チャプーーー
 
 
木の葉の擦れ合う風の音の合間から聴こえる鳥の囀ずり。
大きめの平らな石に腰掛け、穏やかにせせらぐ小川で素足を濡らす。
 
 
キョーコは幼い頃に支えられた森の妖精の声に耳を傾けていたーーー
 
 
『キョーコちゃん、久しぶりね。』
『キョーコちゃん、大きくなったわね。』
『キョーコちゃん、元気出して?』
『キョーコちゃん、遊ぼう!』
 
 
その自然の優しさと懐かしさに触れ、次第に心を落ち着かせていくキョーコ。
 
 
あとは、ここに、コーンが居てくれたら…………。
 
 
そう言えば、全ての事の発端であった蓮とエイミーとの再会。
エイミーは確かに蓮を "コーン" と呼んだ。
その真意を確かめようとしたものの、結局はそれも分からず終い。
 
蓮とエイミーはどうなったのだろうか……
 
蓮に思いを馳せてしまったことで、つい緩む涙腺。
最近、泣いてばかりだなと……
そう思ったキョーコはいつもここで泣いていた幼い頃を思い出した。
 
ここではいつも一人で泣いていた。
だが、ある時からは一人ではなくなった。
 
そして、また一人になったとき、キョーコの手元には心強い宝物が残された。
 
その宝物をポケットから取り出し、空へと掲げる。
 
すると変わる光彩。
 
 
「……魔法……」
 
 
キョーコは宝物を握りしめると目を閉じた。
 
 
「コーン……。
 
 コーン……会いたい…………。」
 
 
滲む雫がポツリと宝物の上に零れ落ちる。
 
 
キョーコがゆっくりと目を開くとーーー
 
 
「っ!?コーンっ!!」
 
 
コーンは眉根を下げながら、反対岸に佇んでいた。
 
 
「キョーコちゃん……」
 
 
「っ、コーン!コーン!コーンッ!!」
 
 
キョーコは裸足のまま小川の中を駆け出した。
コーンも慌てて靴のままで川へ入り、キョーコを出迎える。
 
 
川の真ん中で手を取り合った二人。
 
 
キョーコは、コーンの頬を引き寄せると、目の色と髪色に間違いがないことを確かめた。
 
 
「コーンだ…………。」
 
 
「……うん、キョーコちゃん……。」
 
 
「来て……くれたんだ……」
 
 
「……うん……」
 
 
「嬉しい……っ」
 
 
純粋に微笑むキョーコを見て、チクリと感じる後ろめたさを隠しながら、蓮も微笑んだ。
 
 
懐かしい自然の中で再会を喜んだ二人。
 
あくまで“コーンとキョーコちゃん”としての会話をしばらく楽しんでいると、キョーコがクシュンと小さな嚔をした。
 
 
「風が出てきたね。
 冷えるといけないし、川を出ようか。」
 
 
「そうね。」
 
 
二人は小川から森を抜けて、一般道へと出た。
 
するとーーー
 
 
「蓮!蓮だわ!」
「どこっ!?ほんとだ敦賀蓮っ!」
 
 
明らかに自分達を指差してそうはっきりと聞こえる言葉に、驚いた二人はその場から走り出した。
 
次々に追いかけてこようとする人達を振り切りながらひたすらに走る二人。
 
 
「コーン、こっち!」
 
 
土地勘のあるキョーコが導いたその先は、古びた一軒の民家。
 
あまり人の住んでいる気配もなさそうなその家の玄関に立つと、キョーコはポケットから一つの鍵を取り出した。
 
中へ入ると内鍵をしっかりとかけて、電気を点ける。
 
 
「良かった……電気点く……」
 
 
キョーコについて靴を脱ぎ、その家に上がるコーン。
 
 
「ここ……は?」
 
 
「ここは、最上の……私の母の生家なの。
 もう何年も使われていないんだけど……」
 
 
そう言いながら壁に貼られた、清掃を記す表に指を這わすキョーコ。
 
冴菜がハウスキーパーを入れ、家の手入れはしっかりとされているようだ。
 
最低限の備蓄がされていることも確認したキョーコは、コーンに座るよう促す。
 
コーンは辺りを見回しながら、リビングと思しきテレビのある部屋の座椅子へと腰を下ろした。
 
そして先ほど自分に向けて敦賀蓮だと叫ばれたことについてある仮説を導き出していた蓮は、目の前のテレビを点けた。
 
 
「……コーン?」
 
 
お茶を淹れてきたキョーコも隣へと座り、怪訝な顔つきでチャンネルを変え続けるコーンを不思議そうに見ていた。
 
するとある番組でリモコンを操作する手が止まる。
 
 
『続いてはお待ちかねの芸能スクープです!
先日初スキャンダルが明らかになりました、俳優敦賀蓮さんの、更なる大スクープ!!
なんとーーー』
 
 
テレビの内容に驚いたキョーコが慌ててコーンからリモコンを奪おうとするが、それを制止される。
 
 
「やだっ、コーン!消してっ」
 
 
「見てて、お願い、キョーコちゃん……」
 
 
『噂になりましたエイミーさんとはどうやら以前にもお付き合いがあったそうですね!
 更には、敦賀蓮さんがなんと本当はーーー』
 
 
「コーンっ!」
 
 
「……っ」
 
 
『日本人じゃないということと、ご両親が超ビッグネームのあの方達だということが判明しました!』
 
 
「え……?」
 
 
必死にテレビを消そうとしていたキョーコだが、その言葉に思わず画面へと視線を向ける。
 
 
『いやー驚きましたね、まさかあの保津周平が父親だったとは……!!』
 
 
「保津……」
 
聞き覚えのある名前に、キョーコは固まった。
 
 
「それって……」
 
 
『つまりはあのハリウッドスター!クー・ヒズリの息子だったということですね!?』
 
 
「クー…………
 
 えええええっ!!?」
 
 
『そして、なんと我々は子どもの頃の何とも愛らしい姿の写真を手に入れました!こちらです!』
 
 
そこに映し出された写真は……
 
 
「……っ、コーン……!」
 
 
キョーコは目の前の大人の姿のコーンとテレビの中の10歳頃のコーンとを見比べた。
 
 
『なんと敦賀蓮さんの本名はクオン・ヒズリと仰るとのことですねー。
 単身で来日する以前は、本名で俳優活動をされていたという情報もあります!いやー驚きましたね。』
 
 
「クオ……ン?」
 
 
「あぁ、クォーン……。」
 
 
蓮が正しい発音で発声すると、ようやくキョーコの中で合点がいきはじめた。
 
 
「あな……た、妖精さん?……お名前……は?」
 
 
「クオンだよ……キョーコちゃん。」
 
 
 
 
 

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