迷悟について1 2017年10月07日 | 法理 迷いや悟りということを問題にするということは、現在の自分の 気持ちに乱れがあり、その気持ちに乱れがあるということを問題 にしているからです。 考え方をああでもない、こうでもないと言えばきりがないのです。 ですから、そんなものを一切問題にしないで、そういうふうに 問題にしようとするその主体を離してしまえばよいのです。 「不変不動」というお示しがあります。 問題にする「主人公」を離してしまえば、始めからもう永久に 変わらないのです(不変)、永久に不動なものです。 « 不安と安心2 | トップ | 迷悟について2 »
2 コメント コメント日が 古い順 | 新しい順 ありがとうございます (峯松敏春) 2017-10-07 18:51:15 しばらくモヤモヤした中におりましたが、この記事に出会うことで大きな気付きがありました。胸元から照らし出された影絵に怯えていた様で。怯えていた対象も、主人公も、何処へやら。ありがとうございます(^-^)v。感謝、感謝です。 Re:ありがとうございます (山里の和尚) 2017-10-07 18:54:32 ありがとうございます。引き続き読んでいただけると幸いです。 規約違反等の連絡 コメントを投稿 ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。 名前 タイトル URL ※名前とURLを記憶する コメント ※絵文字はJavaScriptが有効な環境でのみご利用いただけます。 ▼ 絵文字を表示 携帯絵文字 リスト1 リスト2 リスト3 リスト4 リスト5 ユーザー作品 ▲ 閉じる コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。 コメント利用規約に同意する 数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。 コメントを投稿する
胸元から照らし出された影絵に怯えていた様で。怯えていた対象も、主人公も、何処へやら。
ありがとうございます(^-^)v。
感謝、感謝です。
引き続き読んでいただけると幸いです。