MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1118 文部科学省と裏口入学

2018年07月13日 | 社会・経済


 文部科学省の私立大学支援事業をめぐり、同省の科学技術・学術政策局長が東京地検特捜部に受託収賄の疑いで逮捕されました。

 事件の一報を聞いて、これは「医大からみだな」とすぐに感じたのは、昨今の学生たちの医大人気の一方で生き残りをかけた競争が苛烈化する私立医大の経営の難しさを聞いていたからでした。

 果たしてその内容は、事業認定を行う見返りで息子の裏口入学を依頼するという、まるで「いつの時代の話だよ?」と言いたくなるような、露骨で古典的な手口のものでした。

 報道によれば、容疑者は私立医大を経営する東京医科大学から「私立大学研究ブランディング事業」の支援対象選定で便宜を図るよう依頼された見返りに、今年2月、息子を同大に不正合格させてもらったとされています。

 特捜部の任意の事情聴取に対し、東京医科大の理事長や学長は概ね経緯を認めているということですが、検察関係者からは元局長本人は容疑自体を否認しているという話も伝えられているようです。

 改めて指摘するまでもなく、昭和の昔から、私立医大では多額の寄付金を出せば入学させてもらえるという(いわゆる)「裏口入学」の話を聞くのは普通のことだったと言っても過言ではありません。(実際、今回の事件の捜査の過程で「裏口入学者リスト」なるものが見つかったのとの報道もありました。)

 東京医科大学に限ったことではありませんが、私立医大の入試に関しては、「裏口」とまでは言わなくても「補欠合格」の名のもとに一定の寄付金を納付できるかどうかで合否を判断したり、同窓会組織などによる「OB推薦枠」があるなどといった話もそれほど違和感なく受け止められてきたところです。

 勿論、医師の養成や医大の経営には(普通の大学とは一ケタ違う単位の)お金がかかるので、(病院の経営などで利益を得にくくなっている現在)大学自身でそれなりのお金を集めなければならないのも判ります。

 だからこそ、(大学の経営サイドとしても)文部科学省が牛耳る国の補助金を獲得することで大学の名声や評価を高めていく必要があり、頼りとする医療系企業などからの資金や学生の(親たちの)寄付金の増額などにつなげていく必要があったということでしょう。

 事件の背景にある医科大学が置かれているこうした構造的な問題について、7月11日の日本経済新聞(コラム「大機小機」)は「大学と文科省」と題する興味深い記事を掲載しています。

 国立大学法人運営費交付金や私立大学への助成金など、高等教育には現在、約1.5兆円の国費が投じられていると記事はまず説明しています。

 大学に渡される資金の配分について、かつては、学生数など外形標準に基づいて機械的に算定された。しかし、国立大学が独立行政法人に改組した時期から、限られた予算の配分上「競争的な資金」の比率が徐々に拡大してきたのだということです。

 大学が評価され、評価に応じて好成績の大学に重点的に予算配分するという考え方自体は否定するものではない。しかし、そこに深刻な副作用が生じると記事はここで指摘しています。

 ひと口に「評価」といっても、基準はスポーツ競技のように単純ではないと記事は言います。当然そこには「裁量」の余地が大きくなり、結局、何をすれば評価されるのかを一番よく知っているのは「ルールをつくる」文科省になるというのが記事の認識です。

 大学としては生き残りをかけて資金獲得に力を入れざるを得ないから、何はともあれ文科省に相談し、指南を仰ぎたいと考えるのが自然な流れとなるでしょう。

 学部・学科の新設といった大学の将来を大きく左右する事業でも、文科省の許認可は不可欠だと記事は記しています。

 そう言えば、以前、私もとある大学の「学科」の新設のお手伝いをした際、ちょっとした新しい考え方を30歳代とおぼしき担当の係長だか課長補佐だかに理解してもらうために、様々な資料を求められ1カ月以上にわたって日参させられたのを覚えています。

 何の意味があって、個別の大学の運営にここまで細かく(そして権威的に)関与するのかが(正直)良くわからなかったのですが、恐らく彼らにも(それは)よくわかっていなかったのではないでしょうか。

 いずれにしても、こうした状況では大学がこぞって文科省とのパイプを求め、大学と文科省の関係を密にしようとするのは仕方のないことかもしれません。

 昨年、文部科学省では早稲田大学をはじめとした私立大学へのOBの組織的な天下りあっせんが問題となったばかりですが、実際のところ、全国の国公私立大学に在籍している文科省OBや現役職員は、一体に何人になるのか想像もできないと記事は指摘しています。

 かつて問題となったものに、旧大蔵省や日銀からの金融機関への天下りがありましたが、記事は(規制・指導をする側の)大蔵省・日銀と(される側の)金融機関との関係は、現在の文科省と大学とのそれとほぼ同じだと説明しています

 (にもかかわらず)金融機関への天下りは跡を絶った現在でも、どういうわけか文科省から大学への人の流れは実質的に今でもフリーパスに近いというのが、天下り問題に関する記事の見解です。

 そもそも、文科省が旗を振る「改革」はおおむね的外れではないだろうかと記事はしています。

 今回問題になった「私立大学研究ブランディング事業」は1校あたりわずか年3000万円ほどで、その効果には疑問符が付く。18歳人口の減少が分かっているのに、大学の数も大幅に増やしてきた。大学改革の前に必要なのは、高等教育行政の大改革ではないかということです。

 (なすべき改革はたくさんあるのに)そんな中で起こった今回の受託収賄事件。お金の授受ならまだしも(それも決して褒められたものではありませんが)、教育をつかさどる文部科学省が最も信用とその権威を失うのが、この手の裏口入学であることは間違いありません。

 文部科学省の猛省を促すとともに、この際、あるべき姿に立ち返り省の体質を変えていくべき時と考えますがいかがなものでしょうか。



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