MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯677 理想と正論はもううんざり

2016年12月11日 | 国際・政治


 ドナルド・トランプ氏が大統領選に勝利した米国を始め、世界の多くの国々が、理想を追い求めるゆとりと展望をなくしているのかもしれないと、ジャーナリストの田原総一朗氏は「週刊朝日」誌の12月9日号に記しています。(「トランプを勝利させた『理想を追うことをやめた世界』」)

 ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席、トルコのエルドアン大統領、そしてフィリピンのドゥテルテ大統領など、(日本の安倍晋三首相がどうかは分かりませんが)現在目立っているのは、デモクラシーや理性とは対極にいるリーダーたちだと田原氏は指摘しています。

 「自国の利益」を政策の中心に置き、国際的な協調や共存政策に優先させる。国民や移民の人権や平等といったリベラルな価値観を軽視し、国民の支持を背景とした強権的な政治運営を進める。政敵を罵倒し、場合によっては排除することも厭わない。

 そうした(ある意味「強面」の)リーダーが頭角を現し、経済的格差の広がりなどと共に(虐げられた)大衆の支持を得て、ある日突然、突出した力を持つケースが目立つようになったということです。

 トランプ氏は選挙戦において「米国は世界の警察をやめる」と宣言しています。

 他国のために米国の若者の血は流させない、正義のためだからといってアメリカ人が払った税金は使わない。こうした自国優先の政策が、(政治から疎外されていると感じている)プアー・ホワイトを中心としたトランプ氏の支持層に、強くアピールすることが判っていたからだと言えるでしょう。

 しかし、実は「世界の警察をやめる」と先に言ったのはバラク・オバマ現大統領だと、田原氏はこの論評で説明しています。

 東西冷戦の終結後に訪れた米国一強の国際社会において、米国はこれまで「世界の警察」であるために莫大な費用を使い、多くの兵士の犠牲もはらってきました。なのに、正義のために始めたはずのアフガン戦争、イラク戦争は世界の強い非難を浴び、米国民に苛立ち徒労感をもたらすことになったということです。

 田原氏は、こうした経緯を経て、(正義の味方に)疲れた米国民は、イラク戦争に反対したオバマ氏を初の黒人大統領に選んだと指摘しています。

 一方、今回の選挙で、トランプ氏は「オバマ大統領は世界の警察をやめると言いながら、現実にはやめていない。そこで、自分は本当に世界の警察をやめるのだ。」と主張しています。しかし、だからといってトランプ氏が「軍縮」かというと、逆に彼がやろうとしているのは明らかに「軍拡」だというのが田原氏の認識です。

 続々発表されているトランプ政権の主要ポストは、いずれも対イスラム強硬派で、しかも彼ははっきりと海軍力や海兵隊は増強すると言っている。そして、力による平和を打ち立てると強調していると田原氏は言います。

 さらに、トランプ氏は米国の軍事力だけで平和を打ち立てるのではなく、北大西洋条約機構(NATO)各国や日本や韓国にも、防衛費の増額を求めるとしています。

 田原氏は、トータルとして、こうしたことが「アメリカが世界の警察をやめる」というトランプ氏の政策が意味するもののようだと説明しています。

 氏によれば、そもそもトランプ氏当選の原動力は、米国の理想であったグローバリズムが行き詰まり、その矛盾(理想と現実の格差)に耐え切れなくなって疑問や徒労感を覚えた多くの米国民がトランプ氏に票を投じたことにあったということです。

 少し前にはBREXITと呼ばれる、国民投票による英国のEUからの離脱決定という出来事がありましたが、これもその根本にあるものは同じ感覚なのではないかと田原氏は捉えています。

 二度の世界大戦で欧州全土が戦場となり、多数の市民が犠牲になった。再び戦争を起こしてはならないということで作られたEUは、そうした意味で欧州の理想を象徴する存在だったということです。しかし、英国民の多くがEUの矛盾(理想と現実の格差)に追い詰められ、理想を追うゆとりをなくして離脱に票を投じたとこの論評で氏は説明しています。

 さて、このような田原氏の指摘から感じられるのは、「綺麗ごとは、もううんざりだ」という、余裕のない、苛立った空気が欧米各国を覆いつつあるという現実です。

 理想は理想であり、明日の飯の種にはなりえない。様々な制度疲労が社会を覆う中、今(我々が)求めているのは、この苛立ちを鎮めてくれる(単純な)満足と利益だということになるでしょう。

 そのような視点に立てば、女性や貧困者の人権を尊重し、移民やヒスパニックなどの弱者の立場を慮る(米国のリベラルを代表する)ヒラリー・クリントン氏が、彼らが嫌う「理想」を体現する存在、つまりトランプ氏の対立軸として意識・攻撃されたのも頷けるような気がします。

 彼女の不人気の背景に、倫理的に正しいことを「正しい」とし背筋を伸ばして言い放つ、いかにもエスタブリッシュメント(いいとこの御嬢さん)然とした「正義の味方」感への反感があったことは想像に難くありません。

 今回の米国大統領選の展開は、候補者討論会でクリントン氏が正論を吐けば吐くほど、「そういう話はもう聞き飽きた」と感じる人々の声が膨らみ、トランプ氏の背中を押したことの、言わば証しのようなものと言えるかもしれません。

  


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