11年07月04日旧復興省大臣の暴言
ウィキペディア より
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松本龍
松本 龍(まつもと りゅう、1951年5月17日 - )は、日本の元政治家、解放運動家。民主党に所属していた。
福岡県福岡市出身。実家は養祖父の代からの福岡のゼネコンの松本組で、弟が社長である[1]。自身も顧問を務める。
祖父の松本治一郎は、全国を率いて活動し、国家権力の弾圧も受けたが、解散命令にも屈せず、「解放の父」と呼ばれた[2]。
福岡市立馬出小学校から福岡市立福岡中学校・福岡県立福岡高等学校に進む。高校時代は新聞部長を務め、「とにかく時間にうるさいことで有名だった」といわれる[3]。3年浪人して[4]中央大学に入学、法学部政治学科を卒業。弟2人と妹1人[5]おり、父英一は優秀であった次男に国会議員の後を継がせようと考えていたが、1972年10月1日、当時大学1年生であった次男が銀座の路上で心不全を起こして急死したため、長男である龍が父の後を継ぐことになった[6]。
大学卒業後は実家の松本組に入社し、父の補佐、不動産の管理、営業などを担当していたが[7]、30歳の頃、自ら副業として保険の代理店を始めた[8]。傍ら、1980年、父松本英一(参議院議員)の秘書として政治の現場に入る。
政界にて[編集]
1990年の第39回衆議院議員総選挙に日本社会党から出馬して初当選し、以後7回連続当選(現在は福岡1区)。
1996年に社会民主党を離党して旧民主党結党に参加した。日韓議員連盟常任幹事である。国鉄労働組合のJR採用差別闘争に連帯している[9]。
2008年度の国会議員の所得公開で国会議員で圧倒的トップの8億4366万円の所得を得ていたことが伝えられている[10]。
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【私のコメント】
『私は九州の人間ですけん』
バカ言うな。九州の人間はそういう言い方はしない。
昔のことだが、いまだに忘れられない。