韓流時代小説 国王の契約花嫁~黒一色の彼は王様より義賊に見える―精悍な美男ぶりに時めいて | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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小説 国王の契約花嫁 ~最初で最後の恋~

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ひとめ惚れから始まった「契約結婚」。この夫婦関係に未来はあるのか?

国王と「契約結婚」した少女か辿った運命とは?~ある日、町中の古書店で出逢った青年と両班の令嬢ファソン。その青年も上流両班の子息らしく、何と今、都でり大流行の小説「春香伝」の続編を書いているというが―。

「王妃の中の王妃」と後に讃えられた仁貞王后の少女時代。

 

本編最終話【後編】

  永久花~とこしえばな~

 

 

「待ってろ」
 カンは器用な手つきで窓に填った桟を外している。小さな鋸状のもので切断したかと思うと、瞬く間に窓には障害物はなくなった。
 自分も中殿らしくないかもしれないけれど、カンだって、およそ王さまらしくない。こんなところまでやってきて、随分と落ち着いて蔵に忍び込もうとしている。
 カンは窓から身をすべり込ませた。このときだけは彼もかなり苦労したようである。何故なら、カンはかなり上背があるからだ。が、祈るような想いで見上げるファソンの前で無事窓をくぐり抜け、ストンと床に降り立った。
 二人はどちらからともなく駆け寄り、しっかりと抱き合った。
「そなたにもしものことがあったらと、生きた心地もしなかった」
 王の眼には涙の薄い膜が張っている。彼の想いの深さをまざまざと知らされた瞬間でもあった。
「怖かった、カン。気が狂いそうなほど怖かったの」
 ファソンもカンの胸に抱かれて泣きじゃくった。
「もう大丈夫だ。怖い想いをさせたが、私が来たからには、そなたは私が守る」
 頼もしい言葉に、漸く泣き止んだファソンがまじまじとカンを見上げた。
「愕いた。小説を書いたことしかなかったあなたがこんなこともできるなんて」
 ファソンが正直に言うと、カンは憮然とした。
「そなた、他に何か言うことがあるだろう。良人がわざわざここまで妻を助けに来たんだぞ」
「ごめんなさい。本当に嬉しい。何だかまだ夢を見ているよう。夢が覚めたら、あなたが消えていて、また承誠君さまが」
 そこでファソンは言葉を途切らせた。
 カンの顔がまともに見られない。
「今度という今度は私ももう見逃せない。叔父上の罪を問わねばならないだろう」
「カン―」
 おずおずと見上げたファソンの頬をカンがそっと撫でた。
「そなたが心配することはない。私だって、何も公正明大というわけでもないんだ」
 物問いたげなファソンに、カンが苦笑いを浮かべた。
「今、叔父上に対して何をいちばん怒っているかといえば、民の血税を横領していたことではない。私の大切な中殿を略奪し、あまつさえ辱めようとしたことなんだから」
 ファソンが背後を振り向いた。
「カンはやっぱり、知っていたのね」
「噂はかなり前から、あったからな。ゆえに、今更愕きはしないが、残念だ、ファソン。亡くなられた先王殿下は亡くなられる間際まで叔父上のことを気に掛けておられた。私も父上の遺言を守り、自分が生きている限りはけして叔父上をおろそかにはすまいと思っていたんだよ」
 ファソンは大切なことを思い出した。
「待って。承誠君さまは確か、こんなことを言っていたわ」
 ファソンは承誠君の居間で聞いた不穏な言葉の数々をカンに余すところなく伝えた。
 カンは思案げに首をひねった。
「私が愕くような切り札、私に弓引く企て、か」
 が、ファソンの見たところ、カンが愕いている風はない。ファソンは怖々と訊いた。
「愕かないの、カン」
「これも想定内のことではあるからな」
「ということは、カンには何なのか想像がついているのね」
「ああ」
 カンは小さく頷いたが、その横顔はやはりどこか浮かない淋しげなものだった。やはり、承誠君はろくでもないことを考えていたに違いない。
 カンはこれから実の叔父を国王として処断せねばならない。そのことを考えれば、自ずと憂い顔になるのは自然なことかもしれなかった。ファソン自身、カンの今の心根を思えば自分のことのように心が痛むのだ。
 ファソンはカンの横顔をそっと見た。黒装束に身を固めているカンはおよそ王さまには見えない。頭からすっぽりと黒色の頭巾を被り、今は外しているが口許はやはり黒布で覆っていた。上から下まで黒ずくめで、これでは国王というよりは義賊といった方が似合うかもしれない。
 出逢った頃は背ばかり高くて色白で、どこか軟弱な両班のお坊ちゃんといった風情だったのに、いつのまにこんなに逞しく男らしくなったのか。
 若い王がここ数年、ずっと護衛官相手に剣術の稽古に余念がなかったことを知らぬファソンではない。けれど、その王の行動の底に
―中殿を自分の手で守りたい。
 という想いがあることは知らない。
 初めて見るカンの黒装束姿は精悍で、少し翳りのある妖しい美しさがいつも美麗な男ぶりを更に上げている。ファソンの胸の鼓動が不自然に速くなった。
 こんなときなのに時めくなんて、私ってば、どうかしている。とは思うものの、いつになく男らしい良人の姿からファソンは眼が離せなかった。
「どうした?」
 視線に気付いたらしいカンに問われ、ファソンは我知らず紅くなった。
「べ、別に」
「ホホウ、私の勇姿に見惚れていたのでは?」
「止してよ。こんな危急存亡のときに幾ら何でもそれはないでしょ」
 慌てて否定するも、耳朶まで紅くなっているのだから、説得力はまるでない。
「まあ、そういうことにしておこうか」
 カンは素知らぬ顔で言い。その少しく後でファソンの耳許で囁くのを忘れなかった。
「そなたは閨の中では随分と正直になるゆえ、そなたの身体に訊けばすぐに判るであろうな」
「!」
 ファソンがますます紅くなったことは言うまでもない。それにしても、緊迫感に満ちたその場の雰囲気とはあまりにも相反する国王と王妃であった。

 

 

   真実が明らかになる瞬間

 それからカンはまた外に出て表から錠前を外し、ファソンは悠々と蔵から出ることができた。
 カンはファソンにはひと脚先に屋敷を出て、安全な場所に避難するように言った。だが、ファソンはどうしても側にいたいと主張したのだ。
―これは王命だぞ。たとえ中殿だといえ逆らえぬ。そなたは隣町の県監(ヒョンガン)のところに行って私の帰りを待つのだ。
―元はといえば私が原因で起きた事件だもの、私も最後まで見届けさせて。
 押し問答を重ねた挙げ句、ついにカンが折れた。
 ただし、護衛官数人を傍に置き、遠く離れた場所から見守っているだけという条件付きでだ。それでもファソンは最後まで見届けたいと思った。
 山茶花村の隣にある町は地方都市としてはそこそこの規模を持ち、ここら一帯を治める県監は朴氏一族、つまり賢宗の縁戚に当たる。それこそ朴大妃の歳の離れた異母弟がその県監である。
 つまりは県監もまた国王の叔父に当たるということだ。朴氏一族は王室の外戚ということで、政府中央の要職を占めている者が多いが、中には好んで地方官を務めたがる変わり者もいた。県監もそんな男で、叔父とはいえ、まだ三十で賢宗とは変わらない。
 賢宗は幼い頃から、この歳の近い叔父が大好きで、慕っていた。
―叔父上には是非、朝廷で私を助けて頂きたいのですが。
 幾ら要職を勧めても、県監は飄々と受け流した。
―私は亡き父上や大妃さまのように策略を巡らすのは大の苦手です。権謀術数渦巻く伏魔殿では到底生きてゆけぬ男ですよ。
 しかし、賢宗は叔父のこの清廉な人柄をこそ好ましく思った。後にこの叔父は暗行御使(アメンオサ)として各地を廻り、最後は朝廷に戻って右議政にまで昇った。生涯、甥である国王を助けてよく仕えたといわれている。
 余談だが、彼の娘の一人は賢宗と仁貞王后の間に生まれた明祖の正妃となっている。
 さて、ファソンの傍には先刻から、その県監がぴったりと貼り付いていた。カンは護衛官だけでは心細いと思ったのか、何と叔父である県監まで現場に呼び出してしまったのである。
 ファソンの傍には県監他、総勢三名の護衛官が眼を光らせ、いつ何が起きても良いように待機していた。
 彼女が隠れているのは腰の高さほどの低木の茂みだ。その場所からだと承誠君の居室の様子が手に取るように見渡せる。
 カンは十数人の護衛官を背後に従え、静かに庭先に佇んでいた。義禁府と補盗庁(ポトチョン)から集められた精鋭部隊である。
 彼は今、静かに承誠君とさる者が密談を交わしている場へ踏み込む時機を窺っているのだった。
 こんもりとした茂みに隠れているファソンの姿は、承誠君の室からは見えない。が、ファソンから精鋭を引き連れて立つカンの後ろ姿は一目瞭然だ。
 ファソンにもまたカンの緊張が移ったかのように息を詰めていると、傍らの県監が潜めた声で囁いた。
「中殿さま、これからも殿下をよろしくお願いしますぞ」
 今まさに現場に踏み込もうとしているときにのんびりと交わす会話ではなかった。けれども、その場にふさわしからぬ県監の泰然とした態度が逆にファソンの緊張を解いてくれた。
「県監さま」
「私は僭越ながら殿下の叔父に当たりまして。殿下がまだご幼少の頃は実の兄弟のように遊んだこともこざいます」
「そう、だったのですね。県監さまが叔父君に当たられるというのは存じておりましたが、そのように親しい間柄であられたとは知りませんでした」
 子ども時代のカンを思い出し、思わず笑みを零しそうになる。県監は小さな息を吐いた。
「殿下はお小さい頃より、とても淋しがり屋であられた。私の生母は身分の低い女中ゆえ、正室腹の年嵩の異母姉上とはさほど親しくもないままきましたれど、異母姉上は気むらのある烈しいご気性の方と評判です。幼い殿下はいつも広大な宮殿でお一人でした。そのせいか、殿下は女性不信とまでいわれ、なかなか妃を迎えようともなさらず、私も心配しました」
 彼は笑顔で言った。
「中殿さまのような素晴らしい方を迎えられて良かった」
 直截に褒められ、ファソンの方が恥ずかしくなったほどだ。
「私など県監さまにそのように仰せ頂くほどの者ではありません」
「いやいや、美にして賢。それがしにも娘ばかり三人おりますが、中殿さまのような娘に育ってくれれば良いものをと、あやかりたい想いですよ」
 とまで言われれば、最早、穴に入りたくなったファソンである。