猫之妙術 | 馬術稽古研究会

馬術稽古研究会

従来の競技馬術にとらわれない、オルタナティブな乗馬の楽しみ方として、身体の動きそのものに着目した「馬術の稽古法」を研究しています。

ご意見ご要望、御質問など、コメント大歓迎です。





  乗馬というのもある意味「命懸け」ではありますが、
古来、まさに「生命に関わる」ことを追求してきたのが、武術の世界です。

  対峙する相手の動きを見、気配を察して、素早く対処しなければ、死へと直結することにもなる武術は、
最も端的に「生命にかかわる」ものであり、だからこそ様々な考察や試行がなされ、多くの古典も残っているのだろうと思います。

  江戸初期の二刀流の剣豪・宮本武蔵の『五輪書』、柳生新陰流の基本的伝書『兵法家伝書』、沢庵和尚の『不動智神妙録』、唯心一刀流の根本伝書『一刀斎先生剣法書』、佚斎樗山の『天狗藝術論』、白井亨の『兵法未知志留辺』などなど、枚挙に遑(いとま)がありません。

  その中で、幕末・明治の政治家であり,剣術家であった山岡鉄舟が愛読し秘蔵したと伝えられる、佚斎樗山(いっさいちょざん)の名著、『猫之妙術(ねこのみょうじゅつ)』を取り上げてみたいと思います。

  もともとは江戸時代の老荘思想に関する啓蒙書である『田舎荘子』の中の一章を、猫の言葉から剣の極意を悟らせるという、非常にユニークな物語として樗山がアレンジしたものです。


  お話は、「勝軒(しょうけん)」という剣豪の屋敷で起こった、とんでもなく怪物めいた鼠の退治騒動という設定で進められます。

  まず、勝軒の家の飼い猫に捕らせようとしますが、逆に鼠に喰い付かれ、逃げ出してしまいます。

  それで今度は、近所から鼠捕りのうまい猫を何匹も借り集めてきて鼠に向かわせますが、どの猫もこの鼠には敵いません。

  そこで勝軒は、噂に聞いていた六、七町先にいる「無類の逸物」といわれる古猫を、下僕に命じて借りて来させます。

  その猫は、暇さえあれば寝ているというような、ぼんやりした古猫なのですが、鼠に向かわせてみると、なんと、いとも簡単に鼠を捕らえてしまったのでした。

  その夜のこと。鼠捕りに失敗した近所の猫たちが集まり、この古猫を上座に据え、教えを乞います。

  ここからは、その鼠捕り問答の部分です。


「まず、各の修行の程をうけ給わらん」

古猫の言葉に、最初に進み出た「するどき黒猫」が、答えました。

「我れ鼠をとるの家に生まれ、其道に心がけ、七尺の屏風を飛び越し、
ちいさき穴をくぐり、猫子の時より早わざ、軽わざ至らずと云所なし・・」



  それに対し、古猫は答えます。

「嗚呼 汝の修する所は、所作のみ。故にいまだ、ねらう心あるをまぬがれず。
古人の所作を教るは、其道筋をしらしめんが為なり。…(略)

後世所作を専として、兎すれば角すると、色々の事をこしらへ、巧を極め、古人を不足とし、才覚を用ひ、はては所作くらべとなり、巧尽て、いかんともすることなし……

道にもとづかず、只巧を専らとする時は、偽りの端となり、向(さき)の才覚却而(かえって)害に成る事おほし。」

(あなたの修行というものは早業、体捌きができるようにしただけで、相手を倒してやろうという心をなくすことができない。

古人が具体的な動きを教えるのは、その本質を悟らせるためであり、その動きは簡単に見えても、深い道理が含まれているのだ。

それが後世、具体的な動きの種類の多いことを喜び、敵がああくればこうすると、様々な策を考え、果ては古伝の動きを不足とし、単に動きの巧妙さ競い合うようになった。

それではその巧妙さの限界まで行ってしまえば、どうしようもなくなる。 

小賢しい才覚や器用さのみに目を向けていると、本質を見失う元となり、小手先の技術は役に立つようでいて、かえって身を滅ぼすもとなることが多いものだ。) 


  七尺の屏風を越えるジャンプ力や穴をくぐる敏捷性、あるいは、こうきたらこう、と具体的な場面を想定した器用な動きなども、それだけを追求していたのでは、かえって本質を見失って、自然な動きが出来なくなってしまう、いうわけです。

  古猫は、「古人の所作を教ふるは、其道筋をしらしめんがためなり」と、「所作」を学ぶことを全く否定しているわけではありません。

  馬術を含めた現代のスポーツにもしばしばみられるような、「科学的」な理論に基づいて鍛えた筋力やスピード、簡単に説明できる程度の器用なテクニック、派手なパフォーマンスといった表層的な技術に溺れることの視野の狭さを、古猫は指摘しているのだと思います。


つづく