見もの・読みもの日記

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爆弾低気圧の夜/函館の大火(宮崎揚弘)

2017-03-14 23:43:27 | 読んだもの(書籍)
〇宮崎揚弘『函館の大火:昭和九年の都市災害』 法政大学出版局 2017.1

 東京の大型書店で、めずらしい主題の本を見つけて、思わず買ってしまった。まあ法政大学出版局の本だから、東京で売られていてもおかしくはないが、ローカルな災害の調査記録である。昭和9年(1934)3月21日夕刻、函館の街を襲った大火は、一晩で2,000人以上の命を奪い、日本災害史上に残る大惨禍をもたらした。ふと気になってネットで調べたら、自然災害の死者行方不明者数ランキングでは、三河地震(1947年)の2,306人やカスリーン台風(1945年)の1,930人に匹敵する。しかし、函館大火の文字がないのであれ?と思ったら、火災は自然災害に含まれないのだ。なんだかなあ…。確かに函館大火の場合も火元は特定されているが、不幸な自然条件に大きく影響されたことも事実である。

 私は2013年に函館に旅行した時、市立函館博物館の展示で、はじめてこの大火の存在を知った。想像をはるかに超える大火だったことがよく分かって、強烈な印象となって残った。本書は、はじめに函館の地形、気候、自然環境を述べ、街の成り立ち、人口、産業、交通などについて述べる。昭和10年の統計では、函館市は日本で13番目に人口の多い都市だったというのは、あらためて知る事実。札幌市より多かったのである。

 また、函館は頻繁に強い風が吹く環境にあった。しかも寒冷で火を使うことが多かったため、昔から大規模火災が多かった。古くは安永7年(1778)の記録があり、明治40年、大正10年にも大火が発生している。これに対して、消防・防災体制の整備と設備の改善に尽力する篤志家もあらわれ、昭和8年には、市民と消防関係者の悲願であった火災保険料の値下げがもたらされた。

 それでも昭和9年3月21日の大火は起きた。ここから著者は、新聞記事や被災者の手記、そして139名に及ぶ存命者への聞き取りをもとに、当日の様子を再構成していく。確か、私が見た市立函館博物館の展示も、同じように多数の証言で構成されていたと記憶している。その日は朝からはっきりしない空模様で、日本海側に強力な低気圧が迫っていた。今でいう爆弾低気圧である。

 市内では夕方から強風が発生し、立木が折れたり、板塀が倒れたり、看板が落下したりした。いくつかの火災が起きたが、いずれも消し止められた。そんな中、ある家の二階の屋根が吹きとばされ、あたりにあった新聞紙が切爐(きりろ)に落ちて引火した。これは天災と思わなければ仕方ないだろう。安普請の家、劣悪な水利という悪条件が重なって、消火が間に合わず、延焼が広がっていく。強風の中、市民は逃げ惑った。

 函館駅には5,000人ともいう避難民が集まったが、駅長は独断で彼らを無賃乗車させ、安全地へ避難させた。つくづく鉄道には、こういういい話が多いなあ。函館市の庶務課の一職員は、すでに電話が途絶していたため、港内に停泊中の船舶の無線を使わせてもらい、内務大臣、北海道長官、新聞社などに大火の第一報と救援要請を打電する。全く独自判断による行動だったというのが尊い。

 恐ろしいと思ったのは、風向が刻々と変化する中を逃げなければならなかったこと。漁師や海事関係者は「風向きは必ず東南から西へ廻る」と知っていたというが、風を読み誤った人々もいた。海岸や砂山にのがれたが、波にさらわれて命を落とした人々もいる。まだ冷たい北の海である。風で吹き上げられた火の柱が、のたうつ龍のように地上に襲いかかる描写もすさまじい。火と水と風の責め苦である。

 翌22日早朝には鎮火が認められ、炊き出しや医療救護、それに遺体の収容が始まった。当時の写真を見ると、焼け跡に白い雪がうっすら積もっているのも厳しい環境だなあと思う。人情の荒廃は避けられず、窃盗、殺人、婦女暴行、詐欺、扇動など多くの犯罪が発生したことも記憶されている。しかし、大火前に多くの市民が生命保険や火災保険に入っていたことは僥倖であった。それから、その年が近年まれなる豊漁で水産業界は大いに活況を呈し、予想外に早く沿岸漁業が復興したという結びには少しほっとした。

 本書によって、多くの人が函館大火を記憶にとどめてくれることを望む。多くの記録を収録した労作だが、もう少しよい地図を掲載してほしかった。

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