いまカジョリ「初等数学史」(共立出版)を拾い読みしている。
この書の176ページにアラビア人の君主であった、教王アル=マムン(813-833)は東ローマ皇帝との平和条約の条件としてギリシャの写本を多数手に入れたとある。もちろんこれを後でアラビア語に翻訳させたのである。ユークリッドの『原本』やアルキメデスの『球と円柱』が翻訳されたとある。
科学や数学がギリシャで進んでいたという事実を知っていたのであろう。
数学史は普通の私たちの興味を引く分野ではないが、それでも何ほどかの興味ある事柄がある。もっともここで挙げた例は科学の内容とは異なった関心にしかすぎないけれども。
この書の176ページにアラビア人の君主であった、教王アル=マムン(813-833)は東ローマ皇帝との平和条約の条件としてギリシャの写本を多数手に入れたとある。もちろんこれを後でアラビア語に翻訳させたのである。ユークリッドの『原本』やアルキメデスの『球と円柱』が翻訳されたとある。
科学や数学がギリシャで進んでいたという事実を知っていたのであろう。
数学史は普通の私たちの興味を引く分野ではないが、それでも何ほどかの興味ある事柄がある。もっともここで挙げた例は科学の内容とは異なった関心にしかすぎないけれども。