Ⅱ.動機の錯誤
ⅰ)具体例
 動機の錯誤は意思表示自体には錯誤(思い違い・勘違い)はないのですが、そこに至る動機に錯誤がある場合です。

 お持ちの憲法の本で「司法権」の説明のところに載っている「板まんだら訴訟」を参考にして例を書いてみます。イメージをつかんでもらうためです。

 日蓮聖人が弘安2年(1279年)10月12日に建立した本尊とされる通称「板まんだら」というものがあり、これを安置する本堂を建てるなどのために寄付を募りました。「など」と書いたのはもうひとつ宗教上の理由があるのですが、それを割愛したからです。

 日蓮聖人御自身がお書きになった「まんだら」ということですので、恐らく「南無妙法蓮華経」と書いてあるのだと思います。検索したところ、多分これだろうという確信が持てるものがありませんでしたので、写真は載せません。ご自分で検索してみて下さい。
 歴史的価値があるのみならず、日蓮宗の信者からすればそれこそ「ご本尊」ですから、これを納めるための本堂ということで寄付をしました。原告は複数で額もまちまちなのですが、ここではAがB(宗教団体)に100万円を寄付したということにします。
     贈与
A ―――――― B(宗教団体)
   100万円

 Aは、

「100万円を寄付(贈与)しようと思って100万円を寄付(贈与)した」

のですから、ここに錯誤はありません。
 ところがこの「板まんだら」が偽物かも知れないという話になりました。そうするとAは、

板まんだらが本物だと思っていたから100万円を寄付しようと思った

のですから、「動機」に思い違い、勘違いがあることになります。
 そこで、Aは錯誤による無効を主張して、100万円を不当利得として返還を求めたというような事案でした。

     贈与
A ―――――― B(宗教団体)
    100万円
      ↑
  錯誤により無効  

 無効と不当利得の関係は、

不当利得1 その重要性

を参考にして下さい。
 Aの不当利得返還請求に対して、

「宗教上の問題だから法律を適用して解決・判断することはできず、司法権の範囲外(法律上の争訟にあたらない)」

という判断をしたのが「板まんだら訴訟」の最高裁判決(最判昭56.4.7)です。そこが憲法の本に書いてあると思います。
 「板まんだら訴訟」については、

公定力を否定する方法8 本案判決と訴訟判決

で触れました。
 例によって長くなりましたが、

「100万円を寄付しようと思って100万円を寄付したことに思い違いや勘違いはないが、何故100万円を寄付しようと思ったかという動機に思い違い・勘違いがある」

ということで「動機の錯誤」を理解できるのではないでしょうか。

 もうお解りでしょうがもう少し例を挙げます。
 拙ブログが子供の頃に通っていた歯医者さんは、「藪だけど金儲けは上手」との評判だったようです。当時は現在のようにそこら中に歯医者さんがいるという時代ではなく、評判自体も子供には良く分らずに通っていました。
 その歯医者さんは表通りに面していたのですが、その表通りの下を地下鉄が通るという噂が流れました。そこで、歯医者さんは自分の医院あたりに駅ができるのではないかと考えて自分の家の周りの土地を買ったという、これも噂が流れました。

 地下鉄は通ったのですが、結局、歯医者さんの近くに駅はできず、数百メートル離れたところにできました。土地の売買価格を1000万円だとすると、

「あなたの土地を1000万円で買う」

と言って買ったので、そこに錯誤はありません。

「地下鉄の駅ができるから」

というのは動機で、結局、駅ができなかったのでこれも「動機の錯誤」になります。

 先日、「ヨルタモリ」に篠山紀信さんが出演していました。宮沢りえさんがバーのママという設定でレギュラー出演していますので当然の如く宮沢りえさんのヌード写真集「サンタフェ」の話になっていました。拙ブログは見たことないのですが、篠山紀信さんが大変綺麗に撮ったとのことです。
 どうもアマゾンにはないようで、初めてですが楽天から、

美品 帯あり 宮沢りえ サンタフェ 宮沢りえ写真集 santafe 【中古】美品です。ポストカード3枚つきです。
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 ここでみうらじゅんさんの話に移ります。
 随分前なのですが、みうらじゅんさんが古本屋の前を通ったら店頭に「サンタフェ」が置いてあり、そこに「サイン入り」と書いてあったそうです。ヌード写真もみうらさんの収集の対象ですから、ある意味当然の如く買って家に帰って開けてみたところ、

「篠山紀信のサイン」

がしてあったとのこと。
 表示に偽りはありませんが、「それってどうなのよ」というところです。

ⅱ)判例の扱い
 動機の錯誤は民法95条の錯誤ではないというのが判例の考え方です。内田先生の本によると現在の多数説はこれと異なっているとのことですが、あくまで判例を基本にして書きます。

 判例は、錯誤が表示されて「法律行為の要素」となった場合に、95条の錯誤として無効になると考えています。
 この考え方に立つ判例(最判昭29.11.26)は、

「意思表示をなすについての動機は表意者が当該意思表示の内容としてこれを相手方に表示した場合でない限り法律行為の要素とはならないものと解するを相当とする。」

と判示し、別の判例(最判昭45.5.29)は、

「一般に、錯誤が意思表示の要素に関するものであるというためには、その錯誤が動機の錯誤である場合には動機が明示されて意思表示の内容をなしていること及びその動機の錯誤がなかつたならば通常当該意思表示をしなかつたであろうと認められる程度の重要性が認められることを要するものと解すべきであり・・・」

と判示しています。
 これは「動機」は表示されないため、「動機の錯誤」をそのまま95条の錯誤として無効にしてしまうと相手方を害する、すなわち、取引安全・動的安全を考慮したものです。

 上で、拙ブログが子供の頃に通った歯医者さんの例を出しました。結局、地下鉄の駅はできなかったのですが、ここで歯医者さんが土地の売主に対して、

「実は地下鉄の駅ができてこの土地がその用地になり、高く売れると思ったからあなたから土地を買ったんだ。駅ができないことになったので『動機の錯誤』であり、『動機の錯誤』も95条の錯誤だから無効なので土地を返すから、1000万円を戻してくれ

と言われたら、売主としてはダチョウ倶楽部ではありませんが、

聞いてないよ~

ということになるでしょう。
 また、「篠山紀信のサイン」についても古本屋の店主としては、

「誰のサインだと思ったの?」

ということになるのだろうと思います。こちらは意図的な感じがして微妙ではありますが・・・。

 こんなことから、動機が「表示」されてそれが「法律行為の要素」となっている場合に初めて95条の「錯誤による意思表示」として「無効」になるというのが判例の考え方です。

 上に挙げた2つ目の判例は「動機が明示されて」となっているのに、ここでは動機が「表示」されてと書きました。これは「黙示の表示でも良い」という判例があるからで、それが現在の「判例百選Ⅰ」(6版以降)に載っています。
 従って、次はその判例の説明になるのですが、今日はここまでにします。

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