このコマは禅の公案の話。
神道は公案で試したりこそありませんが、
日々の生活、生業に神(神性)をあらわす
(性格には主義は偏りと捉える。
惟神とは主義ではあり得ない。)
つまりは修行修行してない
魂の修行、
み魂磨きのススメなのです。
【参考記事】
惟神(かんながら)とは◯◯◯◯であってこそです。
分析よりも先に、浄化を終生の霊行と思って取り組むことです。
コマは『鉄鼠の檻』の
コミカライズ版の2巻から。^ ^
鉄鼠の檻(2) (KCデラックス エッジ)
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言葉が巧みになったり、持ってる情報が多くなっただけで解った気になっちゃうことって多いものですよ。
記事の雑なワタシが言っても説得力に欠けますねぇ。どなたか巧くて楽しい文章を書いてる方が仰らないかなぁ… (遠い目)
久々にTHE松田
まだこちらが清々しいでしょうかね?^ ^