澪と共に約束の郷土館に現れた中年女性は、なんとしのまい本人だった。

「全てを・・・お話します・・。」

 戸惑う二人を前に澪が重い口を開いた・・。


[登場人物]

キョーコ(菊田京子):道東の廃屋に40年前の日記を残した少女。

しのまい:キョーコの姉。イノセントなこころの持ち主。

白河:廃墟探検家。廃屋の日記を本人に返すべく現在のキョーコを追う。

サブ:情報屋。キョーコを追うため白河と行動を共にする。

澪:廃墟好きが高じて白河の押しかけ弟子となった女子大生。



「新聞の記事(第10話参照)は、お読みいただけましたか?」

 澪が静かに訊いた。白河は黙って頷いた。
列車-1
「3月30日。母娘にとって、それが初めての北海道旅行でした。ええ、父親の死後、自らの幸福を捨てて女手一つで娘を育て上げた母親。北海道旅行は、成人した娘からその母親への生まれて初めてのプレゼントだったんです。」

 白河の眉がわずかに上がったが、何も言わなかった。

「ごめんなさい。まずは母親・・いえ、その女性の話からはじめないといけませんね。」

 澪が寂しげに微笑んだ。


車内-2
「時は昭和56年の7月に遡ります。
 東京都昭島市。西武新宿線の終着駅である拝島駅で、一人の少女が警察に保護されました。少女は最終電車の座席で身じろぎもせずに宙を見つめているところを駅員に発見されました。
少女には・・・・」

 サブがごくりとつばを飲んだ。

「・・少女にはそれまでの記憶がありませんでした。
 保護当時の少女の年齢は推定18歳。色白で目鼻立ちの整った美しい女性だったといいます。所持品は僅かなお金が入った財布と、リュックの中になぜか書きかけの日記帳が一冊だけでした。」


ぼけ2016-11-11
 突然出た“日記”というキーワードに、白河の肩が思わずびくりと反応した。

「・・彼女の記憶を取り戻すべく、様々な医療上の措置がなされましたが、結局彼女の記憶が戻ることはありませんでした。
 しかし、記憶喪失の原因については、彼女を診断した医師たちの見解は一致していました。おそらく今まで彼女は長らく精神的に過酷な環境下にあり、壊れかけた自我を守るために潜在意識が彼女自身の記憶を奪ったのだ、と。
 警察も彼女の身元について調査の手を尽くしましたが、残念ながら所持品からも目撃証言からも彼女の身元は判明しませんでした。・・・ただ一つ ~これは日記の記載からわかった事ですが~ 彼女の名前が“キョーコ”であることを除いて・・」

「何だって!!」

 サブが叫んだ。その声の鋭さに怯んだしのまいが思わず一歩下がった。白河は小さく首を振りながら無意識のうちに襟元に指を入れネクタイを引き下げた。


部屋-1
 理由も知らされないままの突然の夜逃げとその後の逃亡生活。年頃のキョーコにとってそれは、耐え難く過酷な現実だったに違いない。そんな彼女の心が、現実逃避の末に自らの記憶を消し去った・・・にわかに信じがたいことではあるが、決して考えられないことではなかった・・。

 しかし・・

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