東アジア歴史文化研究会

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習近平の「独裁政治」は中国の脅威を世界全域に与える 絶対権力は絶対的に腐敗するのが歴史の鉄則(宮崎正弘国際ニュース早読み)

2018-03-02 | 中国の歴史・中国情勢
「レーニンは一党独裁を制度化し、個人に独裁権力が集中しないように『制度』を最も重視し、集団指導体制を唱えた。これが所謂『レーニン主義』であり、スターリン死後のソ連でどうやら実現するにいたった」(『サウスチャイナ・モーニングポスト』、2018年3月1日)。

こう書き出したのは、ディビット・シャンボー(ジョージ・ワシントン大学教授)だ。シャンボーと言えば、キッシンジャー、ボーゲルと並んでアメリカ人の「親中インテリの三羽がらす」とも言われたが、習近平の登場に前後して中国に絶望し、以後、中国批判の先頭を切った。その追いをしたのが「私は中国の騙されていた」といったマイケル・プルスベリー等である。

ソ連の集団指導性に安定が見られると、政策的な分析も可能となり、次にソ連が何をやらかそうとしているかも予測しやすい環境となった。それを横目で見ていた毛沢東は逆の路線に走った。毛沢東は党官僚を嫌い、軍の近代化を呪い、独裁に邪魔な制度を破壊させるために紅衛兵をして劉少奇ら「走資派」を失脚させ、つぎに軍の主導権を握った林彪が邪魔となってきたので粛清した。

毛沢東は官僚、インテリが嫌いだった。中国は文革の十年で文明を後退させた。

独裁皇帝・毛沢東の死後、同じくレーニン主義に基づいた集団指導性を重視し、権力の制度化に邁進したのはトウ小平だった。トウ小平は制度の確立と安定化を目指し、共産党総書記と国家主席とを分離し、さらには国務院に経済政策の主導権を付与し、中国的社会主義市場経済という人類未踏の実験に乗り出した。

爾来、四十年を経て、習近平は、この官僚的な団派の制度、党の集団指導体制を破壊し、安定的システムを、不安泰なものにしかねない独裁政治を志向しはじめた。

▲歴史の教訓に学ばない習近平の独裁体制の弱点

集団指導体制を表面に唱いながら、政敵を『反腐敗』の名の下に次々と粛清し、次世代指導者となりそうなリーダーも失脚させ、軍からは百名の「将軍」とおよそ4000名の幹部を粛清した。

除才厚、郭伯雄ら江沢民派軍人を血祭りに上げ、旧瀋陽軍区と蘭州軍区に連なる軍人脈、党官僚を左遷し、自らが信頼する旧南京軍区の軍人を片っ端から抜擢して周りを固めた。

ついで最大の潜在的となりそうな「団派」を標的に照準を定め、孫政才を失脚させ、胡春華を閑職に追いやり、李克強首相からは経済政策の決定権を取り上げた。そのうえで、全人代を召集し、憲法を改悪、任期延長を画策する。かれは2023年まで「皇帝」を続ける腹づもりだ。

ネット上に巻き起こった反対論を監視団を使ってすべて削除させ、軍には「いつでも戦争ができる準備をせよ」と緊張を醸成した。かくて習近平の独裁体制は確立間際である。

しかし、「絶対的権力は絶対的に腐敗する」という歴史の業を、次にかれはいかにして克服できるのだろうか?

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