梨木香歩さんのデビュー作『西の魔女が死んだ』。これまでに3つの版が出ているロングセラーです。いちばん有名なのは新潮文庫でしょう。小学館文学賞、児童文学者協会新人賞、新美南吉文学賞を受賞している作品。この春に出版された愛蔵版をご案内します。

アップ左側が楡出版発行の初版。挿絵は長新太さん。この本には思い入れがあります(リブログした過去の記事に書いてあります)

 

2017年4月発行

hoshi* 収録作品

西の魔女が死んだ 新潮文庫版

ブラッキーの話 「ひろがる言葉 小学国語6上」(2011年)を改稿

冬の午後 「ネバーランド」Vol.11(2009年)を改稿

かまどに小枝を 書き下ろし

 

2001年1月発行

hoshi* 収録作品

西の魔女が死んだ

渡りの一日

 

「西の魔女が死んだ」と、タイトルと同じ文章ではじまる物語。

「西の魔女」とはまいのおばあちゃんのこと。英国人です。まいは母親とおばあちゃんの住む山の中の家に向かう車中で、二年前の季節が初夏へと移り変わるちょうど今ごろ、おばあちゃんと過ごしたひと月余りのことを思い出します。

中学に入学し、とあることをきっかけに学校に行けなくなったまいが、おばあちゃんと過ごす中、おばあちゃんはまいに「魔女は本当にいた」という話をします。おばあちゃんの祖母のエピソードを語り、まいは魔女になるための基礎トレーニングを始めます。

 

魔女になるための必須条件とは、「自分で決める」ことに尽きるというのがなんといっても印象的。

まいはおばあちゃんといっしょに野いちごのジャムをつくり、たらいとなべでする洗濯。まいはその他に自分で毎日秘かに実行すると決めたことをやります。

 

魔法や奇跡を起こすのには精神力が必要。おばあちゃんの言う精神力とは、やみくもにがんばる根性みたいなものではなく、正しい方向をきちんとキャッチするアンテナをしっかりと立てて、身体と心がそれをしっかり受け止めること

 

その他にも印象的なのは

●上等の魔女ほど、外部からの刺激に反応する度合いが低い

 

●魔女は十分に生きるために、死ぬ練習をしている

 

●魔女は自分の直感を大事にしなければなりません。でも、その直感に取りつかれてはなりません。そうなると、それはもう、激しい思い込み、妄想となって、その人を支配してしまうのです。

 

まいは自分でも感じ取ります。お隣に住むゲンジさんの言動で不快になるには止めようがなかったとき… 

●自身を支配するような感情が生じないように、自分でコントロールできるようにならないといけない。魔女修行とはそういうものなのだから。

 

まいに限らず、読者であるわたしたちすべてに魔女修行は有効です。だからこそ、この物語に惹かれるのかもしれません。

 

祖母と孫の時間というのは、限られている。それは仕方のないこと。だからこそ濃密になります。おばあちゃんとまいが死について話したときの会話です。

「おばあちゃんが死んだら、まいに知らせてあげますよ」

と、おばあちゃんは軽く請け合った。

「ええ? 本当?」

まいは一瞬喜んだが、すぐにきまり悪そうに、

「あの、でも、急がなくても、わたしはただ……」

おばあちゃんは、珍しいことに大声で笑った。

「わかっていますよ。それに、まいを怖がらせない方法を選んで、本当に魂が身体から離れましたよって、証拠を見せるだけにしましょうね」

「お願いします」

まいは深々と頭を下げた。

「でも、わたし、おばあちゃんだったら幽霊でもいいな。夜中にトイレに行くとき以外だったら」

「考えときましょう」

おばあちゃんはにやりと魔女笑いをした。 

この会話が、クライマックスにつながります。

 

もうひとつの版は小学館発行で楡出版の新装版。

1996年4月発行

 

残念なことに、クライマックスのおばあちゃんのことばと、最後の2行の表記が変わっています。普通の文として組み込まれてしまっているのです。初版ではそのことばのみ、1ページを割いて書かれていて、最後の2行も本文と離れています。その表記があってこそ、感動がぶわっというふうに押し寄せるのですが…

 

新潮文庫版では初版のようにページが組まれています。よかった…ドキドキ

 

日本語を自在に操るおばあちゃんですが、まいとのやりとりで英語で答える決まり文句。これもまた、とても素敵です。

「おばあちゃん、大好き」 「アイ・ノウ」

知っていますよ、と応えるそのパターン化されたやりとりは、仲間同士の秘密の合言葉のようだった。

もうひとつ、英国人っぽいところをまいに教えてもらいましょう。

おばあちゃんには誰はばかることなく身内をほめるところがあった。そして、自分がそれを誇りにしていると、まるで植物に水を遣るかのように、さりげなく伝えるところも。

愛蔵版を読んだのを機に、初版本も読み返し、さらに2冊を読み比べてみました。表記が変わったり、加筆されていたり、おばあちゃんが言うことばが違っていたりします。今回の愛蔵版がまさに「完成型」。

 

愛蔵版に同時収録されているストーリーが3つあります。

おばあちゃんの家でかつて飼っていた犬とママ、幼いまいとのエピソードを描いた「ブラッキーの話」、本編で書かれていた、まいとおぱあちゃんの家にいる雄鶏とのやりとりを描いた「冬の午後」、おばあちゃんのモノローグ「かまどに小枝を」。すべてが合わさってひとつの世界を作っています。

 

まいと同じ世代も、まいの母親世代も、そしておばあちゃんに近い世代も…つまりはほとんどオール世代に響く物語です。
 

2008年には映画化もされています。

何度読んでも、いい。そんな作品にはそうそう出会えるものではありません。わたしにとって『西の魔女が死んだ』はそんな作品です。

 

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