『君戀しやと、呟けど。。。』

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『溺れゆく』その弐拾切

2018-03-27 07:17:01 | 小説『溺れゆく』
カテゴリー;Novel


その弐拾切

 波の音と風の音。そして汐の香り。
 無理矢理、下りてきたテトラポットの上で真帆の足は竦んだ。

 前の時は簡単だったのに。
 何も考えず目を閉じて足を踏み出せばいい。そうすれば重力は、真帆を海へといざなっていく。
 しかし今の真帆には、それができない。あの時の水帆の言葉が蘇る。
『全く何度、同じ目に遭わせれば気が済むんだ』
 思えば、目覚めればいつも水帆がいてくれた。それは、どんなに幸せなことだったのだろうか。

 その時だった。
 波と風の音に混じり、何かが聞こえてきた。
 顔を上げると、自分も乗ってきたその船に水帆の姿が在る。

 いた。
 やっと逢えた。

 涙がどっと溢れてきた。
「水帆」
 聞こえないかもしれないけれど、改めて真帆も大声で叫ぶ。
「水帆~!」

 両手を振る彼の隣に、思いがけない人が立っていることに気付いた。
 どうして、あの人がいるの?
 でも水帆の様子に異変はない。
 まだ何も知らせていないのに、水帆はもう知ったのだろうか。
 自分たちの秘密を――。

 船を降り、真帆のいた辺りに急ぐ。
 精一と現れた水帆を真帆は心底驚いた表情をして見ていた。
 何から話していいのか、言葉はすぐには見つからない。
 ただ見ていた、真帆の顔を。そして真帆を見ている、水帆の顔を。

「おかえり」
 結局、水帆が最初に口にしたのは、そんなありふれた言葉だった――。

To be continued. 著作:紫 草 
 


HP【孤悲物語り】内 『溺れゆく』表紙
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