あら。ユキさん。お久しぶりで御座います^^
・・・同じ人であっているかな?もし間違っていたら、ごめんなさい^^;
それでコメントありがとう御座いました^^
しかしまあ、そうですか。共産主義ですか・・・。
うーん・・・まあいいか。何事も基本は大切ですからねぇ^^;
私と致しましても、そこそこ長めに政治をやっておりますので。
色々と国家体制についても勉強した事はあるので、何とか説明できるかと思います。
ただ。
あくまでも私の個人的な解釈である事は、どうかご容赦下さいませね^^;
それで共産主義とは何ぞや?・・・と言う事を書いていきますと、ですねぇ^^
共産主義と言うのは、最初の最初を考えていきますとね。
マルクスの資本論・・・って聞いた事は無いでしょうか?^^;
このマルクスさんの主張が共産主義のキッカケだった。と言われているんです。
それで、資本論では資本主義における欠点。矛盾を指摘したものです。
うん。資本主義にも欠点はあるわけで御座いますね^^;
その欠点の全てを否定して、新しい経済システムを構築しようじゃないか。
・・・と言う動きの果てに誕生したのが、共産主義と言う事になるわけです^^
となれば、次に話題とするべきは資本主義の問題点について、です。
資本主義について簡単に書いてしまいますと、ですね^^;
市場原理。競争原理を前提とした優劣を競う経済競争により。
経済そのものを発展させていく。と言う考え方です。
この点については以前に中国の話題でも書いた事がありますね^^
経済市場で資本主義経済。自由主義経済を導入する事によって、
競争の原理により誰もが優劣を競って、利益の獲得を目指して努力をする事。
消費者に対して魅力的な商品。優れた価値を生み出すために努力をする事。
例えば新しい技術開発とか。新しい設備投資とか。新しい産業分野への投資とか。
その結果として様々な経済活動が活発的に行われるわけですね^^
経済が発展する事で社会全体が発展し国家全体。ひいては世界全体もまた発展する。
・・・と言うのが資本主義経済。自由主義経済の思想となるわけで御座います^^
いやまあ、私は経済が苦手なわけなので・・・イマイチ自信はありませんけど。
それでも大体あっているんじゃないかなぁ。と思います^^;
それでまあ、一見すると完璧に見える資本主義経済。自由主義経済なんですが。
これには明確な欠点があるわけで御座います。わかりますでしょうか?^^;
競争の原理により誰もが優劣を競う。と言う事は、勝つ人もいれば負ける人もいる。
お金をたくさん手に入れる人がいれば、サッパリお金が無い人もいるわけです。
つまるところ。
貧富の差を宿命とした経済思想である。と言う事で御座います。
それゆえに一部の富裕層と大多数の貧困層と言う社会構造が生まれていたわけですね。
マルクスは、このような資本主義における敗者。弱者に目を向けたわけです。
敗者や弱者が社会に搾取され続けるなど不健全である。と主張したんです。
資本主義の競争において優劣。勝ち負け。富裕層と貧困層。
それが出るのは当たり前だ。と言う当時の論調に対して異を唱えたわけですね。
この問題提起は世界中において一大論争を引き起こす事になりました。
資本主義において競争の原理を前提とした経済活動が当たり前だ。とされた当時に。
競争による敗者。貧困層の弱者が搾取される状況が問題視された事。
それによって果たして何が起こったのか?
資本主義による競争の原理を全否定する動きが出現したんです。
従来の経済システムに不満を持つ人々。低賃金の労働者。貧困層。
弱者救済を訴える人道主義者。博愛主義者などの全てが猛烈に反発したんです。
うん。これこそが共産主義が誕生した背景だったわけです。
資本主義に対するアンチテーゼと言うか。反動のような動きで誕生したわけですから。
共産主義においては競争の原理が徹底的に否定されたんです。
全ての国民。全ての人間は平等であるべきだ。として貧富の差を悪だと規定し。
一切の競争が存在しない経済活動。
全ての富を平等である事を前提とした経済システムが確立されたわけです。
これによって現実的にはともかく。理論上においては敗者。弱者が消滅したんです。
資本主義の問題点を排除した理想の経済思想として、共産主義が確立されたわけです。
でまあ、こんな感じが共産主義になるんですけど。
その共産主義がなぜに独裁とセットになってしまったのか?・・・です。
今しがた書いたように共産主義は全ての人々が平等であるため。
と言う大前提があるわけです。
つまり、あらゆる価値観が全ての人々。社会全体である事が定義されたんです。
全ての人々のために権力を行使する。社会全体のために権力を行使する。
その結果として・・・個人の存在が消滅したんです。
共産主義。社会主義においては基本的に個人の意思。個人の権利は存在しません。
なぜかと言いますと、個人と言う単位で個別化される事によって。
競争の原理が発生して勝者と敗者。強者と弱者を生み出すかもしれないからです。
なので、共産主義。社会主義の国家に存在するのは。
あくまでも全体の意思であり、全体の権利だけです。
この論理は、やがて全体の利益のためなら個人の利益が犠牲になるのは仕方がない。
全体の意思のためなら個人の意思が犠牲になるのは仕方がない。
・・・と言う風潮を生み出していく事になるわけです。
わかりますね?
個人の生命は全体の生命のためなら犠牲になるのも仕方ない。と言う建前により。
とてつもない大虐殺。大粛清が実行されてきた・・・わけです。
特に全体の利益の奉仕者となる政府組織に反対する勢力は。
共産主義の敵。全体の敵として徹底的に弾圧されて排除されてしまったんです。
やがて弾圧。排除を実行した政府を監視。抑止出来る有力な勢力が完全に消滅した結果。
必然的に国家権力を持つ唯一の組織として、政府中枢が絶大な権力。
それこそ独裁的な権力を保有するに至った・・わけです。
とまあ、こんな感じがね^^;
これが中国や北朝鮮。かつてのソ連で殺戮が行われた背景になるかと思います。
過剰なまでの全体主義と、それに伴う権力の一極集中化によって。
あまりにも簡単に虐殺が発生する状況になってしまった。と言う事で御座います。
それで次の話題として、共産主義が国家運営しやすいかどうか。と言う点については。
その国家と国民。その時の情勢によって色々と条件が異なるはずですので。
一概に是非を論じる事は難しいだろう。と思います。
ただ。
私個人の意見としては、何事も極端過ぎるのは問題だろう。と思います^^;
次に・・・中国に自由主義がなじまないかどうか。と言う事については。
それについては中国人の方々がお決めになられる事だと思います^^;
日本人で赤の他人の私が、それについて言及するべきではありません。
ただ自由主義経済の方が中国経済が発展する。と言う事だけは間違いないでしょう。
・・・うん。私が言えるのは、ここまで。で御座いますねぇ^^;
一応念のために書いておきますが、共産主義が必ずしも虐殺を起こす。とか。
あるいは、共産主義の考え方が完全に間違っている・・・わけでは無いんです。
うん。忘れてはならない基本的な事としては。
国家体制。制度システムを運用するのは、あくまでも人間です。
それゆえに虐殺は無論の事。人を殺すのは人の意思である。と言う事です。
だから、安易に共産主義が悪だ。と考えるのは早計です。
国家システムに責任転嫁するのは、些か論点がズレているだろう。と私は思います。
ところで、ここからはオマケの話になるんですけどね^^;
今しがた書いたように資本主義が善とか。共産主義が悪とか。
そんな観念的な話は、政治の分野では大して重要じゃありません。
あくまでも現実に起こった事。事実にこそ目を向けるべきなのです。
それゆえに、です。
政治においては重要な事は、それらのシステムを適切に運用出来るか否かであり。
その運用する人間の意思と心こそを第一だとして論じるべきなのです。
資本主義や共産主義。民主主義や社会主義。
それぞれに一長一短の特性があります。完璧なシステムなど存在しません。
なぜならば、それらのシステムは不完全な人間が作ったものだからです^^;
だから、ここで重要な事と言うのは。
それらを見極めた上で適切に運用する事が政治家に求められる。と言う事です。
このシステムなら完璧だ。大丈夫だ。と言うのは慢心であり、非常に危険です。
常に何らかの不備。問題が発生する。との心構えをする事と。
それらを想定した事前の準備をする事こそが大切なんです^^
それで少しばかり個々のシステムに関する特性を書いておきますとね。
政治って基本的に動きが遅いのですが、その中で特に遅いのが民主主義です。
なぜならば、権力の集中を回避するために。
各所に権力を分散させておくのが民主主義のシステムだからです^^;
逆に言えば、即断即決で一気に動かすのであれば社会主義でしょうね。
権力を1か所に集中させるので、物凄く決断も行動も早くなります。
ただし、その決断と行動を間違った場合は、物凄い大失敗をする事になります。
もう悲惨の一言で御座います。
また、さらに付け加えるのならばね。
権力を1か所に集中させる度合いと汚職の度合いは比例するんです。
うん。当然ですね。大きな権力は大きな影響力となります。
・・・そこに大きな金が流れ込むのは半ば必然であるからです。
権力を集中させるべきか。それとも分散させるべきか。
これについても時と場合。ケースバイケースがあると思います。
ただ基本的な事を述べるのならばね。
戦時。有事の際など特殊な場合を除いた平時のおいては。
基本的に権力は分散されて然るべきだ。と私は個人的に考えています。
うん。腐敗と汚職が恐ろしいですからね。
よっぽど才覚。人格に優れた立派な人。物凄い度量の大人物でもない限りは。
ほぼ確実に大きな権力に対しては、それと同じくらいに大きな汚職が発生します
最悪の場合。
それ一つだけで国家が揺らぐ事になります。まさに今の中国で御座います^^;
だから、政治の分野では必ずしも権力は強ければ良いわけでも無いし。
即断即決が正しい。と言う事にもならないんです。
政治的な決断。行動が遅いのは、言い換えれば慎重と言う事であり。
権力が適度に分散されている。と言う事でもあり、腐敗や汚職を未然に防ぐ。
・・・と言う事でもあるわけですね^^
権力は強過ぎても弱過ぎてもダメだし、決断は早過ぎても遅過ぎてもダメです。
単純に強ければ良い。早ければ良い。と言う事にはなりません。
その時々で必ず適度な強さ。適度な速度と言うものがあるんです。
だからこそ、政治家の誰もがみんな「政治は難しい」と口を揃えるわけです^^;
あの・・・似ている状況はあっても。まったく同じ状況って無いんです。
なぜかと言うと、その時々で人間と言うのは変化するからです。
だから、政治においては基本的にマニュアルって無いんです^^;
その時々の状況を受け止めて、理解して、納得した上で決断を下す。・・・と、
仮にね。
椅子に偉そうに座っているだけのように見えても、相当に政治家って大変なんです。
うん。走り回っているだけが政治家の仕事じゃないわけですねぇ^^;
とまあ、そんな風に考えながら改めて政治を見ていきますと。
また新しい発見があるかもしれませんね^^
それでは本日もまた失礼致しました。皆々様。おやすみなさいませ^^
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