英語もフランス語も出来るらしいが、残念ながら基礎となる肝心の「常識」が欠如している。教育の失敗例である。

朝日の罪の重さは何度指摘されてもよい。昨日の産経「正論」だ。
<戦後70年に思う 歴史認識問題で反転攻勢かけよ 拓殖大学総長・渡辺利夫>
http://www.sankei.com/column/news/150805/clm1508050001-n1.html

《朝日が造作したプロパガンダ》
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中韓と日本との間には戦後70年を経てもなお解決をみない問題が残されているといい、中韓から提起される歴史問題への日本人の自省が不十分なために和解の道が容易に開かれないともいう。日本のジャーナリズムの常套(じょうとう)句である。

 しかし、この常套句には人々を欺く嘘が含まれている。1951年に始まり65年に決着した日韓国交正常化交渉で慰安婦問題が議論になったことはない。国交樹立後も、朝日新聞による旧日本軍の慰安婦強制連行報道が開始される90年代初期までは慰安婦問題が日韓の外交課題となることもなかった。問題の出発点は、92年1月12日付の社説「歴史から目をそむけまい」によって原型が定まり、その後大規模に展開された朝日のプロパガンダであった。

慰安婦問題が戦後70年の長きにわたって日韓の和解を妨げてきた問題だという主張は作為(さくい)である。日本人が日本を貶(おとし)めるために90年代に入って造作した話なのである。韓国の指導者にとってもこの造作は、少なくとも当初は迷惑なものであった可能性がある。

 「実際は日本の言論機関の方がこの問題を提起し、わが国の国民の反日感情を焚(た)き付け、国民を憤激させてしまいました」というのが当時の盧泰愚大統領の発言である。何か戸惑いのようなものが感じられないか。
・・・・・・・・・・
今年5月には欧米の日本研究者ら187人が連名で声明文を発表し、日本の「慰安婦」制度は、その規模、軍による組織的管理、植民地・占領地の女性搾取などの点からみて、20世紀の戦時性暴力の中でも特筆すべきものだと難じた。根拠資料は何も示してはいない。連名者の中にエズラ・ボーゲル氏やロナルド・ドーア氏といった名前があって驚かされる。

 《真実は事実の中にのみ宿る》
 戦後の日本の自由と民主主義は祝福に値するものだが、真の祝福を妨げているのは日本の「歴史解釈の問題」だという。「特定の用語に焦点を当てた狭い法律的議論」や「被害者の証言に反論するためのきわめて限定された資料」にこだわってはならないと諭し、「過去の過ちについて可能な限り全体的、かつできる限り偏見なき清算をこの時代の成果としてともに残そうではないか」と結ばれる。

 国家や民族による「歴史解釈」の相違を許さない傲慢を私は強く感じる。無数の民間非戦闘員を殺戮(さつりく)した広島、長崎への原爆投下や東京大空襲について、日米の歴史解釈が異なって当然のことであろう。自分の解釈に従えというのなら、国家関係は成り立たない。96年のクマラスワミ報告として知られる国連人権委員会報告、2007年の米国下院外交委員会での慰安婦決議などの「権威」には逆らうなということか。

 慰安婦問題は日本国内では大方の決着が付いたものの、肝心の国際社会では日本は無援の孤立を余儀なくされている。ことは日本自身の歴史解釈に関わる。真実は事実の中にのみ宿ると考えるまっとうな日本の歴史学者を糾合、反転攻勢に出ようと臍(ほぞ)を固めている。(わたなべ としお)■

産経は社説でも朝日に迫っている。
<【主張】朝日取り消し1年 名誉守る発信なお足りぬ>
http://www.sankei.com/column/news/150805/clm1508050003-n1.html

■・・・・・・・・・・
朝日の誤報訂正をきっかけに、事実を踏まえ是正を求める動きは出始めたが、明らかな誤りさえ、なお正されていない。

 代表例は、慰安婦を「性奴隷」とした国連人権委員会のクマラスワミ報告書である。報告書は吉田証言のほか、依拠する豪州ジャーナリストの著作にも誤りが多いことが分かっている。根拠とされた元慰安婦らの証言も、事実が確認されたものではない。

政府は昨年、朝日が吉田証言記事を取り消したことをきっかけに、報告書の一部撤回を求めたが、作成者のクマラスワミ氏は拒否している。

 戦後70年の今年、米国で慰安婦を「性奴隷」などとする誤った碑文を刻んだ慰安婦像設置を進める反日団体の動きも続いている。こうした歴史の歪曲(わいきょく)で日本がおとしめられていることは、到底、看過できない。

 当の朝日には、こうした誤解を解くことに責任があるはずだが、積極的でないのは疑問だ。外部識者による独自の検証では「事実無根のプロパガンダ(宣伝)を内外に拡散させた」と厳しく指摘されていた。虚偽報道による国際的影響を小さく見てはならない。

 慰安婦問題で朝日は当初、強制連行の有無を問題にしていたが、強制連行説が崩れた後は「広義の強制性」や「女性の人権問題」を唱え始めた。これも自社の第三者委員会に「論点のすり替え」と厳しく指摘されたはずである。

 少なくとも、クマラスワミ報告書の「吉田証言」に関する記述に対し、朝日として訂正を要求することは当然ではないのか
。■

朝日は今、自らの虚偽報道が世界に与えた影響について、なんの是正努力もしていない。安倍批判に血道をあげるばかりだ。「冨永」は朝日社内にはたくさんいるのだ。

ロシア側から呆れた発言が飛び出した。国際政治は時に漫画的でさえある。
<ロシア、米の原爆投下を批判 「法廷で裁かれるべきだ」>
http://www.asahi.com/articles/ASH85226LH85UHBI008.html

 ■ロシアのナルイシキン下院議長は5日、広島、長崎への原爆投下は国際法廷で裁かれるべきだという考えを明らかにした。ロシアでは70年を迎える原爆投下について、高官の発言や催しが続いている。米国の残虐行為を批判すると同時に、日本を降伏させたのは原爆ではなく旧ソ連の対日参戦だったという歴史認識を強調する狙いも込められている。

 プーチン大統領の側近でもあるナルイシキン氏は5日、自身が主催した原爆問題についての専門家らによる会議で「広島、長崎への原爆投下はまだ国際法廷で裁かれていない。しかし、人道に対する罪に時効はない」と指摘した。

 ナルイシキン氏は昨年来、今からでも米国の原爆投下についての責任を問うべきだという発言を繰り返している。昨年12月には「来年は(ドイツによる第2次大戦の戦争犯罪を裁いた)ニュルンベルク裁判と広島・長崎への原爆投下が70年を迎える」と、原爆投下とナチスの戦争犯罪を並べて言及。「軍国主義日本に対する勝利は、ソ連軍が(中国東北部で)関東軍を粉砕したことによってもたらされた」と指摘。原爆が日本を降伏させたという見方を否定していた。■

ばかばかしい発言である。何の反省もない。こんな反応がある。
https://twitter.com/nakayamanariaki

■中山なりあき ‏@nakayamanariaki ·
今日は広島に原爆が落とされた日。プーチン大統領の側近でもあるロシアの下院議長が、米国の原爆投下は国際裁判で裁かれなければならない、人道的罪に時効はないと発言。満州で暴虐の限りを尽くし、日本人を60万人強制抑留した国に言われたくはないが、朴の妹といい、言いにくいことを言ってくれる。■

もう一つ、ロシア外相発言への反応である。
https://twitter.com/liyonyon

■石平太郎 ‏@liyonyon ·
ロシア外相が日本の安保法案にかんし近隣国への「配慮」を求めたと言う。平気な顔をして隣国の領土を奪うような国が「配慮」という言葉を口にするのは実に笑える。日本の安保法案に文句をつけてくるのは結局、ロシアや中国など世界の平和を脅かす国々であるが、それは逆に法案の必要性を証明している。■

まさに「正論」である。抑止効果を証明しているのである。

占領下に配給された現行憲法によって戦後日本は「平和的に腐敗」させられた…利己的な日本

2015年08月05日 | 報道・ニュース

「平和的に腐敗」した日本という視点もあるのだ。
<【正論】戦後70年に思う 「英霊」に恥じない日本の創造を 文芸批評家、都留文科大学教授・新保祐司>
http://www.sankei.com/life/news/150804/lif1508040004-n1.html

■・・・・・・・・・・・・
それぞれ興味深いが、特に山田風太郎の日記に心惹(ひ)かれるものがある。当時23歳の山田誠也青年は、8月15日の日記に「帝国ツイニ敵ニ屈ス」と一行だけ書いた。そして、16日には「八月十五日のこと」として、玉音放送について「何という悲痛な声であろう。自分は生まれてからこれほど血と涙にむせぶような人間の声音というものを聞いたことがない」「魂はまさに寸断される。一生忘れ得ぬ声である」と書いている。

 同日の日記には、「鋼鉄のように美しく澄んだ感覚、鋼鉄のように強靱(きょうじん)な肉体、鋼鉄のように鮮烈で確固たる頭脳。そして触るれば切れる鋭さを持ちながら、輪になるまでも柔軟に屈し、しかも屈すれば屈するだけそれが潜勢力となって激烈にはねもどる鋼鉄のような不屈不撓(ふとう)の意志力を持った日本人を創造しよう」と祈願している。そして、この日の日記の末尾には「敵が日本に対し苛烈な政策をとることをむしろ歓迎する。敵が寛大に日本を遇し、平和的に腐敗させかかって来る政策を何よりも怖(おそ)れる」と書いている。

《失われた独立自存の矜持》
社会に他ならなかった。国家の独立自存の矜持(きょうじ)も失われるまでになってしまったのである。

 年末の12月24日の日記には「敗戦して、自由の時代が来た、と狂喜しているいわゆる文化人たちは、彼らが何と理屈をこねようと、本人は『死なずにすんだ』という極めて単純な歓喜に過ぎない」と見抜いている。「戦後民主主義」とは、この不潔で利己的な「歓喜」の上に形成され、それが美辞麗句によって偽善的に粉飾されてきたものに過ぎない。戦後70年間は、いかに繁栄し、平和であったとしても、根本的には「英霊に申し訳ない」というしかない時代だったのではないか。「戦後レジームからの脱却」とは、日本人の精神の倫理的問題なのである。

 山田誠也青年が「一生忘れ得ぬ声」といった玉音放送の原盤が公開された。この「悲痛な声」は「歴史の決定的瞬間」の記録である。8月15日にはこの日本の歴史の奥底からの「声」を謹聴して、戦後の原点にたち返り、今度こそ「英霊」に対して恥ずかしくない「鋼鉄のような日本」を創造することを決意しようではないか。(しんぽ ゆうじ)■

「利己的」と言えば、昨日取り上げた自民党議員の発言。私は「言葉足らず」と言ったが、本人が言葉を補っだ。
<「活動自体を否定するものではない」 ツイッターで学生デモ批判の自民・武藤氏、「戦争が起こってほしいと考える人いない」>
http://www.sankei.com/politics/news/150804/plt1508040045-n1.html

■自民党の武藤貴也衆院議員は4日、産経新聞の取材に対し、安全保障関連法案反対のデモ活動を行う学生団体「SEALDs(シールズ)」に関するツイッターでのコメントについて「彼ら彼女らの活動自体を否定するものではない」と述べた。

 武藤氏は、シールズの主張を「利己的考えに基づく」などと指摘したことについて「世界にいる日本人は各国の軍隊や警察によって守られている。日本人自身の安全に関し『われ関せず』という態度をとり続けることは、日本人の命と財産を守るリスクと負担を他の国に押し付けることを意味する」と説明した。

 また、砂川事件判決における田中耕太郎最高裁長官の補足意見が「他の国々の防衛に熱意と関心とをもたない態度も、憲法前文にいわゆる『自国のことのみに専念』する国家的利己主義であって、真の平和主義に忠実なものとはいえない」としている点に触れ、シールズの姿勢と同様だと指摘。「戦争が起こってほしいと考える人はいないと思う」とも語った。■

自分さえ良ければ、という一国平和主義は「利己的」と言われて当然だろう。日本の貨物船を守るため犠牲になったアメリカの若い軍人たちもいるのだ。視野を狭め、事実から目をそらし、9条のみを見つめて、「戦争に行きたくない」などど頓珍漢なことを叫んでいれば、「利己的」といわれてもしょうがない。「平和的な腐敗」の光景である。■

石平氏も言う。
https://twitter.com/liyonyon

■石平太郎 ‏@liyonyon ·
反安保法案の若者について「自己中心」とする武藤議員の発言は、本質的には正鵠を射ていると思う。若者だけでなく、「戦争に巻き込まれたくない」と言って、自国の安全とアジアの平和を、現実な脅威からいかに守るかを考えること自体を放棄した人々の心理にはこういう「利己」があろう。

民主党のやることは結局こういうことになる。
<民主・岡田代表、朴大統領に利用された? 70年談話、慰安婦問題への要求を聞くことに>
http://www.sankei.com/politics/news/150805/plt1508050009-n1.html

■民主党の岡田克也代表の訪韓をめぐり、「韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領に利用されたのではないか」という見方が出てきた。韓国が、米中二股外交や対日外交で行き詰まるなか、朴氏に助け舟を出し、安倍晋三首相の戦後70年談話や、慰安婦問題への要求を聞くことになったからだ。(夕刊フジ)

 「日本の国益を踏まえて、政権・与党のできないことをする野党外交は有益だが、今回は大いに疑問だ」

 国際政治学者の藤井厳喜氏はこう語った。

 岡田氏と朴氏は3日、ソウル市内の青瓦台(大統領官邸)で会談した。予定を約10分間超えて約40分間に及んだ。

 朴氏が岡田氏を厚遇したのは、安倍首相による談話発表を間近に控え、自分たちの立場を強くアピールできると考えた可能性が高い。

朴氏はまず、「安倍首相の70年談話が、河野談話、村山談話、菅談話の認識を踏まえたものになれば、両国関係も未来に向かう」といい、慰安婦問題についても「急いで解決しなければならない。事実上、今が解決のための最後の機会だ。良い方向で解決されれば韓日の安定的な関係に寄与する」と語った。

これに対し、岡田氏は「未来志向的に向けた互いの努力」の必要性を明記した1998年の日韓共同宣言を取り上げ、韓国側にも歩み寄る努力を促した。そして、真意は不明だが、慰安婦については「彼女たちの苦しみを思うと誠に申し訳ないし、日本の政治家として恥ずかしいことだと思う」と語ったという。

 前出の藤井氏は「韓国が『対日外交を改めよう』と譲歩しつつあるのに、どうして助けるような訪韓をするのか。慰安婦に関する発言も、勉強不足としか思えない。民主党は安全保障関連法案の国会審議も揚げ足取りばかり。これでは、政権は二度と任せられない」と語っている。■

各世論調査での民主党の支持率の低迷を見れば、国民が再び政権を担ってほしいと考えていないことは確かである。

次世代の党の議員だった中山なりあき氏もこう批判する。
https://twitter.com/nakayamanariaki

■中山なりあき ‏@nakayamanariaki ·
民主党の岡田代表が訪韓し、朴大統領と会談、慰安婦問題について「彼女たちの苦しみを思うと誠に申し訳ないし、日本の政治家として恥ずかしい」と謝罪したという。自国の歴史も知らない政治家であることを恥ずべきだ。安保法案に民主党は反対していると伝えたらしいが、韓国に向かって言う話ではない。■

とにかく政治家以前の連中なのだ。

産経の阿比留記者が元朝日の植村隆に始めてインタビューした。
<【朝日誤報取り消し1年 植村元記射返されている者インタビューダイジェスト】証言テープ「僕は持っていない」 朝日の戦争反省「誇りに思う」>http://www.sankei.com/affairs/news/150804/afr1508040012-n1.html

読んだが、中身があまりなかった。植村隆の朝日賛美、吉田清治との関係否定、産経非難、被害者意識の強調などが繰り返されていた。

金学順がキーセン養成所に通っていた事実をなぜ書かなかったのか、を追求してほしかった。やはりインタビューには限界があるのか?

●余禄
▽「平和的な腐敗」についての文章を読んで、三島由紀夫の言葉を連想した。こんな言葉だ。
■「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら『日本』はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである」。■

1970年(昭和45年)7月7日、サンケイ新聞(当時)夕刊に、「果たし得ていない約束-私の中の二十五年」と題されて掲載された文章である。
<【「戦後日本」を診る 思想家の言葉】三島由紀夫 「からっぽ」な時代での孤独>http://www.sankei.com/life/news/141009/lif1410090019-n1.htmlにも取り上げられている。

今年は三島が1970年に45歳で割腹自殺してからちょうど45年になる。

会場がどよめいた福島瑞穂の痴呆的発言の数々

2015年08月05日 | 報道・ニュース

これにはあきれた。ここまで無知・無理解な阿呆だったとは。
藤岡氏がFBで紹介していた。あの反日おばか左翼の福島瑞穂の発言である。
https://www.facebook.com/nobukatsu.fujioka

■藤岡 信勝
福島瑞穂と田原総一郎の「朝まで生テレビ」での会話を白川奉信さんがアップしています。この会話で、ついに、「日本人には死んでもらう」と言わざるを得なくなって、彼女の工作員めいた正体を見事に暴露されてしまいました。

 昨日も福島は国会で質問していましたが、安保法制を語る資格がありません。安全保障とは「国民をどう守るか」というのが議題です。「日本人は殺されてもいいが、日本人が武器をもって自分の身を守るのは許さない」という人物は、この議題の外側に棲んでいるのですから、質問させる必要はないのです。国会を外国の代弁者の工作の場にさせるな。

 これをチラシにして、配りたいほどだ。(以下、引用)■

そして、引用されているのは以下のやり取りである。
■福島「ですから、日本はスイスのような平和中立国を目指すべきなんです。」
 
田原「スイスは国民皆兵制で、一般家庭に自動小銃が有る国だよ。」
 
福島「いえ、例えばスウェーデンみたいな中立国もあるわけですし…」
 
田原「スウェーデンはナチに協力して中立を守った国だし、今では武器輸出大国だよ。」
 
福島「えーと、ベルギーのように歴史的に中立を貫いた国もあるんです。」
 
田原「ベルギーみたいに何度も外国軍に蹂躙(じゅうりん)されてもいい?」
 
福島「え~?でも~、侵略するより侵略される方がイイですし~…」
 
田原 「有事立法というのは、どこかがもし攻めて来たらどうするのか、どう対応するのかという法案ですよ。社民党はこんな物いらないって言う 訳?」
 
福島 「戦争の為の法律は要らないと思います。」
 
田原 「そうじゃない、どこかが攻めて来た時のために…」
 
福島 「いや戦争の為の法律ですよ。」
 
田原 「ちょっと待って、じゃぁもしどこかが攻めて来たら殺されりゃぁ良いっていう話し? 降伏する?」
 
福島 「うーん…、戦争が起きないように努力する事が政治の責任じゃないですか~」
 
田原 「いやだから、日本が戦争する気は全く無いでしょ、今でもない!」
 
福島 「ただですねぇ有事法制はそんな単純な法律ではない訳ですよ。米軍の活動を円滑にしたり、国民保護法制という名でいろんな人の権利を制限する…」
 
田原 「ちょっと待ってよ、敵が攻めて来た時にね、国民の人権自由とかでどこ動いて行っても良いですよ。とはならないし、そりゃ規制もしますよ、当然。」
 
解説者 「福島さんじゃあね、万が一攻められた時に、社民党は国民をどうやって守るのかという具体的な案が無いじゃないですか? どうするんですか?」
 
福島 「うーん、ただ…例えば…非核構想をやるとかですね…」
 
田原 「ちょっと待って! つまり敵が攻めて来るなんて事は有りえない!こんな夢みたいな事を自民党は言って、どんどん日本を軍国主義化してると、こういう事?」
 
福島 「…そうですね、私は北朝鮮などを仮想敵国にしながら、どんどんどんどん軍事国家の道を歩んでいると思います。」
 
田原 「北朝鮮と仲良くするんだって…」
 
福島 「そうです。そういう努力が必要だと思います。」
 
田原 「っとなると社民党いらなくなっちゃうよ」
 
福島 「ぃやそんな事は無いですよ、だって憲法9条を改憲したいと言うのが今強く出ていて」
 
解説者 「あの福島さんね、僕は社民党に頑張ってもらいたいと思う。でもとてもついていけない…」
 
福島 「警察官の拳銃使用は絶対反対。犯罪者と言えども人権はある訳ですし、犯人には傷一つ付けてはいけない。たとえ凶器を持った凶悪犯と言えども警察官は丸腰で逮捕に向かうべき」
 
田原 「そんな事して、警察官が殺されたら?」
 
福島 「それは警察官の職務ですし~」
 
(「ええっ~」と言う驚きの声が怒濤のように スタジオ中に響き渡る) その声にまずいと思ったか福島が続ける。
 
福島 「それに犯人がそんなに抵抗するんだったら無理して逮捕する必要は無いと思うんですよ、逃がしても良い訳ですし~」
 
田原 「じゃっ、逃がした犯人が別の所でまた人を殺したら?」
 
福島 「それはそれで別の問題ですし~」■

この支離滅裂、この低レベル。唖然、絶句、開いた口がふさがらない。これでも一国の国会議員である。しかも、歳費など何千万円もの税金が払われているのである。

こんな愚劣な女が国会議員をやっていられるということは、このレベルで、この思考・志向の国民が相当数いるということなのだ。空恐ろしいことだ。日本には「日本と日本人が憎くてたらない」「日本人など滅びてしまえ」という反日連中が巣食っているのである。

今盛んに行われている安保法案デモにも、そんな連中が多数参加しているのであろう。
例えば、こんなお目出度い人士がいる。産経の阿比留記者がFBで紹介していた。https://www.facebook.com/rui.abiru
<反対派だけが人民ではない。安保法案に賛成する人間も国民だ。>
http://blogos.com/article/126353/

■早稲田大学の水島朝穂教授が、安保法案に反対するSEALDsのデモに参加して、次のように発言したという。

 「今、新しい民主主義が国会前で始まっている。それはなにか。今まで私が、45年前、高校生でここでデモをやった時、どっちかというと後ろからついていったデモだったんですけど、全然違うの。今日、先頭で、学生といわゆる学者が一緒に歩いたんですよ。

 そして、『民主主義って何だ』って彼らが問うたら、『これだ』と言ったんですよ。私、初めて、憲法やって33年、飯食って来ましたが、今日、初めて、憲法って何だって分かりました。これなんですよ。

 俺たちが人民なんです。だから、それに反対するあそこにいる政権には退陣を願いましょう。廃案しかない。廃案しかあり得ない。がんばりましょう」

 学生と学者が歩くのがそんなに感動的なのかどうかしらないが、それは個人の感性の問題だから、どうでもいい。しかし、どうしても気になるのが後半の部分だ。

「民主主義って何だ」
「これだ」

要するにこのデモこそが民主主義だといいたいらしい。

さらに、33年間研究してきたという憲法も、「これ」だということが分かったという。

こんなに酷い民主主義解釈も、憲法解釈もないだろう。いくら、興奮した状態の発言とはいえ、これは酷すぎる。33年間、本当に研究してきたのだろうかと疑わざるを得ない。次の発言に至っては、もう驚くしかない。
「俺たちが人民なんです。だから、それに反対するあそこにいる政権には退陣を願いましょう。」

この水島教授の論法に従えば、安保法案に反対するデモこそが、民主主義であり、憲法であり、さらに人民なのだという。では、安保法案に賛成する人間は、全て「反民主主義」であり、「非憲法」であり、「民」ということになるのだろうか。

私はここに正義に陶酔する政治的イデオローグたちの危うさを見る。かつて『逆説の政治哲学』という本を書いたときに、サブタイトルを「正義が人を殺すとき」にした。

フランス革命にせよ、ロシア革命にせよ、ナチズムにせよ、大量殺戮に手を染めた人々の中には「正義」の観念が宿る場合が多い。自分たちだけが正義を体現しているのであって、自分たちに逆らうのは、「正義」に対する拒絶、すなわち、「不正義」に他ならないという論法だ。

正義に溺れる政治的イデオローグを描いた作品として、アナトール・フランスの『神々は渇く』が有名だが、直近の作品では、「デス・ノート」をあげることが出来るだろう。私は漫画やアニメの類が苦手なので、映画で観たのだが、よく出来ていて面白かった。この主人公は決して、悪人ではない。もともとは善人なのだ。

 日本におけるあさま山荘事件もそうだが、彼ら一人一人は、決して真面目で、純粋な人間なのだろう。

 しかし、「正義」の観念に取りつかれて、反対派を悪魔化して大量殺戮に至るのだ。
・・・・・・・・・・・
これは多くの国民が感じていることなのではないだろうか。反対派が存在するのは事実だが、賛成派が存在するのも事実だ。まるで賛成派を悪魔化して、戦争を好む人々やナチス呼ばわりするような非難は、あまりに極端ではないだろうか。日本の平和と繁栄、そして国際貢献を願うからこそ、今回の法案に賛同する人が存在するのだ。・・・・・・・・・・■

この左翼憲法学者の陶酔感はなんなのだろう。ナチスの党大会にでも参加したつもりなのか(笑い)。気色が悪い。

筆者は政治学者の岩田温氏。wikiではこう紹介されている。
岩田 温(いわた あつし、1983年(昭和58年)9月10日 - )は日本の大学講師。拓殖大学日本文化研究所客員研究員、拓殖大学客員教授を経て、秀明大学専任講師。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。専攻は政治哲学。特定非営利活動法人日本保守主義研究会代表理事。

ブロゴスの筆者紹介にはこうある。
政治学者。主な著作に『逆説の政治哲学』(ベスト新書)、『政治とはなにか』(総和社)、『日本人の歴史哲学』(展転社)、最新刊に『人種差別から読み解く大東亜戦争』(彩図社)。専攻は政治哲学。様々な政治問題、歴史問題に関して幅広く問題提起を行う。NHKの特番では半藤一利、鳥越俊太郎らと激しい論争を行った。

安保法案賛成派を「やナチス呼ばわり」したのは、昨日取り上げた朝日の特別編集委員である。本人は削除で済まそうとしていたが、社が危機感をもったようだ。
<朝日新聞、紙面で謝罪 編集委員ツイッター問題>
http://www.sankei.com/politics/news/150805/plt1508050010-n1.html

■朝日新聞の冨永格(ただし)特別編集委員がツイッターにナチスの旗や旭日旗を掲げたデモの写真を載せ、ナチス支援者が安倍晋三政権の支持者であるとする内容の書き込みをした問題で、同社は5日付の朝刊で「報道姿勢に疑念を抱かせた」との謝罪記事を掲載した。

 記事によると、冨永氏は事実関係の裏付けをしておらず、写真の転載に撮影者の許可を取っていなかった。同社は、社名などを名乗ってツイッターを利用できる「公認記者」や、コラム「日曜に想う」の執筆者から外す。

 冨永氏はネット上で批判を受けた後、投稿を削除し、おわびの言葉を書き込んだ。■

ヒゲづらの立派な「おやじ」だが、精神年齢は至って低い。阿呆である。
当然ながら、自民党から抗議の声が出ていた。
<朝日編集委員ツイートに自民が抗議、謝罪・訂正申し入れ 「欧米フォロワーの誤解解けない」>
http://www.sankei.com/politics/news/150804/plt1508040031-n1.html

 ■自民党は4日、朝日新聞の冨永格特別編集委員が、ナチス支援者が安倍晋三政権の支持者であるとする内容をツイッターに書き込んだ問題に関し、朝日新聞東京本社に対し強く抗議するとともに、冨永氏のツイッターでの訂正と謝罪、朝日新聞ホームページでも英語とフランス語による訂正と謝罪を掲載するよう申し入れた。

 申し入れ書では、冨永氏が「嫌韓デモの参加者には安倍首相の支持者が多いという趣旨だったが、英語ツイートに『一般的に』の言葉が抜けていた」と釈明したことに対し、「全く不十分なもので、到底欧米のフォロワーの誤解は解けるものではない」と指摘。「冨永氏は一般人と異なり文章表現はおろか、取材や記事の編集にまで精通している。『フォロワーが誤った印象を持つことを予想できなかった』ということは信じられない」とも訴えた。■

朝日は次はどんなボロを出してくるのか?