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『七帝柔道記』増田俊也

あなたは個人競技の団体戦をやったことがあるだろうか?
1対1を奇数回繰り返して勝数の多い方を勝者とする、
そんなルールで闘ったことはあるだろうか?
あるという人、特にそれが大事な時間だと思う人には絶対に合う本である。
ないという人にもオススメしたい。
このような世界の熱さをぜひ知ってもらいたいからだ。

この本は自伝的小説で北大柔道部での日々を記録している。
七帝柔道とは古くから続く独自のルールで行う柔道のことを言う。
ルールの特徴から七帝柔道では寝技の応酬で闘うことになる。
一方で寝技は練習量がモノを言う世界だ。
例えば誰でも1年生は4年生に絶対勝てっこないのだ。
負けるのは弱いから、弱いのは努力が足りないから。
七帝柔道とはそういう厳しい世界である。

この本は分厚いけれど入学から2年目の途中までしか進まない。
練習でボロボロにされてばかりで一冊が終わってしまう。
それなのにこんな長編になっているのは
日記のように全ての出来事を書き止めようとしているからだと思った。
文章表現としてはむしろ拙い作文のようなエピソードの羅列から
思い出に対する愛しさが伝わってきた。

団体戦で背負うものの重さ、
これがあるからこそ先輩は格好良く見えるし、後輩はかわいいと思う。
自分は大学生の頃に将棋部で団体戦優勝を目指していたので
読んでいてとても懐かしい気持ちになりました。


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七月隆文『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』がクソな理由

ぼくは明日、昨日のきみとデートする (宝島社文庫)

0.はじめに

七月隆文『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』と言えば最近最も売れている本の一つである。
ミーハーな私がこの本を読んでいると、口は悪いが読書家として優れた蓄積のある方に
「その本はクソに決まっている」と読んでもいないのに宣言されたことがこの記事の発端である。

その人はこの本がクソな理由として次の3点をあげた。
・Aさん(仮名)が絶賛しているけどこの人は俺と好みが合わないことが多い
・タイトルからしてつまらなそう
・そもそも宝◯社の時点でダメ

確かにブックオフで108円でなかったら出会わなかった本なのでけなされても構わない。
しかし3つのうち2つがこんなに適当な理由では可哀想だ。
そこで七月隆文『ぼくは……』がクソな理由を徹底的に考察することにした。

1.本の内容

そもそも『ぼくは……』がどういう話なのか説明しようと思う。
なるべく客観的にあらすじ、登場人物、設定について拾ってみる。
ネタバレがあります(が、必読の名著ではないので気にしないでもいいと言えばいいです)

1.1 登場人物

南山高寿・・・主人公。男子大学生。優柔不断。
福寿愛美・・・ヒロイン。女子大学生。和風美人で気が利く。

1.2 あらすじ

ある日男は女と出会った。しかし彼女には秘密があった。終わり。
出会う→イチャイチャ→カミングアウト(以下CO)→イチャイチャ→別れる
という順序で物語が進む。

1.3 設定

平行世界というSFチックな設定が導入されている。
公理Ⅰ ヒロインの世界からは主人公の世界へは移動可能。
公理Ⅱ ヒロインの時間軸と主人公の時間軸は半返し縫い的に接続されている。
公理Ⅲ 世界観の移動は五年毎に一シーズン(二ヶ月?)のみできる。

注意 半返し縫い的に接続とはつまり次のようになっている。ヒロイン視点での時間の動きは
   今日→明日(→同時に→)昨日→今日(→同時に→)一昨日→昨日(→同時に→)…
   というふうになっている。
   つまり一針進んでは二針戻るという具合になっている。

1.4 作者の狙い

下のストーリーの図式において
出会う→イチャイチャ→COイチャイチャ→別れる
赤字と下線で強調した所にこのシーンを書きたかったという1ページがある。
複雑な設定もこのシーンを書きたいがためである。

以上あっさりしているが、特に語ることもないので考察に入る。

2.批判と考察


2.0 高評価なところ

①作者の狙いのシーン
これはぐっとくるシーンで確かに心を動かされた。

②日本語が書いてあってテンポよく読める
内容が薄いからだという人もいるかもしれないが、
これは日本語が破綻してないことの証明である。
スラスラ気軽に読めるというのはライトな本に期待されることの一つだろう。
そしてそれは必ずしも満足されないので、当たり前だが重要な点である。

2.1 登場人物

批判1 ヒロインに欠点がない
反論  特になし。独特な性格設定が一つだけあるが、それも彼女の長所であることが分かる。
批判2 奥手な主人公が少しがさつでモテる友人にアドバイスをもらうというシーンがテンプレ
反論  最も興ざめなシーンの一つ。擁護できない。
考察  ストーリーがひたすらイチャイチャしていいるだけなので関係が閉じている。
    ゆえに互いの意外な一面というものが見えない。

2.2 ストーリー

批判1 イチャイチャしているだけ
反論  イチャイチャしているだけだからこそ恋愛小説
批判2 起伏が弱い
反論  CO後一瞬だけ破綻の危機を迎える。しかしあくまで一瞬である
考察  乗り越える壁が高いほど読者の満足度も高まる。ハラハラ感がもう少し欲しいところ。

2.3 設定

批判1 半返し縫いはタイムパラドックスが起きるためSFとしてアウト
反論  これはファンタジーなので問題ない
批判2 五年に一シーズンというのはご都合主義
反論  ファンタジーなので問題ない
批判3 五年に一シーズンという設定を活かせていない
    具体的には主人公が10才、15才の時のイベントがない
反論  彼女の様子からすれば少なくとも見守るくらいの行動はとっているはずである。
    その結果、思わず手助けするというイベントがあってしかるべきだと私は思う。
    しかし、現実的にはそのようなイベントは必ずしも起こらない(から書かれてない)。
批判4 設定ゆえに運命の出会いと別れではなく、必然の出会いと別れになっている
反論  これを運命ととらえることもできなくはない(感性の問題な)のではないか?
    (しかし、私としては5歳の頃のインプリンティング的必然からよりも、
    出会う必要が無い人との偶然の出会いの方が運命的だと思っているし、
    半返し縫い設定からそういうことが自然にできるはずだとも思う)

3. 総合評価

狙いが明確かつそのシーンが上手く表現されていることはとてもいいと思う。
表現したいことがあって、そのために上手く設定を組み立てている。
一方でそれらの設定が他のシーンのために再利用されることが少なすぎる。
しかし根本的な問題はロジックで問題が発生した時に登場人物を動かすことではなく新しいルールを作ることで解決すればいいという姿勢である。
キャラクターはイチャつかせておけばいいと考えているから
出会いの理由がインプリンティングになるし、五年に1シーズンの設定は活用されない。
この本から伝わってくるメッセージはこれに尽きる。
「書きたいことはある、でも考えるのは面倒くさい」

しかしながら、このような怠惰な姿勢で大ヒット作を生み出したということは
商業的には驚異的な大成功である。
この点において日本語が書いてあるということがとても良く効いている。
こんな記事を書いておいてから言っても説得力がないだろうが、私もそれなりに楽しんだ。
しかしこれを流行していることは読者として情けない状況だと言えるだろう。

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1月の面白かった本

ブログをほったらかしていたひだんです。
久々に帰ってまいりました。

今回は1月に読んで面白かった本ということで寸評を上げていきたいと思います。

第3位 アンディ・ウィアー『火星の人』

一行目から火星にいるし、最後まで地球には帰ってこないというハードSF。
しかし断然読みやすい。

事故により火星に置いていかれてしまったワトニー。
目的はただ一つ「生き延びて帰還すること」
しかしながらワトニーの火星生活は挑戦と失敗の連続で波乱万丈である。
成功すれば調子に乗り、失敗してもユーモア精神で挫けない。
底抜けの明るさが強く印象に残る一冊でした。

映画『オデッセイ』の原作で最近注目されていて
自分はそういうことは知らずにミーハー精神で読んでみたところ大当たりだった。
航海日誌のログ形式の記述なのでワトニーのユーモアが自然とあふれるようになっているが
映画では上手く表現できるか少し不安ではある。
一方で自分の想像の及ばない描写がいくつかあったので、
どうなっているのか映画で見れることにとても期待している。

第2位 今村夏子『こちらあみ子』

中編が3つ。ただし最後の1編は短め。

続きが知りたいかと聞かれれば、どうしても知りたいというほどではないと答えるだろう。
続きを知れば楽しくなるかと聞かれても、そんなに楽しくもないと答えるだろう。
続きを、結末を知られずにはいられない。途中でやめられない。
だから読んだ。そういう印象さえある。

怖いもの見たさとはまた少し違う。
怖いわけではないし、そんなに見たくはない。
ただ不安が広がるだけ。
ナイーブに少々の憧れを伴って「小説」という言葉を想起するときに
自分はこの本のアウラを思い浮かべているかもしれない。
とても力のある文章。

第1位 森谷明子『七姫幻想』

七夕の織姫の七つの異称にまつわる七人の姫の物語。
連作短編集というほどつなげることを目的としていない。
しかし彼女らはそれまでの姫の影響をどこかしら受けている。
その微妙さもファンタジックな雰囲気と相まってなかなかいい。

この本の売りの一つは平安以前の時代を味わえること。
神代から順に最後は江戸時代まで遡ってくるものの、古い時代の話が多い。
平安時代の文化が上手くいかされた小説は珍しくて貴重だと思う。
自分のツボに来たのは最初の短編「ささがにの泉」。
神話の世界を舞台に幻想的な空気感が漂う作品で、
この1編が気に入ったからの1位と言っても過言ではない。

謎と恋を核に読者の興味を引き寄せ、和歌や機織り、泉などの共通のモチーフを
使っているところなど短編集としての統一感も優れている。
7月に読めば格別だろう。

番外編 宮脇俊三『線路のない時刻表(全線開通版)』

上記の三冊は自信を持って人に進められる本だが、
この本は良かったんだけど何がいいのか説明できないし
他の人が自分と同じように感じるかどうかも不安なので番外編にしている。

著者はガチテツ。
時代は1950年代半ば、地域格差を減らすためと言って地方に鉄道を作っていた頃だった。
鉄道公団の赤字を減らすために赤字(見込み)の路線は
完成を目前に放棄されることとなってしまった。
新路線の乗車を待ち侘びる著者が実地に出かけて線路沿いを走り、
工事の作業員や地元の村長の話を聞いたりしつつ完成後のダイヤを想像するというエッセイ。

熱烈な鉄道愛ほとばしるというわけではない。
ルポルタージュのため記録者に徹するというわけでもない。
紀行文を書くつもりでも毛頭なかっただろう。
よく分からないけれどなかなか手の止まらない文章で
最後にようやくできた列車に乗った感想を聞いてよかったなあと微笑ましく思う。
そんなことを繰り返しているうちに一冊読まされてしまったという感じ。

本が良いかどうかを評価する時に、
自分がその本を楽しめる準備ができているかということが実はとても重要だ。
この本は1月に読んだ中で最も自分にフィットしたということだと思う。

目次だけ見ようかと思っていたら20ページも読んでいた。
そんな本との出会いがあなたにもありますように。


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