奇蹟の一行 | 心に灯をともす物語

心に灯をともす物語

世に埋もれた出来事や名言を小さな物語として紹介します。読者の皆様の心に灯がともれば幸いです。

こんにちは

心に灯をともすおいどんです!





イの貧民街の一角。

女の激しい罵り声が聞こえます。

こっちにおいで泥棒!見せな!何盗んだんだい!

見ると雑貨屋の店先に引きずり出されたのは10歳にも満たない少年。

盗みを働いていました。


これで何するつもりだったんだい?

言いなさいよ!はっ?

詰め寄る女主人。


母さんが・・・。


少年は今にも消え入りそうな声でうつむきます。



その時です。

ちょっと待った・・!

二人の前に現れたのはこの界隈で働く一人の男です。



男は女主人が持っている少年の盗品を見つめます。

それはいくつかの薬でした。

男はうつむいたままの少年を覗き

「お母さんは病気なのか?」と訪ねました。

少年はうつむいたままこっくりとうなづきました。



男はポケットからお金を出すとそのまま女主人へ。

「もうするんじゃないわよ!」

吐き捨てるように言って立ち去る女主人から

薬を受け取ると、男は大きな声で

「おい、野菜スープを!!」

と背後にいた幼いひとり娘に向かって叫びました。



そして娘が慌てて持ってきたスープの入った袋に薬を詰め込むと

男はそのまま少年に手向けます。

ずっとうつむいていた少年は、ゆっくり顔をあげ

袋越しにこの男を見上げます。

まるで睨みつけているようです。



そして袋を掴んだかと思うと全速力で走り去りました。

少年の後ろ姿に優しい目を送りながら無事を祈る男は

すぐそばにあるちっぽけな食堂の主でした。


この男は、大して繁盛もしていないにもかかわらず

この界隈ではとても哀れみ深い人と知られる

心優しい人なのでした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


30年が過ぎます。

初老となった食堂の主人は相変わらず店頭に立ち働き詰めです。

大人になった一人娘も父親と一緒に店を切り盛りしていますが

店は相変わらずぱっとしません。


ある日、物乞いが立っているのが娘の目に映りました。

いつもの光景です。

娘は以前から父の必要以上の憐み深さをうとましく思っていました。

でも、仕方ありません。


「パパ!」と娘から告げられた父親は

いつものように優しい笑みを浮かべ

「これ持ってきな」と物乞いに差し出します。

その時です。

ゆっくりと床に崩れ落ちていく父親の姿を娘の目がとらえたのは。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

緊急入院で一命はとりとめたものの、父は昏睡状態です。


何日も何日も夜通し付き添い、容態を案じる娘に

突き出されたのは、高額の治療費・・・。

792000バーツ。

日本円にして2百万円をゆうに超える大金です。



そんなお金などどこにもありません。

そしてあろうことか

担当医のアルートン先生からの告知が追い討ちをかけます。


経過が良くありません。お父さんを助けるには手術が必要です。


目の前がまっくらになりました。


先生、もう治療費もありません。


あなたにはむごい要求かもしれませんが
医者として見過ごすわけにはいかないのです。



先生の言葉に看病で疲れ果てた娘はやつれ切って言葉も出ません。


費用については当院の会計事務局に相談なさってください。
私からも精いっぱいの配慮がかなうよう伝えますから。



そういう先生に娘は静かに顔を上げ、意を決した様子で告げました。


アルートン先生、お金は何とかします。
ですから万全の手術をお願いします。
父を救ってください!


娘の最後の気力を振り絞った言葉です。


どうなさるおつもりですか?

店を・・・、店を手放します。

店?

はい、もう30年以上も前から細々とやってる食堂です。
いくらにもならないかもしれませんが売るしかありません。



近くにあるんですか?

隣町の2番街の裏に…。

2番街の裏?

そこが貧民街である事はアルートン先生も知っていました……。

が、どうすることもできません。

とにかく医者として全てを尽くすことをお約束します・・・。

そう応えるのが精一杯でした。



貧しい一家の唯一の財産である店を売りに出した娘・・・。

手術は無事成功しました。




疲れ果てた娘が父親のそばで居眠りをしたときのこと。

ふと目を醒ますと手元には一通のメモが置かれていました。

治療費要項と書かれています。



何・・・?

おもむろに目を通すと娘は自分の眼を疑いました。

そこに書かれている治療費総額は手術代含め

「計0バーツ」


792000バーツが消えています。

どういうこと?


そして娘は末尾に書かれた信じられない文字を目にするのです。


すべての費用は30年前に支払い済み。

三つの鎮静剤、及び野菜スープによって。



・・・・・・・・・・・・?


30年前・・・? 野菜スープ・・・?  鎮静剤って・・・?


娘は遠いのあの日に思いを馳せます。

あの時の光景がゆっくりと浮かんできます。


女主人のかん高い怒鳴り声・・・

薬と野菜スープを差し出す父、

うつむいた少年・・・・。

少年?

娘は、はっと顔を上げます。


そして最後の一行を目で追いました。

その瞬間、脳天に稲妻が走り娘の体は震え出すのです。

そこには書かれていたのは

奇蹟の一行だったからです。


今日の名言
心よりの敬意を
    Dr.プラジャーク・アルートン


とめどなく溢れ出す涙・・・。


30年前の遠い記憶に向かって全ての謎が解けていきます。


娘は震える手で神様のメモを抱きしめ

父の枕元で号泣のまま言葉にならない声で云いました。

パパ・・。アルートン先生は、あの時の少年だったわ。



アルートン医師は娘と接し、もしや・・・と調べたのです。

そしてそれは的中しました。

30年前のあの時のおじさん・・・。



少年は、今や

タイ国の貧しい人々に慕われる

憐み深いことで有名な医師となっていたのでした。


幼き頃に授かった恩を人生の糧として

生きていたのです。

        すべての費用は30年前に支払い済み。
        三つの鎮静剤、及び野菜スープによって。
        心よりの敬意を
            Dr.プラジャーク・アルートン


神様のように優しい父・・・。

間もなく目を醒ますだろう。

そして・・・いつかの少年を見て

どれだけ大粒の涙を流すことでしょう。


        <この話はタイのTRUE MOVE社のCM映像を
                       文字に書き下したものです>


               


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