武弘・Takehiroの部屋

万物は流転する 日一日の命
“生涯一記者”は あらゆる分野で 真実を追求する

明治17年・秩父革命(3)

2024年04月23日 13時47分03秒 | 戯曲・『明治17年・秩父革命』

第6場[9月初旬、上吉田村にある日下庄右衛門の家。 座敷に庄右衛門の遺体が横たわっており、妻のミツ、娘のハルが傍らで嘆き悲しんでいる。そこへ、息子の藤吉が慌ただしく駆け込んでくる。]

藤吉 「父さんがほんとに亡くなったのか!」

ハル 「兄さん、遅いじゃないの。これを見て・・・」(ハルが泣き伏す)

藤吉 「何ということだ。(遺体の側に駆け寄って)父さん! 父さんたらっ! 何で死んだんだ!」(暫く沈黙)

ミツ 「けさ、座敷の鴨居に首を吊っているのが見つかったんだよ。ほんとに可哀想に・・・」(ミツがむせび泣く)

藤吉 「畜生・・・山中のせいだ。あいつのせいで、父ちゃんは亡くなったんだ! くそっ、あの強欲ジジイめ」

ミツ 「きのう、山中の息子が督促に来てね、これが最後だと言って帰っていったんだよ。父さんは平然とした顔をしていたけど、観念したんだね」

藤吉 「畜生、山中の野郎・・・いまに見ていろ! 必ず復讐してやるからな」

ハル 「うちは破産してしまうの?」

藤吉 「そんなことはさせるもんか! うちが破産するくらいなら、強欲ジジイをぶっ殺してやる!」

ミツ 「藤吉、気持は分かるけど、血迷ったことはしないでね」

ハル 「兄さん、乱暴なことは止めて。まず葬儀のことを考えなくては」

藤吉 「うむ・・・しかし、いまに見ていろ。俺は必ずやる、必ず怨みを晴らしてやる!」

 

第7場[9月上旬、阿熊にある新井駒吉の家。 新井の他に、井上伝蔵、高岸善吉、坂本宗作、小柏常次郎(群馬県の自由党員)がいる。そこへ、新井繁太郎に伴われて田代栄助が入ってくる。]

繁太郎 「皆さん、お待ちどうさま。田代さんにお越しいただきました」

駒吉 「遠いところをどうも。さあさ、こちらにお座り下さい」(駒吉の勧めで、田代が部屋の中央に座る)

井上 「何かとお疲れでしょう、本当によく来られました」

田代 「いや、年は取っても、足はまだまだ丈夫ですよ」(笑)

井上 「ご苦労さまです。 ところで、きょう皆さんに集まっていただいたのは外(ほか)でもない、われわれの運動の中心に、ぜひ田代さんをお迎えしたいと思ってのことです。このことは、私らの首領である加藤織平さんも賛同しているものですが、きょうは、群馬県から小柏常次郎さんにも参加していただきました。 皆さんの忌憚(きたん)のないご意見を聞かせて下さい」

高岸 「それでは、私からまず言わせてもらいますが、井上さんがいま述べたように、われわれの運動の中心、つまり新しい党の“党首”に、田代さんにぜひ就任していただきたいということです」

田代 「ちょっと待って下さい。私は皆さんの運動には全面的に協力しますが、党首になれというのは、余りに責任が重くて自信がない。 それは、加藤さんとか他の方にやっていただかないと」

坂本 「いや、田代さん、これはわれわれ全員の一致した要望なのです。加藤さんは自ら、田代さんの補佐役に回りたいとはっきりと言っています。その辺を、ぜひお分かり願えればと思いますが」

田代 「そういう風に考えていただくのは光栄だが、年は取っているし、なにせ私は政治のことはよく分からない。 私は単なる“一侠客”ですよ。侠客が党首になるのはどうかと思うが・・・」

高岸 「いや、加藤さんだって侠客ですよ。問題はそういうことではないのです。ご承知のように、われわれの運動は秩父の農民をあげての闘いであり、さらに民衆の広い支持を受けなければ成功しません。 民衆の支持に立った闘いであれば、それに相応しい人望のある方が“首領”になってもらわねばならない。それには、いつも弱い者の味方になって活動されてきた田代さんを除いて、他に適切な人は見当たらないのです」

小柏 「いま、秩父の農民あげての闘いと言いましたが、この運動は秩父や埼玉県だけのものではないのですよ。わが群馬県も、埼玉同様に借金に苦しむ貧しい農民が大勢いて、返済の延期や税の軽減を求めて立ち上がろうとしています。 秩父の人達が決起すれば、山づたいに群馬の農民も必ず立ち上がるでしょう。 また、確かな筋から聞いたところによると、長野県や山梨県でも農民達が決起する動きを見せています。これは自由民権運動の偉大な闘いなのです。 田代さん、貧しい人達を助けてやって下さい。みんな、高利貸しや役所に苦しめられているのですよ」

田代 「それはよく分かるが・・・」

坂本 「どうかお願いします。おとといも、私の村の日下庄右衛門という者が首をくくって死にました。このまま放っておくと、犠牲者はますます増えるばかりです。 何とかしなければならない。私達もいろいろやってきましたが、もう限界に来ているのです。新しい党の党首を決めて、その下で皆が団結して闘っていくだけです。そうしなければ秩父も埼玉も、いや群馬も他の全ての地域の農村も潰れてしまいます。 どうか、われわれの“統領”になって下さい」

田代 「うむ・・・」(暫く沈黙が続く)

井上 「田代さん、皆の気持、熱意が伝わりましたか。私からも切にお願いします。 あなたは弱い人達、苦しんでいる人達を見捨てるような方ではありません。そのお心に甘えるわけではありませんが、これは皆の総意なのです。党首を引き受けていただければ、われわれは全力を挙げて、あなたを支えていく覚悟です。どうか、党首を引き受けて下さい」

駒吉 「私からも、よろしくお願い致します」

繁太郎 「田代先生、どうかお引き受け下さい」

田代 (暫くして)「それほどまでに言われるなら、やむを得ませんな。一応、お引き受けしましょう。しかし、私には身に過ぎる役だが・・・」

坂本 「ああ、良かった。ありがとうございます」

高岸 「私どもは全力で支えていきます」

田代 「ただし、私が心配なのは、展望もなく“暴発”してしまうことだ。 この闘いは秩父だけでは成功しない。群馬や長野、山梨など広い地域で農民が呼応して立ち上がらなければ、線香花火のような一揆で終ってしまう。その点は、十分に注意してもらわないと」

小柏 「よく分かりました。われわれ群馬県の人間も皆さんと協力して早速、長野県や山梨県にも働きかけていきましょう。自由と解放を求める人達は大勢いるのですから」

井上 「私達も、他の地域の同志達に働きかけてみます」

 

第8場[9月上旬のある晩、上吉田村にある山中常太郎の家の前。“覆面”をした日下藤吉が小刀を持って待ち伏せしているところへ、山中常太郎が帰ってくる。]

藤吉 「山中! 親の仇だ、覚悟っ!」(藤吉が小刀で常太郎の肩に斬りつけると、常太郎はよろめく)

常太郎 「誰だ! お前は」

藤吉 「黙れ! このウジ虫め!」(藤吉がさらに斬りつけると、常太郎も脇差の刀を抜いて応戦。二人は暫くもみ合う)

常太郎 「名を名乗れ! 卑怯もの・・・」(肩から血が流れ、常太郎は家の玄関口へと逃げる)

藤吉 「待てっ! 逃げるか、このクソ親爺!」(藤吉が常太郎の背中に斬りつける。常太郎が倒れる)

常太郎 「ウッ・・・誰か、誰かいるか、暴漢だ!」(その時、玄関から常太郎の長男・彦太郎が刀を持って飛び出してくる)

彦太郎 「この野郎! よくもやりやがったな、これを受けてみろっ!」(彦太郎が刀を振って突進、藤吉としばし斬り結ぶ)

藤吉 「しくじったか、畜生」(藤吉、素早く退散する)

彦太郎 「父さん、大丈夫ですか?」(常太郎を助け起こす)

常太郎 「だ、だいじょうぶだ、早く傷の手当てを・・・」

 

第9場[9月中旬、大宮郷の警察署。 署長の鎌田冲太警部(薩摩藩出身)に、秩父郡長・伊藤栄と高利貸し・吉川宮次郎が訴え出ている。]

伊藤 「署長、何とかならないですか。 このところ又、農民達の山林集会が激しくなる一方、金貸し業者が何人も襲われたりして、非常に不穏な情勢になっている。大変だとは思いますが、治安の悪化を何とか防いでほしいですね」

鎌田 「ご要望の件はよく分かります。われわれも最善を尽くしており、山林集会は厳しく取り締まっていますが、あちこちでやられると堪りません。何せ秩父は広いので、警察官の数が十分ではないのです。全域で40数人しかいませんからね」

伊藤 「私も各町村の戸長(こちょう)に対して、万全を期すよう指示していますが、外部から過激な連中や自由党員らが入ってきて煽っているようですな。困ったものです」

鎌田 「自由党の中央は、幾つもの過激な行動が失敗したうえに、こちらが取締りを強化したので手を引いていますが、問題は自由党から“あぶれた”連中ですな。この連中は何を考えているのか分からない。 密偵を放って、いろいろ調べているんですがね」

伊藤 「ということは、自由党の本部の方は手を出していないということですか?」

鎌田 「そうです。むしろ過激な行動は慎むようにと、指示していると聞いています。暴発されるのが怖いので、困っているんですよ。だから党本部はいま、党員の目先を朝鮮の“民主化闘争”へ向けさせようとしているぐらいです。 日本も朝鮮や清国からは痛い目に遭ってきたので、党員のエネルギーを外国へ向けさせようということでしょう。これは、こちらにとっても有り難いですがね」

伊藤 「そうですか、自由党は国内の過激な闘争を止めるわけですね?」

鎌田 「そうでしょう。 国会開設の目標は達成したし、活動資金は苦しくなるし、余計な騒動に巻き込まれて弾圧されては元も子もないし、近いうちに、ひとまず解散しようということでしょう」

伊藤 「ほう、それは好都合ですな」

鎌田 「だから、党から“あぶれた”連中が絶望的になって、何をするかがかえって心配なのです」

伊藤 「なるほど」

吉川 「署長、そのとおり心配です。 われわれ金貸し業者も身に危険が迫っているので、協力して対応を考えているのですが、どうも上手くいっていません。先日も、上吉田で山中さんが襲われ大ケガをしましたが、犯人はまだ逮捕されていないのですね」

鎌田 「うむ、彼の所では破産した農民が沢山いるからね。しかし、下手人は『親の仇だ』と言ったというから、相当に絞り込めるでしょう。いま捜査しているので、もう少し待って下さい」

伊藤 「そういう個別の話しはともかく、何かもっと具体的な良策はないのですか?」

鎌田 「これは私からのお願いですが、警察の能力に限界がある以上、各町村で“自警団”のようなものを早急につくってほしいのです。そうすれば地域の安全にも役立つし、われわれも自警団と直接連絡を取り合うことができるのです。 どうですか?」

伊藤 「うむ、それは名案だ。隣組のようなものはあるが、町全体、村全体の自警団はまだない。早速、検討しましょう」

吉川 「署長のお考えは素晴らしいですね。 伊藤郡長、ぜひ前向きに検討していただいて、各戸長に指示してもらえれば幸いです。私の息子達も自警団に入れますよ」

伊藤 「うむ、私ももちろん賛成だ。急いで実現したい」

鎌田 「ありがとう。とにかく、皆が協力して治安を取り戻さなくてはいけない」

 

第10場[9月中旬、石間村にある加藤織平の家。 加藤の他に、落合寅市、高岸善吉、坂本宗作、日下藤吉。)

坂本 「藤吉君、やはり君が山中のクソ爺を斬ったのだな」

藤吉 「そうです、父の仇ですから」

落合 「ふうむ、向うは犯人は君だという目星を付けただろう」

藤吉 「ええ、山中も息子の彦太郎も私の声を聞いていますので」

高岸 「警察の探索が始まるとまずい。君はとりあえず身を隠した方が良い。小柏さんにお願いして、群馬なりどこかへ逃げたらどうか」

藤吉 「ええ、身を隠したいと思います。ただ、家が破産しましたので、母や妹のことがどうなるか、それが心配です」

加藤 「大丈夫だ、私が差し当たり面倒を見よう。心配しなくても良いよ」

藤吉 「ありがとうございます」

落合 「なあに、まったく問題はない。“織平親分”に任せておけば、何の心配も要らんよ」

藤吉 「助かります、感謝します」

加藤 「藤吉君は宗作さんについて、ひとまず群馬へ行けば良い。あそこの同志達のお手伝いをしながら、時機が来るのを待つのだな。群馬に潜んでいれば、捕まるわけがない。 それよりも今後の対応だが、近いうちに警察に大規模な請願行動を取る。今のところは“合法的”な手段でやるが、こちらの要求はまず蹴られるだろう。その後にさらに、高利貸しへ個別に当たっていく。

 そうしながら山林集会を次々に開いて、困民党の組織を拡大していくのだ。幸い、田代さんも党首を引き受けてくれた。私は副党首を受け持つので、田代さんと話しを詰めていくが、皆さんも同席してほしい。 今のところは合法的にやっていくが、いずれ“にっちもさっちも”行かなくなるだろう。その時こそ、われわれは覚悟を決めなければならない」

高岸 「そうです、合法的なやり方で時を稼ぎながら、困民党の組織を強大なものにして行きましょう。長野県の方はどうしましょうか?」

加藤 「それは、田代さんと相談してからだ。あの人の考えを聞きたい」

坂本 「田代さんは党首を引き受けてくれたが、いつも全体的な情勢を見ている所があるから、いざ決起という時に応じてくれるかどうか心配だ」

落合 「それは今から云々する問題ではない。井上さんだって慎重な所がある。 機が熟してくれば、あの二人だって決断するだろう。問題はやはり、群馬県と長野県の動静だ」

高岸 「小柏さんは積極的だが、長野県の方がどうもねえ・・・」

加藤 「よし、早速一両日中にも、田代さんと話し合おう。その間に、宗作さんは藤吉君を連れて群馬へ行ってもらえれば良いのだが」

坂本 「分かりました、そうしましょう」

藤吉 「承知しました、いろいろお世話になります。僕は群馬でも長野でも潜伏します」 


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