暫く前のこと。
肩甲骨に違和感を抱えたお客さんが来店した。話を聞くと、彼は一年前から首と肩甲骨に違和感を覚え、医者にかかり手術をしたそうだ。手術によって首は改善されたが肩甲骨の違和感は取れずじまいだった。毎日仕事中に感じる違和感。その違和感に悩まされながら彼は色々な治療家の所に通ったそうだ。けれども一向に良くなる事はなく。違和感に悩まされ続けた彼は、いつしか働く事もできなくなり治療に専念する事になる。
そして、半年以上がたった頃。彼は僕と出会ったのだった。
何も知らない僕はそこで、彼の今までしてきた治療や仕事。そして家族構成なども聞くことができた。彼は世帯主であり、子供は受験を控えているということだったのだ。
僕が真っ先に浮かんだのは家族の顔だった。彼の辛そうな肩甲骨よりも、その状態を支える妻の顔。子供の顔が先に浮かんだのだ。
これ、なんとかせんとやばいだら・・・
妙な責任感にとらわれた僕は、彼の主訴である肩甲骨というのは無視することにした。
なぜなら色々なところに通った彼の肩甲骨なんて、僕よりもベテランの施術者が触ってきただろうと考えたからだ。そんな所をまた僕が触ったところで時間とお金が勿体無い。だから僕は
筋膜の癒着部分を指でさわりほどいていったのだ。一回目の施術で彼は僕に身を預ける事に決め。それから三日連続で僕の予約を取った。そして、三日目に彼の口から出た言葉が
「明日から仕事に復帰するので、これからもよろしくお願いします」
はじめからここに来ておけばよかった。と照れくさそうに言う彼の後ろに、僕は奥さんの笑顔が見えたのだった。
―と、ここまでは以前に書いた事があるのだが、僕が感動したのはここから
彼はその後週に一度は顔を出してくれる。何に感動したかって?
彼が仕事終わりに店に来ると、彼の身体から油の匂いがするんだ。工場独特の油の匂い。
仕事が終わった後の旦那が臭いって言ってるのをよく聞くけれど、彼の奥さんは喜んでいるのだと思うと、なんだか僕もとても嬉しくって、嫌じゃないねその匂い。