わんこさんは、赤柴の女の子でした。分かりやすいたとえで言うと、昔話の桃太郎が連れているあのキツネっぽい色形の、最もベーシックな柴犬。
赤みがかったキツネ色のあの被毛は、でもよく観察すると、全面に均等な彩色ではないのです。体の裏側にあたるおなかや顔の下半分が白いというだけでなく、本来キツネ色一色であるべき背中の、人間で言ったら肩甲骨のあたりがすっと一刷毛、左右対称に白っぽくなっている。きっとこれ、赤柴を飼っていたらきっと当然の知識なんだけれど、このトリビア、一般的にはどれほど浸透しているのかな?もし知らなかったら今度、よく観察してみてほしいなと思います。その背中をじっと見つめていると、親バカの私はやっぱりの思考回路で、思い込んでしまうのです。これはもう間違いなく、天使の羽だよね、と。だって、無邪気でまっすぐな心を持つワンコはみんな、神様がヤキモチを焼くほどに清らかな存在なのですから。
私はわんこさんを、正面から見るのと同じくらいに、後姿も好きでした。駆け引きを知らずまっすぐな考えしかしない彼らの視界に、行動を規制する飼い主の姿が反映されていないのだから、後姿は一切の媚がない。大きな耳のついたモフモフのまあるい後頭部は、一人前に何かを考えているみたいで、なんだかとても健気です。永遠の3歳児と称されるその理由は、意志を持って自分の行動ができるのに、見えていないもののことは一時その存在を丸ごと忘れてしまえる幼さ。ちょっと浅はかでオチが簡単に予測できてしまう、単純さ。オチがついたときのうろたえかたも、空とぼけてなんとかごまかそうとするところも、みんなみんな面白くて、抱きしめたくなるほどかわいい。まさに天使。
ここブログの世界で、私は今、わんこさんを実際に連れ歩いていた頃のリアル社会でよりもずっとずっとたくさんのワンコたちを見かける。正確に言うと、その子たちにとってのお父さんやお母さんが愛を込めて撮った写真や動画を見て、実際には会ったことなんてないのに、ずっと以前から知り合いだったかのような幸せな錯覚を起こしている。柴犬のブログが多くなってしまうのは、私が柴犬好きっていうのと同時に運営さんからの誘導もあるかもなとも思うんだけど、とにかくたくさんの柴ちゃんたちの幸せな日常を見せてもらえる。そうやって知ったよその子たちの背中にも、天使の羽を見つけてなんだかうれしく、一人にやけてみたりする。ほらね、やっぱりワンコは天使だよ、って。
かわいい後ろ姿