休みはゆっくりと起きたいが、身体がそれを許さない。


いい歳をこいたオッさんになっている。


何のかんの金曜日夜に夜更かしをしながらも土曜朝は7:30に目が覚めてしまい、それ以降は眠る事が出来無くなった。


未だに若い頃同様に目が覚めて即、牛丼特盛をイケと言われたらイケる口である。


こればかりはアラフォーを越えても変わら無い。


だから油断するとお腹が出っ張るジェームズボンドである。


止む無く先ずは恒例のお洗濯。


洗濯機を仕掛けて待つ事しばし。


その間はスタバでコーヒーブレイクである。


洗濯物も終了する頃には9時であった。


そこでこれまた恒例のウォーキング。


実際はただのウロツキである。


バンコクの街中をウロつく。


約1.5時間ほどウロツキ帰宅。


彼女から昼飯に来いとお誘いがあり、ノコノコと歩いて向かう。


彼女コンドミニアムに着いたのは12時ちょい過ぎ。


彼女の手料理を頂き、お呼び出しの理由を聞いた。


ドリアンが食べたいとの無茶振り。


完全にシーズンオフである。


さてさてと頭を悩ますととある市場を思い出した。


お値段はちょいと高いが味は折り紙付きである。


さらにその市場には世界で1番美味しいソムタム屋さんも有る。


早速その市場へ向かう。


お値段高目のドリアンはナンボでもある。


そして衝撃の事実。


何やら中華系のお祭りが有る様でソムタム屋さんがお休み。


市場の場外に店舗を構えている事は知っている。


取り敢えずそちらへ行ってみると絶賛営業中。


しかしこの店舗、過去に苦い思い出が有る。


店舗の後ろを流れるドブ川が非常に芳しい香りを放っている。


食事どころでは無い。


彼女にその事を説明したとたん、要らないの回答を頂いてしまった。


お持ち帰りも良いのだが、急に面倒になったと彼女。


ハイハイとドリアンやマンゴスチンをたっぷりと購入。


ドリアンはソッコーで市場で頂く。


道行く中華系の方が笑う。


しかし美味しいモノは美味しいのである。


中間でマンゴスチンも頂く。


コレがタイ人流のドリアンの頂き方である。


その後はラップラオ方面へ出掛けるも人混みにヤッツケられ撤退。


晩御飯だけはしっかり確保したが、市場で買ったブドウ等々の果物も大量に有り、デザートには事欠か無い週末になりそうである。


さてタイの生活でふと思う事。


街中を歩いていると目に付く交通渋滞。


コレでも私の知る限りだいぶまともになった。


今でこそ私もハンドルが握る事がある。


しかし私が出張で来ていた頃で有る。


スクンビット通りでも右折レーンに居ながら、渋滞の最中に左折を始める車やその逆に左折レーンから右折を始める車が沢山いた。


路線バスもレースの如く走って居た。


歩合制だと当時は聞いた事が有ったが嘘か真かである。


バスも歩合制であれば我先には当たり前である。


当時モーターウェイを使用しアマタナコーンまで往復していた。


毎日何処かで事故車両が見られる。


しかも前日とは異なる場所でで有った。


つまりは高速で約1時間強走る間に毎日数件の事故が起きて居た。


その当時はモーターウェイを横断してる人が沢山居たので、その辺りも影響して居るのかも知れないが...


当然酒酔い運転も非常に多い。


一度で有る。


前任者のMTとカラオケに行った。


調子に乗って看板まで騒いでしまった。


お互い尾根遺産の連れ出し無しでお会計。


すると尾根遺産から遊びに行こうとのお誘い。


当時の私は夜街の尾根遺産の生活と言えば秘密のベールの向こうで有り、何とも知りたい世界であった。


MTも似た様な男であった。


2人揃って「は〜い!」とアホな返事をした記憶がある。


何にせよお店を出て待つ。


連れ出し料金を払っていなのだからお店で待つ訳にも行かない。


しばらく待つと車で現れた尾根遺産。


確かシティーだった様な。


MTに着いていた尾根遺産も一緒である。


2人で後部座席に乗り込む。


そして向かった先はペップリーでエカマイを通り過ぎた先をラマ9世通り方面へ曲がった所にあるタイカラオケ屋さん。


ココは...


もうどの位前であったろうか。


一番初めのカラオケの尾根遺産、ぽっちゃりYとあにぃ、そしてあにぃの尾根遺産Mとで来た事が有った。


未だに有ったのかと。


昔は喧しさに耐え切れずVIPルームへ。


朝まで飲んで歌ってエラく安かった記憶しか無い。


この時はVIPルームでは無く普通の席へ。


オンステージで歌うカラオケ。


欧米人の姿すら無い、ゴッリゴリのタイ人空間。


揉めたら殺される...


そんな空間で再び4人で酒盛り開始。


タイウイスキーをコーラ割りやソーダ割りで楽しんだ。


お腹も満たされ程良い時間。


そろそろ帰ろうかと。


お会計を済ませ、タクシーで帰るからと尾根遺産に伝えた所、コンドミニアムは何処だと。


ココだけどと伝えると、スクンビットのクラブへ行くから乗せて行くと言ってくれた。


しかしバリバリの飲酒運転。


酩酊に近いか!


初めは断るMTと私。


しかしアルコールパワーに負ける。


尾根遺産の運転は変わらず、私は助手席へMTが後部座席へ乗り込む。


MTの尾根遺産はギブアップした様でタイカラオケからご帰宅である。


コレが原因で私の尾根遺産は今思えばスクラッチドッグへ向かったか。


そして酔っ払った尾根遺産とチュッチュとしながら帰宅の路へ。


何故か途中でトンロー警察署前の道をチョイスした尾根遺産。


こちらもスクンビットのソイ※※と伝えて居たからスクンビットに出ようとしたのであろう。


トンロー警察署は絶賛営業中。


慌てる尾根遺産。


MTに後ろにある水を取れと。


500mlの水をカブ飲みする尾根遺産。


意味あるかい!と冷静な自分が居た。


案の定尾根遺産は飲酒運転で御用となった。


警察から尾根遺産は酔っ払い運転で御用なのでタクシーで帰れと言われた。


しかし尾根遺産が心配になり、警察署の中へ様子を見に入るMTと私。


ちょうど手錠をされていたと記憶している。


尾根遺産が警察官に連れられ階段を上って行く所で有った。


そこで2人で尾根遺産に声を掛けた。


振り返る尾根遺産。


大丈夫?の問いには反応して居なかった。


思わず私が「罰金幾らだよ?」と聞いてしまった。


虚ろな目をした尾根遺産から発せられた言葉。


「ソンムーンバーツ!」


その一言を残し13階段にも思える警察署の階段を上って行く尾根遺産で有った。


当然MTと私には罪悪感が残った。


どうするよと。


多少なりと尾根遺産の罰金に付いてお手伝いしようとMTと纏まり、後日そのカラオケへ。


その後2週続けて行くが尾根遺産の姿無くそれきりとなってしまった。


飲酒運転の罰金の恐怖。


それでも無くならない飲酒運転。


飲んだら乗るなは通用しないタイ。


何故なら「私だけは大丈夫」とバッツリ正常性バイアスが働いているタイ人。


まだまだ事故を減らせる要因や、渋滞を減らせる要因が幾らでもある。


これから更にタイが発展し、渋滞が緩和され移動がスムーズになる様に願いたい。


そうなれば、夜街の尾根遺産の「タクシーが渋滞して」と遅刻する言い訳が通用しなくなるから。


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