【ギリシア財政破綻】
6/30「産経抄」が「古代ギリシアと今のギリシアは違う」という論説を載せていて、思わず笑った。
http://www.sankei.com/column/news/150630/clm1506300004-n1.html
私は2007/6にギリシアに10日間ほど滞在し、アテネ、ペロポネソス半島、それに日本でいうと大阪に当たる経済都市テサロニキを訪問したことがある。
最初に行ったアテネで完全に失望した。公務員のストのため、パルテノン神殿は閉鎖、ホテル近くの国立博物館も閉鎖。ホテルではクレジットカードでの決済ができず、地下鉄に乗って教えられた両替所に行ったら、雰囲気は西アフリカのコートジボワールと一緒。手持ちの円をユーロに交換したが、当然レートは悪い。
これでギリシアの本質が見えた。「信用システム」が機能していないのである。
地下鉄は切符の改札も車内検札もなく、出口での回収もない。つまり同じ切符が帰りにも使えるということだ。ベルリンやソウルの地下鉄よりもひどい。試しにアテネオリンピック会場の先にあるペイラエウス港まで乗って、同じ切符を帰りにも使ってみたら、なんのトラブルも起きなかった。これでは地下鉄は大赤字だろう。
宿にしている観光ホテル近辺を武装警官が取りまいていて、理由を聞いたら「近くにアナーキストのアジトがある」とのこと。日本ならまずアジトを急襲するけれど。
私はツアー旅行が嫌いだから、現地で一人旅をする。たいていは、タクシー運転手と契約して、滞在中の「家来」にする。英語ができること、現地人との通訳ができることが条件だ。その代わり昼飯は私と同じものを提供する。これは情報収集法でもある。
ペロポネソス半島の旅に雇った運転手は、30代の若者だったが、最後の日、アテネ空港まで送る途中で、こういう質問をしてきた。
「古代にはあれほど輝いていたギリシアは、どうして今のようダメになったのだろうか?」
いささかジョークを込めて、私はこう答えた。
「それはね、BC334年に、アレキサンダー大王が東征軍を発した時に、ギリシア世界の優秀な人物は、軍人も学者もみなそれに付いて行ってしまったからだよ。
優秀な連中はアレキサンダー死後に、エジプト、シリア、小アジア、メソポタミアにそれぞれの王国を建てた。そして誰もギリシアには戻らなかった。」
こう答えた時に、反論はなく、サキス君といった若い運転手が悲しそうな顔になったのを覚えている。
(アレクサンダー王の東征は「イソクラテスの大戦略」を実行したもので、詳しくは私の「誰がアレクサンドロスを殺したのか?」(岩波書店)をお読み願いたい。)
前述の「産経抄」氏も古代ギリシアと現代ギリシアは別ものだという点では、同じことを指摘している。
アテネ民主政治の黄金時代、ペリクレスはデロス同盟の軍資金を金に変えて、パルテノン神殿の神像に金の衣服をまとわせた。備蓄金は対スパルタ戦を遂行するに十分なほどあった。
無給が原則だった政治職に、例外として中流以下のアテネ評議員に日当を支給するように制度を改めたのも彼である。ソクラテスも評議員をやっているから、日当をもらったはずだ。
ペリクレスほどの傑出した指導者を持たないギリシアが、EU加盟後10年にして、借金を重ねたあげく、返せなくて破綻するのは当然だろう。
古代のギリシア人は、奴隷制があったのに、主人はもっと勤勉に働いた。今のギリシア人に欠けているものはそれだと思う。
6/30「産経抄」が「古代ギリシアと今のギリシアは違う」という論説を載せていて、思わず笑った。
http://www.sankei.com/column/news/150630/clm1506300004-n1.html
私は2007/6にギリシアに10日間ほど滞在し、アテネ、ペロポネソス半島、それに日本でいうと大阪に当たる経済都市テサロニキを訪問したことがある。
最初に行ったアテネで完全に失望した。公務員のストのため、パルテノン神殿は閉鎖、ホテル近くの国立博物館も閉鎖。ホテルではクレジットカードでの決済ができず、地下鉄に乗って教えられた両替所に行ったら、雰囲気は西アフリカのコートジボワールと一緒。手持ちの円をユーロに交換したが、当然レートは悪い。
これでギリシアの本質が見えた。「信用システム」が機能していないのである。
地下鉄は切符の改札も車内検札もなく、出口での回収もない。つまり同じ切符が帰りにも使えるということだ。ベルリンやソウルの地下鉄よりもひどい。試しにアテネオリンピック会場の先にあるペイラエウス港まで乗って、同じ切符を帰りにも使ってみたら、なんのトラブルも起きなかった。これでは地下鉄は大赤字だろう。
宿にしている観光ホテル近辺を武装警官が取りまいていて、理由を聞いたら「近くにアナーキストのアジトがある」とのこと。日本ならまずアジトを急襲するけれど。
私はツアー旅行が嫌いだから、現地で一人旅をする。たいていは、タクシー運転手と契約して、滞在中の「家来」にする。英語ができること、現地人との通訳ができることが条件だ。その代わり昼飯は私と同じものを提供する。これは情報収集法でもある。
ペロポネソス半島の旅に雇った運転手は、30代の若者だったが、最後の日、アテネ空港まで送る途中で、こういう質問をしてきた。
「古代にはあれほど輝いていたギリシアは、どうして今のようダメになったのだろうか?」
いささかジョークを込めて、私はこう答えた。
「それはね、BC334年に、アレキサンダー大王が東征軍を発した時に、ギリシア世界の優秀な人物は、軍人も学者もみなそれに付いて行ってしまったからだよ。
優秀な連中はアレキサンダー死後に、エジプト、シリア、小アジア、メソポタミアにそれぞれの王国を建てた。そして誰もギリシアには戻らなかった。」
こう答えた時に、反論はなく、サキス君といった若い運転手が悲しそうな顔になったのを覚えている。
(アレクサンダー王の東征は「イソクラテスの大戦略」を実行したもので、詳しくは私の「誰がアレクサンドロスを殺したのか?」(岩波書店)をお読み願いたい。)
前述の「産経抄」氏も古代ギリシアと現代ギリシアは別ものだという点では、同じことを指摘している。
アテネ民主政治の黄金時代、ペリクレスはデロス同盟の軍資金を金に変えて、パルテノン神殿の神像に金の衣服をまとわせた。備蓄金は対スパルタ戦を遂行するに十分なほどあった。
無給が原則だった政治職に、例外として中流以下のアテネ評議員に日当を支給するように制度を改めたのも彼である。ソクラテスも評議員をやっているから、日当をもらったはずだ。
ペリクレスほどの傑出した指導者を持たないギリシアが、EU加盟後10年にして、借金を重ねたあげく、返せなくて破綻するのは当然だろう。
古代のギリシア人は、奴隷制があったのに、主人はもっと勤勉に働いた。今のギリシア人に欠けているものはそれだと思う。