『君戀しやと、呟けど。。。』

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『ともしび』第六章 その弐

2018-06-22 00:01:13 | 小説『ともしび』
第六章 その弐

 清夜(せいや)が東京にきて二年半になろうとしている。
 来年の春には進学だ。彼奴は私大を希望しているから、まだお金はかかる。
 父にとって実家は大事なのだろう。何でも、すぐに頷いてしまう。特に祖母に頼まれると嬉しいんだろうな。あとになって聞かされる母がよく困っている。それを母は文句ひとつ言わずに遣り繰りする。
 しかし、それと今回の問題は別だ。
 大学院に進んだ京音(けいと)は、まだ学生だ。冬休みはバイトをすると言っていたが、今夜はどうだったろう。
 就活に突入していた月斗は夏には希望の会社から内定通知をもらって、比較的気楽な大学生活の最終学年を過ごしてした。
 どこか外で待ち合わせ、話をしたいと思った。とりあえず電話をかけてみる。出なかったので、またかけようかと思っていたらコールバックされた。

 二人で出かけて行ったのは、某チェーン店の居酒屋だった。
 ただ学校帰りで、とりあえず食べようと二人で普通に食事をとった。京音が適当に頼んでくれて、飲み物を聞いてくれる。酒は後で良い、と言うとウーロン茶を頼んだ。最後に、他にあるかと聞かれるが食べたいと思うものはすでに注文されている。
 俺ら、好みがそっくりだなと、こんな時つくづく感じる。

 そして話を始めた。
 京音もいろいろと考えていることはあったようだ。
「学費のこと、母ちゃんと話したことある?」
「当たり前だろ。どんだけかかると思ってるんだよ」
「そうだよね」
 月斗(つきと)は自分の名前の通帳をもらったが、京音の学費の話を聞いたことはない。保険金がない京音は、貯金してたんだろうな。あとは日々の給料から出すということか。奨学金を借りたという話も聞かないし、結局母が遣り繰りしているのだろうけれど。
「叔父さんには保険金かけてなかったのかな」
「保険金?」
 京音は少し驚いたように繰り返した。
「俺はさ。死んだ親の保険金があったんだ。それを清夜と半分ずつ分けたって聞いてて、実際に通帳を見せてもらった」
 実際に、三冊あった通帳のうち一冊を、大学入学の時にもらった。
 すると、そうだったのかと京音が呟く。
「じゃあ、清夜の分もあるんだよな。どうして今になって学費が払えないなんて言ってきたんだろう」
「高校までなら安いけれど、私立大になると金額が高くなるってことかな」
 互いに考え込んでしまったところで、料理が届き始めた。温かいものは温かいうちに食べる、と京音が母ちゃんの口真似をして食べ始めた――。

「おばあちゃんも入院したんだもんな。今度、話を聞きに行こうか」
 京音は母ちゃんの苦労を助けてやりたいって、いつも思ってる。それは自分も同じだ。マザコンだって自覚あるし。
「俺たち、母ちゃんを親にもって、すごくいいことと悪いことの両方があるよね。ゼミの奴には理想高過ぎって言われたよ」
 そう言ったら、京音が高笑いした。そして、確かになと納得している。
「向こうは年金もあるし、月斗たちのご両親の保険金もあるんだろ。援助を頼まれるって変じゃないか」
「やっぱり行こうよ。伝言ゲームじゃ伝わらない。いざとなったら、俺の保険金もあるし」
「駄目だ!」

 えっ?
 京音の強い否定の言葉に、思わず続く言葉を飲み込んだ。
「保険金は、月斗の亡くなったお父さんとお母さんからの命の贈り物だ。ちゃんと分けたんだから、それは自分の為に使わなければ駄目だ」
「ケイちゃん……」
「保険金じゃなくて、俺たちのバイト代で助けられる分だけだ。それで母ちゃんを助ける。向こうの為じゃない」
 京音の言葉は静かで、確かだ。そして向こうの家には言う必要はないし、清夜に言うこともないと言う。
「大人の世界の話に、子供の代が首を突っ込んじゃいけないんだ」
 彼は、そこまで話して言葉を切った。何を言われたのか、頭の中で整理をして納得する。
「分かった」
 分かり易くて、とても重い話だった。記憶ではなく、写真の顔しか知らない両親を思う。

 命か。
 命じゃ、簡単にはあげられない。ただ、こんな風に考えてくれる京音になら、使っても後悔しないと分かってる。

 清夜には事情がはっきりするまで黙っていることにした。
「ね。母ちゃん、呼ぼうよ」
「ここにか?」
「だって、まだ早いだろ。メール入れておけば、仕事終わったら見てくれるでしょ」
 京音は少し考えて時間の確認をしてから、送ろうかと返してきた。
 清夜には可哀想だが、こういうことも必要だ。あいつは今まで一人きりで食事をしたことがないんだ。
「清夜にも連絡しよう」
 あ。やっぱり先に言われた。
「うん」
 ところが電話に出ない。
「メールしておくよ」
「来るって言わないか」
「ケイちゃん、優し過ぎだよ。一人で食べてろってメールする」
 京音は少し驚いたような表情をすると、お前でもそういうこと言うんだ、と呟いて微笑む。
「あいつは甘え過ぎ。もう高校三年だ。自分で何とかすることを覚えなきゃ」
 そう言い切ったら、京音はまた笑った――。

To be continued. 著作:紫 草 
 
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