「エネルギー」の使いこなし方 | 馬術稽古研究会

馬術稽古研究会

従来の競技馬術にとらわれない、オルタナティブな乗馬の楽しみ方として、身体の動きそのものに着目した「馬術の稽古法」を研究しています。

ご意見ご要望、御質問など、コメント大歓迎です。




  



  様々なスポーツや武術、あるいは日常の生活や介護などの動作を、身体に余計な負担をかけずに、かつ必要な力を発揮できるように効率的に行うためには、

運動中に発生する様々な『エネルギー』の流れに着目して、身体運用の方法を考えてみるのも有効だと思います。




  ・『エネルギー』とは?

  歩いている人の身体や、転がるビー玉など、運動している物体というのは全て、その質量や速度に応じた『エネルギー』を持っています。

  例えば、ビー玉を指で押して転がした場合
そうして発生した 『運動エネルギー』は、

ビー玉が転がる床が登り坂になり、運動の軌道が上向きになると、重力と拮抗することによって縮減されますが、

代わりに上昇した高さに応じた『位置エネルギー』を持つことになります。

 

   陸上競技などで、身体の上下動が大きいと速く走れない、というのはこのためで、重心を上に持ち上げるためにエネルギーがムダに消費されてしまうわけです。

  
 乗馬でも、軽速歩の「立つ」動きが上手く出来ない方というのは、

足で鐙を蹴って上に飛び上がろうとするような力が、腰を前へ出して前に重心移動する運動のエネルギーを打ち消して、
随伴の動きにブレーキをかけてしまうために、馬の動きに遅れてしまっていることが多いものです。


  ですから、軽速歩の動作を上手に行うためのアドバイスとして、

・鐙を足先で蹴らないように

・馬の反撞でお尻が突き上げられる力を利用して

・腰を前に突き出す感じで

というのは、
力学的にみても理に適っているということが言えそうです。


  
 自分の身体のもつ位置エネルギーを利用して効率的に運動エネルギーを発生させる感覚を体感するのに有効なものとして、『牧神の蹄」というトレーニング器具があります。






 これを足指で掴むようにして立つと、
バランスを保つために、自然に胸が少し前に出るのと同時に、股関節や膝、足首の関節が少しずつ曲がっめ腰が沈み、

足指の付け根の「MP関節」の後ろ辺りに重心が乗った、

ちょうど乗馬で、鐙の踏み板に重心を載せたのと同じようなバランスになります。


 
 そのようにして立った姿勢から、試しに足先に力を込めて地面を押すようにしてみると、足先を踏み下げようとする力によって脛の骨が後傾して重心が後ろに移動し、身体は後ろに倒れそうになると思います。

 これは、軽速歩で鐙を蹴って立とうとして、かえって馬の動きに遅れて手綱を引っ張ってしまう状態と同じです。


  そうではなく、逆に足先を浮かすくらいのつもりで、足首や膝、股関節をカクッと「抜く」ような感じで僅かに曲げ、重心を落下させるようにしてみると、今度は身体は前に倒れようとするはずです。

  こ身体の持つ「位置エネルギー」が、前方向への「運動エネルギー」へと変換されたわけです。

 乗馬でも、足に力を入れて鐙を「踏み込む」のではなく、身体をリラックスさせた状態で重心下に置いた鐙に「載る」ようにすることで、

後ろから突き上げてくる馬の反撞のエネルギーも利用しながら、自然に前進する馬の動きに遅れずに随伴することが出来るようになるのではないかと考えられます。


 『牧神の蹄』が手元にない場合でも、床に置いた木材や鉛筆などの上に足を置いて、その上に重心がくるように少し胸を前に出す感じで立ってみることで、同じような感覚を得ることが出来ますので、

興味の湧いた方はお試しいただければと思います。




  また、この『運動エネルギー』の面白い性質として、

ビー玉を転がして、くっついて並んでいる複数のビー玉の列に衝突させると、
衝突した側とは反対側の端にあるビー玉が飛び出して転がっていくように、



「物体が接触するとエネルギーが瞬時に受渡され、転移する」というものがあります。




  

 この原理は、ウェイトリフティングでバーベルを持ち挙げる際の動きなどにも応用されています。  



  初めに人間が力を加えることによって上向きの運動エネルギーを与えられたバーベルが、さらに上昇を続けようとする一瞬の間に、素早くその重心下に身体を入れるようにすることで、担ぎ上げることが出来る、というわけです。


  競馬場のパドックなどで、ジョッキーが乗馬する時、厩務員さんが片手で足を支えて軽々と持ち上げているのを見たことがある方もいらっしゃるのではないかと思いますが、



あれも「ジョッキーの体重が軽いから」
というだけでなく、

ジョッキー自身が地面についている方の片足でジャンプするのにタイミングを合わせるように厩務員さんが下から力を加えて、上向きの運動エネルギーを「増幅(ブースト)」させてやることによって、フワリと軽く浮き上がっているように見えるわけです。
  
  
  同じ要領で、皆さんが一人で鐙に足を掛けて馬に跨るような場合でも、
 
片足で地面や踏み台を軽く蹴ることで起こる上向きの運動にタイミングを合わせて腕を引きつけ、足を振り上げて跨がるようにすることで、

鐙に掛けた足を強く踏み込むことなくそっと跨がってやることが出来るようになり、

乗る時に鞍がズレたり、馬をフラつかせてしまうようなことも少なくなるだろうと考えられます。



   人間や馬の身体のもつ様々な「エネルギー」の上手な使いこなし方を工夫してみることで、

馬にも、私たち自身の身体にも優しい形で、馬とのコミュニケーションや扶助操作を行うことができるようになるのではないかと思います。