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川端同心 思うところあり・・・22

2019年06月07日 | 川端同心の裏方記録1~37

老爺に案内されるまま、座敷に通されると

老爺は疋田さまを呼びに行った。

漏れ聞こえてくる老爺の声からも

やはり、川端が来ると見越している疋田さまである。

「お連れしました」

ただ、それだけで、だれといわずとも川端の訪問だと通じているようだった。

やがて、座敷のふすまが開き、疋田が、現れた。

「突然、ぶしつけに・・」

いきなりの訪問を詫びる言葉を疋田が制した。

「なに、気にすることではない。

わしも、お前をまっておった」

なぜ、待っていたか尋ねるのは、さらに不調法と思えたが

川端は思い切って尋ねた。

「私を待っていたとは、いかなる由縁からでしょう」

川端の問いに疋田は腕を組んだ。

川端は自分の所作をみているようで、

疋田さまの心情が判った。

―どういうふうに、順序だてては話そうか、かんがえていらっしゃる―

川端にはそう見えた。

奇妙な沈黙が座敷に流れてくる。

その沈黙を破ったのが老爺の連れ合いである。

ふすま越しに

「お茶をお持ちしましたが・・・」

と、後が途切れるのは

座敷に入って良いか、悪いか、疋田の返事を待つためだった。

「ああ、ちょうどよい。私も喉が渇いた」

手持無沙汰になる沈黙の間、川端も間がとれる。

確かに、ちょうどよい。と、言える。

老爺の連れ合いが茶を置いていくと

疋田の話の糸口がほぐれ始めた。

「先のは、源次郎・・ああ、お前を連れてきた爺さんだが・・」

その爺さんの家内であるとつづけるつもりだったろうに

疋田はすこしばかり、苦笑した。

「源次郎を爺さんといえるほど、私も若くはないが」

疋田の髪はいくらか、薄くなっていた。

少なくなってしまった髪を髷に結い上げているものの

それは、もう、真っ白になっていた。

「その源次郎を使いにだして、お松の様子をうかがおうとしたのだが」

哀しい思いが上がってくるのを飲み下すように茶をすすると

疋田はくっと、歯噛みをしていた。

「お松が身を投げて亡くなっていた・・ということだったが、

徳造が、番所に置かれているというので・・な。

これは、おかしなことだとおもった」

川端の考えていることと、

疋田の考えていることが同じといってよい。

「お松は、少なくとも、身を投げるような娘ではない。

ましてや、大河に放り込まれるような恨みを買うこともなかろうし

徳造はお松と私のことで、お松を良い金づるだとおもっていただろうから

徳造がなにかしたというのも、腑に落ちない。

だが、その徳造がとらまえられていれば

私とお松のことを話すだろう。

ところが、元、老中などという肩書に恐れをなしてしまうものは

私のところには、やってこれまい。

これると、すれば、川端、おまえしかおるまい」

「なぜ、私がこれると?」

川端自身、なぜ、これたのか、わからない。

疋田の洞察もまた、不思議にしか思えなかった。

「覚えておるか?

罪を裁くでない。人を裁くでない。心の在りようを裁くのが、務めだと、いうたことを」

覚えているかもあったものではない。

つい、さっき、その言葉を反芻していた川端である。

「その考えであれば、おまえの目が狂うことはない。肩書などに恐れをなさず

真実をみさだめようとするお前だと思うから、必ず、来るとおもっておった」

疋田の思いを聞く川端の胸に自然な摂理が流れ込んできていた。

それは、疋田もまた、真実を見定めたいと思っているからこそ

川端を待っていたということだ。

「疋田さまも、お松がなぜ、死んでしまったかを・・」

川端の言葉を最後まで待たずして、相通じるものが疋田をうなづかせていた。

「お松は、良い気性をしておった。

最初は亡くなった家内におうておるきがして呼びつけたが

私もずるい人間だった。

所詮、女郎、底のことまでは判らないと用心しておった」

疋田が己の人としての弱さを臆面なくさらすのも、

お松のくったくない気性がさせるわざなのかもしれない。

「だが、何度かおうて、話してみると、温かい心をもっておってな。

こんな良い娘を女郎などにおいていてはいけないと思い始めた」

それで、疋田はお松を後添えに迎えようとかんがえはじめたのだろうか?

「ぶしつけなことですが、疋田さまはお松を後添えにと、お考えになっていたのですか?」

問われた疋田は、一瞬、何を言われたかを考え直している様だったが

すぐさま、川端の質問を軽く、笑い流した。

「まさか。お松と私は、爺と孫・・いや、ひ孫ほど、歳がはなれておる。

こんな爺など、すぐにおっちんでしまうだろうに、

かえって、お松は路頭に迷う。

私は、お松におなごの教養を身につけさせて

養女にもろうて、しかるべきところに嫁がせようとかんがえていた。

そのために、和歌や茶に生け花、文字に立ち居振る舞い、話しかたなど

少しずつ、教えてきていた」

と、いうことは?

「疋田さまと、お松は・・」

川端の考えていたことを疋田はすんなり見抜くと大きな笑い声をたてた。

「お松と私が男と女の仲だと思われても仕方があるまい。

徳造には、特に内情をふせておいたし、

徳造もそうだと思い込んでおったから、

事実を話しても、繕うておるとしかおもわなかっただろうから、捨て置いた」

「お松には、話してあったのですか?」

「養女にもらいうけて・・・と、いうことをかな?」

「ええ」

疋田の問いに頷きながら、川端の推量はめまぐるしく頭の中をかけめぐっていた。

「それは、話していなかった。ある程度、行儀作法ができてきてからだという思いもあったし

おしつけて、やらせるのでなく、お松が自然におぼえていけるようにと気をくばった。

例えば、読み書きも

亡くなった家内にかこつけてな・・・

あれは、良く、私に書をよみあげてくれていたのでな・・

お松に同じようにしてもらえぬかなと、頼んでみたりした。

すると、

まともに読めぬ文字があるので、教えてもらえるか。と、お松からいうてきた。

お松も、私が・・お松に妙な思いをもってない。

本当に話しをしたい・・・・」

話す途中で、疋田は川端の様子に気が付いた。

「川端?」

「あっ、はい」

川端も疋田に呼ばれるまで自分に気が付いてなかった。

「なにをかんがえておった?」

川端はいつもの考え事のくせがでて、腕をくんでいた。

疋田はめざとく、川端に何かしらの思案があると、見抜いていた。

 

話すまいか、話すべきか

迷う川端の心中が簡単にみすかされ

疋田はさらにたたみかけてきた。

「なにを隠しておる?」

まさに、鉄槌の一言であった。

腹をわって話そう。心の在りようをさらけよう。

と、いうのは、相手に要求するだけのものではなく

自分こそがなさねばならぬことである。

川端はそれをぴしゃりと、叩かれた思いがしていた。


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