安全保障について少し詳しい人ならシャングリラ会議という名前を聞いたことがあるかもしれない。正式にはアジア安全保障会議(Asia Security Summit)という。世界各国の国防大臣などが毎年、シンガポールに集まり、アジアの安全保障について意見交換をする場である。2014年には安倍晋三首相も参加した。筆者も初めて招待されたので、心から喜んで参加し、インドの国防大臣に質問する機会も得た(写真1、注1)。

 そこで本稿では、会議において何が焦点になったのか、特に日米印の急速な接近に焦点をおき、日本にとっての意味について報告する。

 

日米印3か国の協力関係が際立った

 今年の会議は6月3~5日に開かれた。焦点は3つ。1つ目は、米国が中国に対し国際ルールに従うよう要求し、中国が激しく反論した点である。

 アシュトン・カーター米国防長官は、以下の点を強調した。

  • 米国はまだ軍事的に強く、地域で重要な存在であること
  • ルールを定め、そのルールの違反者は取り締まるシステムを米国が主導して構築しようとしていること
  • 中国が南シナ海で進めている人工島の建設はルール違反であること

 そのうえで、中国に対し、南シナ海の問題を国際法廷で解決しようとするフィリピンの努力に応じるよう求めた。これに対し中国側は、問題が軍事化しているのは米国のせいだと強調するとともに、フィリピンを激しく非難した。

 2つ目はロシアが米国を非難したことである。北朝鮮の核ミサイルを迎撃するために、米国は韓国においてミサイル防衛システムの配備を進めている。この米国の動きに中国は強く反対。ロシアも、中国のこの立場を支持してミサイル防衛反対を唱えた。ロシアの態度は、昨今進むロシアと中国の安全保障上の接近を示している点で興味深い。

 そして、3つ目が本題だ。今回の会合の焦点は日米印3か国の協力関係が特に際立った。これは注目すべき動きだ。このシャングリラ会議は15年目を迎えるのだが、これまでインドにはあまり焦点が当たってこなかった。ところが今年は、インドの国防大臣が出席。日米や東南アジア諸国の国防大臣たちもインドの役割について再三言及し、インドが注目を集める会合となった。

 

海洋安全保障をめぐって宇宙空間でも競争が起きている。映画のスターウォーズほど派手ではないが活発な動きだ。今月、東京で「安全保障分野における日米宇宙協議」が行われた。先月は米国とインドが宇宙利用に関する協議を行い、海洋安全保障についても話し合った。

 特にインドは具体的な動きを進めつつある。南シナ海を囲むベトナム、ブルネイや、インドネシアにも衛星追跡局(厳密には、データ受信追跡テレメタリー局)を設置する計画だ。すでに1月、ベトナムの施設は完成した(図1参照)。

 こうした動きは何を意味しているのだろうか。それは地域の安全保障情勢、そして日本の国益にとってどのような意味を持つのか。本稿は、海洋安全保障と宇宙空間のかかわりと、特にインドが進める宇宙利用に焦点をおき、日本の国益について考察する。

図1:インドが衛星追跡局を整備しつつある国々(オレンジ色)

 

出所:筆者作成(インドは、インド洋のモーリシャス、アンダマン・ニコバル諸島=インド、東南アジアのベトナムのホーチミン市、ブルネイ、インドネシアのビアク島、南太平洋のフィジーに、衛星追跡局を設置する)

 

海洋安全保障と宇宙空間が交わる3つ交差点

 このトピックを考える際に、まず気になるのは、そもそも宇宙が海洋安全保障にどうかかわるのか、ということだ。一見すると明確ではないかもしれない。しかし、実は大きなかかわりが出始めている。それは大きく3つに分かれる。南シナ海を例に説明しよう。

 1つ目は、南シナ海で何が起きているかを知るために宇宙が活用されている。例えば、南シナ海で中国が進める人工島建設や対空ミサイルの配備動向を把握するため、米国の戦略国際問題研究所(CSIS)は人工衛星を使った画像を利用している。南シナ海のように、人があまり住んでおらず、周辺各国のレーダー網の整備も十分でない海で何が起きているのか把握するには、衛星の力に負うところが大きい。

 2つ目は、自分がどこにいるかを把握すること。中国が建設している人工島から12カイリの海域に米国が軍艦を航行させる場合、衛星を利用した位置測位(GPS)システムが有用だ。

 3つめは通信である。状況をいち早く届けるのに衛星通信を使用するのである。衛星通信は妨害されづらく、軍事用には最適だ。

 

日米印航空共同演習 1950年代インド独立以来

9月末、日米印3カ国の外相会談が行われた。初めてのことだ。この10月には日米印海上共同演習も実施される。さらに、来年にはインドで日米豪印中韓ロとASEAN(東南アジア諸国連合)に加盟する10カ国すべてが参加する共同演習を実施する予定だ(注1)。それぞれ日本の海上自衛隊と、陸上自衛隊が関わる演習になる模様である。

 こうなれば、次に注目されるのは航空自衛隊の動きだ。中国のメディアが、日印による航空共同演習の可能性を報じている(注2)。中国は気にしているようだ。これまで日印間では、航空自衛隊とインド空軍との間で輸送機部隊の交流、テストパイロットの交流などを実施することで合意している。もし日印間で航空共同演習が始まるなら、それはとても意義あるものになろう。

 具体的にどのような意義があるのか、それは日本の国益にどうかかわるのだろうか。本稿で検証する。

(注1)“US, China to be part of Indian Army's largest joint drill in Pune next year”, (The Economic Times, 27 Sep, 2015)

(注2)“Indo-Japan defence ties 'dangerous' for Asia: Chinese expert” (The Economic Times, (The Economic Times, 5 Aug 2015)

対中戦略上有効

 日印で空軍連携することは日本にとってどのような利益があるのだろうか。少なくとも3つ考えられる。戦略上の利益と、戦術上の利益、そして武器輸出上の利益だ。

 まず戦略上の利益について。日印が航空共同演習をすることは、特に対中戦略上の利益がある。中国を対象とした空軍のミリタリーバランスに、影響を与えるからだ。

 最近の中国軍の動向をみると、海空戦力の近代化が中心になっている。そのため、中国軍の新型戦闘機の数は、2000年の125機から2015年の1000機弱にまで増加している(注3)。同じ定義に基づけば、日本は170機から300機弱になっただけだ。この数字からわかるのは、年々、日本だけで中国空軍と対峙するのは大変になりつつあること。そして、将来はもっと大変になることだ。

 そうなるとまず、日米同盟の重要性が高まる。しかし、それだけでは不十分かもしれない。米国のランド研究所の分析では、中国は弾道ミサイルを使って沖縄の嘉手納基地を16〜43日の間、使用できない状態にすることができる(注4)。短期決戦なら、中国は米国の動きを封じることができるのだ。中国はこのようなミリタリーバランスを背景に、強気の外交を展開してくるだろう。

・インドとベトナムが400年の因縁中国を撤退させた方法

中国が南シナ海における7か所で飛行場などを建設していることが問題となる中、5月中旬、4隻のインド海軍艦艇が3カ月にわたる航海に出発した。南シナ海でシンガポールと共同演習を行い、インドネシア、タイ、マレーシアそしてベトナムを訪問してオーストラリアに向かっている。6月15日にオーストラリアのパースに到着する予定だ。インド海軍が遠洋海軍として、乗員の練度も含め、東方面へ展開する能力を高めていることを示している。

 この訪問に象徴されるように、インドが南シナ海地域で一定の影響力を持ちつつある。特にインドとベトナムの関係は注目である。2014年5月にインドでナレンドラ・モディ政権が誕生してから約1年、この間にインドの大統領、外相、国家安全保障顧問がベトナムを訪問している。ベトナムの最高指導者である共産党中央委員会書記長、首相、国防相も訪印した。インドとベトナムの関係は、この1年だけ見ても明らかに進展している。

 5月末から6月にかけてアシュトン・カーター米国防長官も印越両国を訪問した。印越関係は、アメリカも注目する関係になっている。

 なぜインドとベトナムの関係は進展しているのか。そこに、日印の連携を深めるためのアイデアが隠れているのではないか。そこで本稿は、両国がいかにして連携を深めているか、その方法について検証する。

 

中ソが対立する中、ソ連についた仲

 インドとベトナムの関係が親密化したのは、1970年代末にベトナムがカンボジアへ侵攻した時にさかのぼる。当時カンボジアはポルポトが支配しており、多くの国民を殺しただけでなく、ベトナムの農村にも攻撃を仕掛けた。だから、カンボジア国内で反乱が起きたのを契機に、ベトナムはカンボジアへ軍を進めたのだ。

 その時、東南アジアの多くの国は、ベトナムを非難し、ベトナムは孤立した。しかし、インドはベトナムを支持した。当時は中国とソ連が対立していた時期だ。ポルポト政権の後ろ盾は中国であり、ベトナムやインドの後ろ盾はソ連だった。だから、インドはベトナムを支持したのだ。