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 最近、back numberというバンドにハマっている。ラブソングなどマジメに聞いたのは十年ぶりくらいになるだろうか、良質の詩とメロディが、意外な程すんなり入ってきて驚いている。今回はそんな青春の歌を聴きながら、福本伸行先生の作品から伊豆の寂れた旅館が舞台となる「春風にようこそ」のラスト2話、寒三と白雪の人情恋愛噺について書きたい。

 男は寒三、年齢は32歳。家族以外の唯一の従業員で、手取り8万。おそらく
ボーナスなど無いだろう。さらに24時間勤務と、究極の対応を続けている。女は白雪。春海家の長女で婚期を逃した26歳という設定。本書の初版は1996年と20年も前になると、適齢期が今よりちょっと早い時代も見えてくる。一流企業勤めの宿泊客を狙って、撃沈する様子も描かれているが、後半にかけてステイタスなど重要ではなく、例えば夜の散歩で一晩中一緒にいても楽しい人と結婚したいと語るようになる。

 転機は巻の最後で訪れる。伊豆の観光を仕切るホテルによる春風買収と、ホテルの
二代目からアプローチされる白雪。降って湧いた話の最中、自身の処遇について足を引っ張りたくないと寒三は一通の手紙を残して姿を消す。そこには「十三年、本当にしみるように幸せな日々でした。そして白雪さんのことが好きでした。」と、白雪の心を動かすには十分な言葉が綴られていた。たまらず駆け出す白雪、迎えに来てくれることを信じていた寒三に追いつき、抱きしめ合って歩み始めるカットで締めている。福本漫画の旧作には、こういった晴れやかなハッピーエンドが時折出てきて、実に良い気分になれる。

 隣に君がいてくれる、そんな何気ない喜びを伝えられるヒロイン。「君がいい」という言葉は、互いに
一番自然だから、という理由に尽きるであろう。多少ボロッちくても、いつも笑っていて、肩肘張らず、飾らない二人。寒三と白雪は素敵なカップルだと思う。人情とはまさにプライスレスな価値観であることを体現し、【人が人を想い、その人のために決断すること】 と教えてくれた物語である。(リンカーンは共感してくれるかな) 春めいてきて風が心地よくなった季節、いいテーマがあったことに感謝している。

<発行日>
 1996年8月27日
<著者>
 福本伸行 (敬称略)
<発行所>
 竹書房