小説 姫はひそやかに咲き乱れる~戦国恋華~愛する男は夫ではない。この想いを秘めて生きる私の運命は | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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小説 姫はひそやかに咲き乱れる

  ~戦国恋華(せんごくれんか)~

 私が本当に好きなのは夫、それとも彼の義弟? 嫁いだばかりの若妻の心が揺れる。

 

☆ 夫×私×義弟 本当に私が愛しているのは誰なのか-? ☆

時は群雄割拠していた戦国乱世の時代。
政略結婚で宿敵の武将に嫁がねばならなくなった徳(あや)姫。
夫となるのは無類の戦上手ではあるが、冷酷無比な情け知らずとしても知られる
武将だった。
徳姫は気が進まないまま、父の言うがままに嫁ぐが、―。

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 不思議だ、この乳母といると、本当に哀しみや不安も忘れてしまう。
「やっとお笑いになりまましたね、姫さま」
 葛木も我が事のように嬉しげに言った。
「お祖父さまのお力をお借りするとは、いかなる意味じゃ?」
 徳姫がかすかな希望を見たような想いで問う。
「正確に申し上げますと、三条卿その方ではなく、ご息女の登美子さまにお縋りするのでございます」
「伯母上さまの―」
「さようにございます。三条御息所さまより、御所でお側近く仕える女房として、身内で近しい者、しかも心利きたる若い者を求めている―、そのように仰せ頂いて、姫さまを御息所さまの女房として召し出して頂くのです」
「しかし、邦昭さまがそのような理由で納得なされるであろうか」
 徳姫の母楓の方の異母姉登美子は典侍として禁裏に上がり、帝の姫御子を生み奉った。今は三条御息所と呼ばれ、帝との間に生まれた珠子内親王は足利将軍氏家の正室となっている。
「されば、でごさりまする」
 葛木は徳姫の耳に顔を寄せ、声を低めた。
「こちらの殿はかねてから上洛を目指しておいでにござりまする。一日も早う京に上り、将軍家に拝謁を賜るのが積年の夢のはず。その足がかりというか布石として、一色家の姫君であられる姫さまをご正室に迎えられたことを、姫さま、ゆめお忘れになってはなりませぬ」
 邦昭が徳姫を娶ったのは、元々は徳姫を通じて足利氏家の妻、御台所珠子と誼みを通じんがためであった。徳姫は珠子と従姉妹同士になるゆえ、妻の珠子から猜疑心の強い氏家を懐柔させようという目論見だった。
「御台さまのご生母さまであられる三条御息所さまの仰せとあらば、殿も否やはございませんでしょう。今、御息所さまのご機嫌を損ねるのは得策ではないと、殿ほどのお方であれば、お考えになられぬはずはございませぬ」
 きっぱりとした葛木の物言いに、徳姫は眼が覚めた心地がした。
 父嘉政が徳姫入輿に際し、葛木を永尾に伴わせたのは葛木のこの頭の回転の良さにあった。まさに男も顔負けの洞察力、先を見透す力は並ではない。嘉政は葛木を裏で暗躍する諜報部隊の一員として高く評価し、その働きに期待している。
 むろん、葛木は正式に命を受けた間諜ではない。が、嘉政から長尾家家中の動向は逐一知らせてよこすようにと厳命を受けていた。
「葛木、そなたはやはり、父上が見込んだ者だけはあるのう」
 徳姫は感じ入って、再び身を褥に横たえた。
「されど、葛木。それには及ばぬ」
「何ゆえにございますか? それでは、姫さまは、蓮心尼さまの仰せのごとく、邦昭公と真の夫婦とならるるお覚悟をお持ちにございますか」
「いや」
 小さいけれど、はっきりと応える。
「それでは、何故」
 葛木の疑問は至極もっともだ。
 徳姫は淡く微笑した。
「たとえ地が裂けようとも、私が邦昭さまを愛することはないであろう」
「―」
 物問いたげな葛木に、徳姫は微笑みかけた。
「私には他にお慕い申し上げている殿御がおる」
「まさか、姫さま、そのような」
 流石の葛木も愕きと当惑に声も出ないようだ。
「どなたにございます? どこのどなたに一体―」
 狼狽える葛木に向かって、徳姫は首を振った。
「それだけは言えぬ、たとえ真の母とも思うそなたにだとても、その方のお名前だけは言えぬのじゃ。判ってたも」
 刹那、葛木が〝あっ〟と声を上げた。
「姫さま、もしや」
 徳姫が鋭い声を放った。
「申してはならぬ。それ以上、申すことは許さぬぞ」
 葛木ががっくりと頽れた。
「姫さま―」
「私の身はどうなっても良い。この生命、敵地にも等しきこの国に嫁すと決まったときから、既に無きものと思い定めて参った。さりながら、あのお方にだけは要らぬご迷惑はおかけしくたない。この想い、どうか判って欲しい、葛木」
 懸命な面持ちで言う徳姫を、葛木は涙ぐんで見つめた。
「姫さま、何とお労(いたわ)しい」
 葛木にとって、徳姫は生まれたそのときから、ゆく末必ず幸多かれと願い、我が子よりも愛しい大切なものだと思って仕えてきた姫だった。
 なのに、天はあまりにも無情だ。
 親の言うがままに敵地に嫁ぐのは、戦国の世に生まれた女の宿命(さだめ)。しかしながら、その地で徳姫が恋に落ちたのは良人となった男ではなく、別の男であった。
 口をつぐんだ葛木の傍らで、徳姫は眼を瞑った。眠りは一向に訪れる気配はなかったけれど、今夜はもう、これ以上何も話さない方が良いと判断したのだ。
 葛木も同様であったと見え、それ以降は話しかけてくることはなかった。
 それぞれの思惑を孕んで、冬の夜は静かに更けてゆく。あと数日で、その年も終わろうとする寒い宵のことであった。