竹取翁と万葉集のお勉強

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『遊仙窟』原文並びに訓読 <訓読篇 後篇>

2015年01月10日 | 資料書庫
『遊仙窟』原文並びに訓読 <訓読篇 後篇>

十娘、香兒を喚び、少府の為に樂を設け、金石並び奏なで、簫管の間に響く。蘇合は琵琶を弾き、緑竹は篳篥を吹き、仙人は瑟を鼓し、玉女は笙を吹く。玄鶴は俯して琴を聽き、白魚は躍りて節に應ふ。清音咷叨として、片時(しばらく)は則ち梁上の塵は飛び、雅韻鏗鏘として、卒爾にして則ち天邊に雪は落つ。一時に味ひを忘れ、孔丘の留滯せること虚しからず、三日梁を繞むる韓娥が餘音は是れ實(まこと)なり。
十娘の曰はく「少府、稀に来れり、豈、樂しみを盡くさざるや、五嫂、大ひに能く舞を作(な)し、且た一曲の作くるを勸めむ」と。
亦た辭し憚らず。遂に即ち逶迤として起ち、婀娜として徐ろに行かむ。蟲蛆たる面子は、陽城を妬殺し、蠶賊の容儀は、下蔡をも迷はし傷めむ。舉手頓足、雅に宮は商ふに合ひ、後を顧み前を窺ひ、深く曲節を知れり。蟠龍の婉轉たると、野鵠の低昂とに似せむと欲す。面を廻らせば則ち日は蓮花を照し、身を翻せば則ち風は弱柳を吹く。斜眉盜盼、異種にして音姑(あんぞ)、緩歩急行、窮奇にして造鑿なり。羅の衣は熠(て)り耀(かがや)きて、翠鳳の雲に翔けるに似、錦の袖は紛披(ひらめ)きて、青鷥の水に映えるが若し。千嬌の眼子は、天上に其の流星を失ひ、一搦りの腰支は、洛浦に其の廻雪を愧ず。前を光(て)らし後を艶(いろど)り、遇ひ難く逢ひ難し、進退去来、希に聞き希に見む。両人の俱に起ちて舞ひ、共に下官に勸む。
下官の遂に作して謝して曰はく「滄海の中には水を為し難く、霹靂の後には雷の為り難し。敢へて推辭せずして、定めて醜(みにく)く拙(つた)なく為(な)からむ」と。
遂に起ちて舞を作(な)す。桂心、咥咥、然(ぜん)として頭を低(た)れて笑(え)む。
十娘の問ふて曰はく「何事かを笑ふ」と。
桂心の答へて曰はく「兒等、能く音聲を作すを笑む」と。
十娘の曰はく「何處ぞ、能きこと有らむ」と。
答へて曰はく「若し其れ能くせずんば、何に因りてか百獣を率ひ舞はむ」と。
下官の笑みて曰はく「是れ百獣を率ひて舞はず、乃ち是れ鳳凰の来儀なり」と。
一時に大ひに笑ふ。五嫂の桂心に謂ひて曰はく「曲をして誤らしむること莫れ、張郎頻りに顧みる」と。
桂心の曰はく「辭せず歌ふ者の苦しきを、但だ傷(おし)むらくは音を知るは稀なり」と。
下官の曰はく「路に西施に逢ひ、何ぞ必すしも須(また)識るべき」と。
遂に舞ひ、詞を著(な)して曰はく「従来(さきより)、四邊に巡繞して、忽ちに両個の神仙に逢へり。眉上は冬天に柳を出だし、頰中には旱地に蓮を生ず。千看すれば千處に嫵媚にして、萬看すれば萬種は便妍(べんけん)たり。今宵、若し其れ得ずんば、命を刺(い)め過ぎて黄泉に與(おも)むかむ」と。(柳と留は同音、蓮と憐は同音)
又一時に大ひに笑ふ。舞ひ畢りて、因つて謝して曰はく「僕、實に庸才にして、清賞に陪するを得て、音樂を垂れ賜はり、荷ふに勝さざるを慙ず」と。
十娘の詠ひて曰はく「意を得れば鴛鴦に似、情に乖(そむ)けば胡越の若し。君が邊に向ひて盡くさずんば、更に知らむ何れの處にか歇(や)まむか」と。
十娘の曰はく「兒等、並びに收采すべきは無く、少府公の云ふ『冬天に柳を出だし、旱地に蓮を生ず』と、総べて是れ相ひ弄ぶなり」と。(柳と留は同音、蓮と憐は同音)
下官の答へて曰はく「十娘の面上、春に非ずして柳葉は生え翻がる」と。
十娘の聲に應へ、答へて曰はく「少府の頭中に水有り、何そ蓮華は生ぜざる」と。
下官の笑みて曰はく「十娘、機警なり、異同は便(よきおり)に著く」と。
十娘の答へて曰はく「便(よきおり)を得ても與(とも)すること能はず、明年は何處に有らむを知らむや」と。
その時、硯の床頭に在り、下官、因りて筆と硯を詠ひて曰はく「毛を摧きて便(おり)に任せて點じ、色を愛して轉た須らく磨(と)ぐべし。研(すず)りて竟り難き所以は、良く水の太(はなは)だ多きに由る」と。
十娘忽ち鴨頭の鐺子(みずさし)を見、因りて詠ひて曰はく「嘴の長きは嗍(す)はむを為すに非ずて、項の曲れるは攀じるに由らず。但だ脚を直ちに上げしめば、他も自も雙つの眼は翻らむ」と。
五嫂の曰はく「向来、太大(はなはだ)遜はず、漸漸して入ること深し」と。
その時、乃ち雙つの燕子有り、梁の間に相ひ逐ひて飛ぶ。僕、詠ひて曰はく「雙つの燕子は聯聯たり、翩翩として幾萬ぞ廻る。強ちに知る人は是れ客なるを、方便にして他を悩まし来たる」と。
十娘の詠ひて曰はく「雙つの燕子、可可として風流を事とす。即ち人をして伴に得らしめ、更に亦た相ひ求めず」と。
酒の巡り十娘に到りて、僕、酒と杓子を詠ひて曰はく「尾の動くとき惟だ須らく急なるべし、頭の低くするは則ち平らかならず。渠(きみ)、今、爵(さかずき)を合ひ把るべくは、深淺は君が情に任す」と。
十娘の即ち盞(さかずき)を詠ひて曰はく「初めて發して先ず口に向ひ、竟らむと欲して漸く頭に昇り、君に従ひて中に道(おさめ)むを歇(や)み、底に到りて即ち須く休むべし」と。
下官の翕然(きんぜん)として起ちて謝して曰はく「十娘の詞句、事は盡く神に入いり、乃ち是れ天に生じ、人の學ぶに関からわず」と。
五嫂の曰はく「張郎、新たに到りて情を散ずべき無く、且た後園に遊びて暫く懷抱を釋はせよ」と。
其の時、園内に雑(くさぐ)さの菓は萬株にして、を含み緑を吐き、叢花は四を照し、紫を散じて紅を翻す。石に激する鳴泉、巌を疏し磴を鑿む。冬無し夏無し、嬌鶯は錦枝に亂れ、古に非ず今に非ず、花魴は銀池に躍り。婀娜たる蓊茸、清冷として瑟日(しゅついつ)たり、鵝鴨は分れ飛び、芙蓉は間に出でたり。大竹小竹は渭南の千畝に誇り、花は含み花開き河陽の一縣に笑む。青青たる岸柳の絲條は武昌を拂ひ、赫赫たる山楊の箭幹は董澤に稠し」と。
僕、乃ち花を詠ひて曰はく「風吹いて樹に紫は遍き、日照りて池に丹は満つ。若為(いかばかり)か交は暫く折り、撃ちて掌中に就きて看む」と。
十娘の詠ひて曰はく「水に映じて俱に笑むことを知り、蹊を成して竟(つい)に言はず、即ち今自在なるは無く、高下は渠が攀づるに任す」と。
下官の即ち起ちて謝して曰はく「君子は遊言を出ださず、意言、再びするに勝へずて、娘子の恩は深し。請ふ五嫂等の各(おのおの)の一篇を製(な)すを」と。
下官の先に詠ひて曰はく「昔時、小苑に過ぎ、今朝、後園に戲むる。両歳の梅花は匝(ひら)き、三春の柳色は繁し。水明らかにして魚影は靜か、林翠にして鳥歌は喧し。何ぞ杏樹の嶺を須(もち)ひずんば、即ち是れ桃花の源なり」と。
十娘の詠ひて曰はく「梅蹊は道士に命(ゆだ)ね、桃澗に神仙を佇(ま)つ。舊き魚は大劍を成し、新しき龜は小錢に類(に)たり。水の湄(ほとり)には唯だ柳を見、池の曲りに且た蓮を生ず。賞心の處を知らむと欲し、桃花は眼前に落つ」と。
五嫂の詠ひて曰はく「目を極めて芳苑に遊び、相ひ將に花林に對へり。露は淨くして山光に出で、池は鮮にして樹影を沈めり。落花は時に酒に泛び、歌鳥惑は琴を鳴らす。是れ時に日は將に夕れなむとし、樽を携へて樹陰に就く」と。
當時、樹上に忽ち一つの李子有りて、官の懷中に落下し、下官の詠ひて曰はく「問ふ李樹、如何ぞ意同じからず、應に主の手の裏に来るべきに、翻つて客の懷中に入れる」と。
五嫂の即ち詩に報へて曰はく「李樹の子(み)、元来是れ偏らず、巧みに娘子の意を知りて、果を擲つて渠が邊に到る」と。
その時、忽ち一つの蜂子の有りて、十娘の面上に飛び上れり、十娘の詠ひて曰はく「蜂子に問ふ、蜂子、太だ情は無し、飛び来たりて人の面を蹈み、欲ふに意は相ひ輕るんずるに似る」と。
下官の蜂子に代りて答へて曰はく「處に觸れて芳樹を尋ね、都盧(すべ)て物花は少く、試みに香處に従ひて覚め、正に可憐の花に値す」と。
眾人皆掌を拊(う)ちて笑む。其の時、園中に忽ち一つの雉有り、下官弓箭を命じて之を射、弦に應じて倒る。
五嫂の笑みて曰はく「張郎の才器、乃ち是れ曹植が天然。今、武功を見、又た、複た子南が夫なり。今、娘子と共に相ひ配するに、天下に惟だ両人有るのみ」と。
十娘の雉を射るを見るに因りて、詠ひて曰はく「大夫は麥隴を巡り、處子は桑間に習ふ。若し一箭の由にあらずんば、誰か能く為に顏を解かむ」と。
僕の答へて曰はく「心緒は恰も相ひ當れり、誰か能く短長を護らむ、一床に両好無く、半醜亦た何ぞ妨へむ」と。
五嫂の曰はく「張郎の長垛を射むは如何」と。
僕の答へて曰はく「且た闕かざる事を得るのみ」と。
遂に之を射、三たび發つて皆繞遮すること齊して、眾人好しと稱す。
十娘の弓を詠ひて曰はく「平生に好みて弩を須し、挽くことを得て即ち頭を低くす。君が把提の快きを聞き、更に五三の籌を乞はむ」と。
下官の答へて曰はく「縮まれる幹は全く到れず、頭を抬げて剰へ大きに過ぐ。若し臍下をして入らしめば、百たび放たば故に籌は多からむ」と。
その時、日は西淵に落ち、月は東嶺に臨む。
五嫂の曰はく「向来、調謔(ちょうきゃく)は處として佳からざる無く、時は既に曛黄(ゆふくれ)にて、且た房室に還らむ。庶はくは張郎、娘子と安(やす)じ置(お)れ」と。
十娘の曰はく「人生れて相ひ見、且た杯酒を論じ、房中は小小にして、何の暇ありては怱怱たる」と。
遂に少府を引ひて、十娘の臥處に向ふ。屏風は十二扇にして、畫障は五三に張り、両頭に綵幔を安んじ、四角に香囊を垂れ、檳榔と荳蔻子、蘇合と緑沈香ありて、織文は枕席を安んじ、亂彩は疊衣の箱にある。相ひ隨つて房裏に入り、縦に羅綺を照らし、蓮花は鏡台に起ち、翡翠は金履に生じ、帳の口は銀虺を裝ひ、床の頭には玉の師子ありて、十重の蛩駏を氈き、八疊の鴛鴦を被り、數個の袍袴、異種の妖嬈、姿質は天に生が有り、風流の本性は饒かにして、紅衫は窄く裹みて小さき臂に擷(くく)り、緑の袂は帖みて亂れて細く腰を纏ひ、時に帛子を將つて拂ひ、還へして和香を投じて焼き、妍華は天性に足り、由来能く裝束して、笑みを斂めて金釵を正しくして、嬌を含みて繡褥を累ね、梁家は妄りに髪を梳づるの緩きを稱ゆて、京兆何ぞ曾て眉の曲を畫かむ。十娘因りて後に在りて、沈吟し久しうして来らず。
余の五嫂に問ひて曰はく「十娘、何處にか去る、應に別人の邀ふる有るなるべし」と。
五嫂の曰はく「女人は自ら嫁ぐを羞じ、方便にして渠が招きを待つならむ」と。
言語の未だ畢らずして、十娘の則ち到る。
僕の問ひて曰はく「旦、来たりて霧を披き香處に花を尋ね、忽ち狂風に遇ひ蓮中に藕を失ふ。十娘、何處に漫行して来たる」と。(注意:蓮は憐と同音、藕は偶の同音)
十娘の頭を廻らして笑みて曰はく「星の織女を留めて、遂に人間に處り、月は恒娥を待ちて、暫く天上に歸る。少府の何ぞ須くも苦(はなは)だ相ひ怪む」と。
その時、両人は對坐するも、未だ敢へて相ひ觸れず、夜は深くして情は急(せわし)くして、死を透りて生を忘る。
僕、乃ち詠ひて曰はく「千たび看れば千たび意は密にして、一たび見(まみ)えれば一へに憐みは深し。但だ當に手子を把りて、寸斬せらるるも亦た甘心(あまむ)ぜむ」と。
十娘の色を斂めて卻(しりぞ)き行く。
五嫂の詠ひて曰はく「他家は事を解るの在りて、未だ肯へて輒(すなは)ち相ひ嗔らず。徑(ただ)ちに須らく剛(た)だ捉り著くべく、遮へぎりて精神(こころ)を造るを莫ささざるを」と。
余の時に手子に把り著き、心の忍ぶを得ず。
又た詠ひて曰はく「千たび思ふて千たび腸(はらわた)は熱く、一たび念ふて一へに心は焦る。若し求守を得るを為さば、暫くも可憐なる腰を借らむ」と。
十娘の又た肯べずて、余は手を捉りて挽くに、両人力を争ふ。
五嫂の詠ひて曰はく「巧みに衣を將りて口を障り、能く被を用つて身を遮る。定めて知るべし心の肯ふこと在るを、方便にして強ひへ人を邀るなり」と。
十娘の聲を失ひて笑ひを成し、婉轉として懷中に入りき。當時、腹裏は癲狂として、心中は沸き亂る。
又た詠ひて曰はく「腰支の一遇を勒(たま)はれば、心中の百處は傷む。但だ若し口子を得れば、餘事は承け望まず」と。
十娘の嗔りて詠ひて曰はく「手子は君に従ひて把られ、腰支も亦た廻すに任す。人家の中る物あらずて、漸漸に他に逼り来る」と。
十娘の曰はく「拒張を作すと雖も、又た他の口子を輸(ささ)げるを免れず」と。
口子は鬱鬱として、鼻はり穿たるが似、舌子は芬芳にして、頰は鑽り破れむかと疑ふ。
五嫂の詠ひて曰はく「自は風流を隱(たのし)んで到り、人前に法用(みずくろひ)多し。時を計るに應に拒み得ねきを、佯り作して他を禁はず」と。
十娘の曰はく「昔日は曾て經に自ら他を弄び、今朝は並びに複た人の弄ぶに従ふ」と。
下官の起ちて諮請うて曰はく「十娘の一つの思ふ事有りて、亦た申論はむと擬ひ、猶は自ら敢へて即ち道(い)はず、請ふ五嫂、處分(とりはから)へ」と。
五嫂の曰はく「但だ道(い)へ、『須しく避け諱むべからず』」と。
余、因りて詠ひて曰はく「藥草は俱に嚐むること遍く、並びに悉く相ひ宜からず。惟だ一箇の物を須でば、道(い)はざるも自ら應に知るべし」と。
十娘の答へて詠ひて曰はく「素(しろ)き手は曾つて捉はふるを經、纖き腰は又た將(きみ)を被ふむる。即ち今、口子は輸(ささ)げ、餘事は平章すべし」と。
下官の頓首して答へて曰はく「向来、惶れ惑ひ、實に畏る参差(かたたがひ)せるを。十娘は客人を憐憫み、其の死命を存らしめば、白骨の再び宍つき、枯樹は重ねて花くと謂ふべし。地に伏し頭を叩き、殷勤に死罪」と。
五嫂、因りて起ちて謝して曰はく「新婦、曾て聞く『線は針に因りて達り、針に因らずして縫はれんや、女は媒に因りて嫁し、媒に因ずは親しみえんや。新婦は向来心を專らにして勾當(とりはからひ)を為せり、已後の事は、敢へて預り知らず。娘子安穩せよ、新婦は房に向いて臥に去らむ』と。
その時、夜は久しく更(よる)は深け、情は急(せま)り意は密なり。魚燈は四面を照らし、蠟燭は両邊を明るくす。十娘の即ち桂心を喚び、並た芍藥を呼びて、少府と與に靴履を脫ぎ、袍衣を疊み、幞頭を閣き、腰帶を掛けしむ。然る後、自ら十娘と綾の被を施(ゆる)め、羅の裙を解き、紅き衫を脫ぎ、緑の袜を去る。花容は目に満ち、香風は鼻を裂く。心は去りて人の制する無く、情は来たりて自ら禁ぜず。手を紅き褌に插み、脚を交わして翠(ひたれ)を被ふ。両唇は口に對へ、一臂は頭を支ふ。奶房の間を拍搦し、髀子の上を摩挲す。一齧一快の意、一勒一傷の心、鼻の裏は痠虎(いきだは)しく、心の裏は結繚れり。少時にて眼は華き耳は熱し、脈は脹(ふく)れ筋は舒(の)ぶ。始めて知るぬ逢ひ難く見難くして、貴むべく重んずべきを。俄頃(しばし)の中間(あひだ)に數(まね)く廻(もど)りて相ひ接す。誰か知らむ憎むべきの病鵲、夜半に人を驚かし、薄媚の狂雞、三更に曉を唱ふ。遂に則ち衣を被り對坐して、泣涙して相ひ看む。
下官の涙を拭ひて言ひて曰はく「恨むる所は別れ易く會ひ難く、去留は乖き隔たらむことを、王事は限り有りて、敢へて稽(とど)まり停まらず。毎に一たび尋ねんと思ふに、痛みは骨髓に深し」と。
十娘の曰はく「兒と少府は平生に未だ展まず。邂逅に新たに交りて未だ歡娯を盡さずて、忽ちに別離せんことを嗟き、人生の聚散、知らむ複た如何かせんことを」と。
因ちて詠ひて曰はく「元来、相ひ識らずは、判めて自ら知聞を断ち、天公の強ちに多事にして、今遣りて為てか分れしむの若し」と。
僕、乃ち詠ひて曰はく「愁を積んで腸は已に断えなんとして、懸かに望んで眼は應に穿りぬべし。今宵は戸を閉じること莫くして、夢裏は渠が邊に向はむ」と。
少時にして天は曉け、已の後、両人は俱に泣き、心中は哽咽(むせ)びて、自ら勝ゆる能はず。侍婢の數人、並びに皆は歔(すすりな)き欷(なげ)きて、仰ぎ視ること能はず。
五嫂の曰はく「同じきこと有れば必ず異なることありて、自ら數(せわし)く然(しか)るを攸(も)つて惜む。樂み盡きて哀み生じるは、古来、常の事なり。願はくは娘子の稍(まさ)に自ら割きて捨てよ」と。
下官、乃ち衣袖を將つて娘子と與に涙を拭ふ。
十娘、乃ち別れの詩を作りて曰はく「別るる時には終に是れ別れ、春心、春に値はざる。羞づらくは孤鸞の影を見、悲むらくは一騎の塵を看るのみ。翠柳は眉の色を開き、紅桃は臉の新なるを亂る。此の時、君の在らざらば、嬌鶯、人を弄び殺せむ」と。
五嫂の詠ひて曰はく「此の時に一たび去ることを經、誰か知らん幾年を隔て、雙鳧は別緒を傷み、獨鶴は離弦を慘く。怨みは起る移酲の後、愁は生る落醉の前。若し人の心を密からしめば、惜む莫れ馬蹄の穿たんことを」と。
下官の詠ひて曰はく「忽ちに然ち別るると道(い)ふを聞き、愁ひ来りて自ら禁ぜず。眼下に千行の涙、腸に懸く一寸の心。両劍は俄に匣を分ち、雙鳧は忽ちに林を異にす。殷勤に玉體を惜み、外人をして侵さしむること勿れ」と。
十娘の小名は瓊英にして、下官、因りて詠ひて曰はく「卞和も山は未だ斫らず、羊雍の地は耕さず。自ら憐む玉子の無きを、何れの日にか瓊英を見む」と。
十娘の聲に應へ詠ひて曰はく「鳳錦は行くに贈るべし、龍梭は久しく聲を絶てり。自ら恨む機杼の無きを、何れの日か文成を見む」と。
下官、瞿然として愁を破り笑みを成し、遂に奴(やつこ)の曲琴を喚び相思の枕を取らしめ、留めて十娘に與へて以つて記念と為す。
因りて詠ひて曰はく「南國は椰子を傳へ、東家に石榴を賦す。聊か將つて左腕に代へ、長き夜に渠が頭の枕とせよ」と。
十娘の報ふるに雙履を以ちて、詩に報へて曰はく「對鳧は乍ち伴を失ひ、両燕は還つて相ひ屬す。聊か以つて兒が心に當て、竟日、君が足を承(うけ)たまはりけむ」と。
下官は又た曲琴を遣はし揚州の青銅鏡を取り、之を留めて十娘に與へ、並びに詩を贈りて曰はく「仙人は負局を好くし、隱士は屢に潛みて觀る。水に映して菱光は散じ、風に臨みて竹影は寒し。月下、時に鵲は驚き、池邊、獨り鸞は舞はむ。若し人の心の變ると道(い)ふものならば、渠に従りて膽を照らし看む」と。
十娘、又た手中の扇を贈りて詠ひて曰はく「歡に合ひ璧水に遊び、心を同じくして華闕に侍す。颯颯として朝風に似、團團として夜月の如し。鸞の姿は霧を侵して起ち、鶴の影は空を排して發つ。希(のぞ)むらくは君が掌中に握り、恩情をして歇かしむこと勿れ」と。
下官の辭謝すること訖り、因りて左右を遣はして益州の新樣の錦一匹を取り、直ちに五嫂に奉り、因りて詩を贈りて曰はく「今、片子(いささか)なる信を留め、以つて佳期に贈るべし。裁つて八幅の被と為し、時に複た一たび相ひ思へ」と。
五嫂は遂に金釵を抽いて張郎に送り、因りて報へて詠ひて曰はく「兒、今、君が別れに贈り、後會の難きを知るを情(おも)ふ。言ふこと莫れ釵意の小なるを、以つて渠が冠に掛くべし」と。
更に滑州に小綾子一匹を取りて、留めて桂心・香兒數人に與へて共に分るる。桂心より已より下、或は銀の釵を脫し、金の釧を落し、帛子を解き、羅巾を施き、皆、張郎を送り白して曰はく「好し去け。若し行李に因みあらば、時に複た相ひ過(よぎ)れ」と。
香兒、因りて詠ひて曰はく「丈夫は行跡に存りて、殷勤に數来を為す。浮萍草と作し、浪を逐ひて廻るを知らざること莫かれ」と。
下官の涙を拭ひて言ひて曰はく「犬馬の何ぞ識る、尚ほ離るるを傷むことを解し、鳥獣の情(こころ)無くも、由に別れを怨むを知る。心は木石に非ずて、豈、深恩を忘れむや」と。
十娘の報へて詠ひて曰はく「他の道はく『愁は死に勝れり』と、兒の言はく『死は愁に勝れり』と。愁は来りて百處を痛ましめ、死し去りて一時に休まん」と。
又た詠ひて曰はく「他の道(い)はく『愁は死に勝れり』、兒の言はく『死は愁に勝れり』と。日夜、心に懸け憶ふに、幾年の秋(とき)を隔だてむを知らむ」と。
下官の詠ひて曰はく「人去つて悠悠として両天を隔て、未だ審らじして迢迢として幾年を度り、使に縦(したが)ひ身を萬裏の外に遊ぶとも、終に歸して意は十娘の邊に在らむ」と。
十娘の詠ひて曰はく「天涯地角、何かなる處か知らむ、玉體と紅顏は再び遇ひ難く、但だ翅羽をして人の為に生じせしめば、會些(かならず)高く飛びて君と共に去かむ」と。
下官の相ひ看ることを忍びずて、忽ち十娘の手子を把りて別る。行きて二三里に至りて、頭を廻らして看るに、數人猶ほ舊の處に立ちて在る。余、時に漸漸にして遠きに去り、聲は沈み影は滅へて、顧み瞻るに見えずて、惻愴として去る。
行きて山の口に至り、舟を浮べて過る。夜は耿耿して寐らず、心は焭焭として托るところに靡(なび)く。既に啼猨にも悵恨にて、又た別鵠に淒傷す。気を飲み聲を吞み、天道人情、別れ有るは必ず怨みあり、怨み有れば必ず盈つ。去りし日は一に何ぞ長く、来たりし宵は一に何ぞ短かき。比目の對は絶へ、雙鳧は伴を失ひ、日日に衣はぎ、朝朝に帶は緩し。口上の唇は裂け、胸間の気は満ち、涙は臉に千行し、愁ひは腸を寸断す。端坐して琴をふれば、涕血は襟に流れ、千の思ひは競ひて起き、百慮は交り侵す。獨り眉を顰めて永く結び、空しく膝を抱えて長吟す。神仙を望めども見るべからず、普く天地、余の心を知り、神仙を思ふて得べからず、十娘を覚るも知聞は断へ、此れ聞かむと欲して腸は亦た亂れ、更に此れを見て余が心を悩ます。

以上、訓じました。
 なお、語句の典拠を調べられる時は個人として『遊仙窟(張文成作、漆山間又四朗訳註;岩波文庫)』や『遊仙窟(張文成作、今村与志雄訳;岩波文庫)』などを参照されることを推薦いたします。また、次の詩文は酒令でも雅飲の遊びでのものですので、表の意味と裏の意味は違います。そこで個別に語字の意味を『漢辞海』のような辞書から確認することを薦めます。
<詩文1>
自憐膠漆重、相思意不窮。可惜尖頭物、終日在皮中。
數捺皮應緩、頻磨快轉多。渠今拔出後、空鞘欲如何。
<詩文2> 
摧毛任便點、愛色轉須磨。所以研難竟、良由水太多。
嘴長非為嗍、項曲不由攀。但令脚直上、他自眼雙翻。
<詩文3>
舊来心肚熱、無端強熨他。即今形勢冷、誰肯重相磨。
若冷頭面在、生平不熨空、即今雖冷惡、人自覚残銅。 (銅は洞と同音)
<詩文4>
尾動惟須急、頭低則不平。渠今合把爵、深淺任君情。
發初先向口、欲竟漸昇頭。従君中道歇、到底即須休。
<詩文5>
平生好須弩、得挽即低頭。聞君把提快、更乞五三籌。
縮幹全不到、抬頭剰大過。若令臍下入、百放故籌多。

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